1-3 ディア・ロウ・セルベルク

 ノアは孤児院でしばらく休憩してから、村長を探すためにふたたび村の中を歩き始めた。


 その頃、長い金髪を束ね直す動作をする騎士は村の景色を眺めていた。夕暮れに近づくにつれ、村は魂の色のように赤く美しく染めている。


「この色の瞳をした人間は、異様と感じるのに」

「どう思う、ディア」

「あのノアという少年のことか」

 トルレイユには、薬師やくしと呼ばれる薬に関する知識に長けた者達がいた。調薬方法は多岐に渡り、効能の高さから王都の貴族達が彼らを招くこともある。だが貴族の招待時であれ、余程親密な繋がりがないかお抱えでもない限りは、薬師は三人以上で行動するものであった。

 王国の医療と呼べるものは主に負傷部分の切除のみであった。血が足りなければ手術で命がつきる者も多くいたが、その体制は崩落ほうらく以降見直された。薬草を煎じたものを飲む療法や、傷口への塗布で塞がる薬は需要も相まって国全土に新たな治療方法として広まった。


「そういえば彼は個人として仕事をすると言っていたか」

「あんな奴の言葉信用しない方がいいよ。あの髪と瞳、どう見たって自然とは思えない、人工の色。特に目なんて赤輝石あかきせきみたいでさ、オートマタじみてる」

「そんな。ありえないだろう」

「僕にはどこまでならありえるものなのか分かんないね」

「感情的に過ぎるぞ」

 ディアは発言を後悔した。同国民でありまだ幼い子へのルークの言葉尻に、冷たさが宿るのは事実だとしても。


「すまない。落ち着くのは私だな。実物に遭う前に保護された私が言えた台詞でもなかった」

「いいってそういうのは」

「知性ある機械とは笑えない……が。気に留めておこう」

 ルークの軽口を耳に入れながらも、ディアの蒼い瞳には戸惑いの色がまだ残っていた。あの少年は姿こそ異質であったが、ただの大人びた子供という印象は変わらない。


 追い払う、という結論に至らなかった幼馴染をみて、ルークは静かに肩を落とす。

 金髪の騎士は知る由もないが、近頃この辺りでオートマタが頻繁に出現する事態が起こっていた。

 彼は戦うこともままならない村民や、世渡り下手なこの友人に連絡しても不安を煽ると判断して話さなかったのだ。戦闘で確信したのは、ディアを含んだ村の誰もが、オートマタを一体も倒せないだろうという結論である。これ以上の厄介事は取り除いてしまいたい。なにより


 ルークは夕陽に染まる村へ再び眼を向け姿に対して睨んだ。

「あいつ、大人しくしてろって言ったつもりだったんだけどな……」

「ルーク? どうした」


 聖護符を手に、ルークは知覚していた。脳に伝わるのは、見慣れた村の光景だ。映像を絞ると、屋敷にほど近い一角の家が映った。

『おおノアくん! 私だよタウラ=クローリオだよぶふぉお。来ましたよー近々来訪する人間のことはちゃんと周りに伝えて下さいよっと。すまないこの一週間テーブルゲームに熱中しすぎて……人に飛び蹴りをくらわせて顔色一つ変えない態度はまさしくノアくん。じゃあ村長さん、早速だけど』

 ノアが発言の途中で彼の意識が引き戻されたのは、突如自分と騎士を呼ぶ声があったからだ。声の主である女性が二人の元へ走る。息を切らした彼女に特に外傷はなかったが、顔は蒼白していた。


 パメラは目がとても良く、見張り台から外を眺めるを日課とする女性だ。丁度今の時間、おやつを食べながらのんびり景色を堪能している筈だった。そんな彼女がこんな風に怯える理由があるならば、いつもは自分が先に発見しているモノを見てしまったからだと彼は予想だてる。

 原因の元に走った方が良いだろうとルークは思うものの、震えるパメラをそのままに出来ず迷いが生まれた。彼が逡巡する内にディアも駆けつける。


「ディアさん、ルークさんっ外……、外にオートマタがっ。見つけたのは一体だけですけど、間違いありません」

 思わずルークは舌打ちする。目先のことに必要以上にのめりこみ知覚を怠ったのは完全な失態であると青年は緊張を走らせる。パメラの報告を聞き、ディアはそのまま早足に階段を駆け下り村の入り口へ向かった。

 後ろから呼び止める声には、気づかぬままに。




 じゃれあう子供や夕飯の買い物に出る母親達の姿に騎士は安堵しながらも、敵の出現地へと向かう。

 周りに異変を悟られない様に、走るのではなくあくまで早足で。そんな中でも彼女に笑いながら声を掛けてくる人は絶えない。

「騎士さん笑顔かたいですよ」


 横からかけられた、やや幼さのある声をかけてくる相手はノアだった。

 二輪車のペダルを漕ぎながら話しかける少年に、ディアは目を見開く。

「便利な機械だな」

「騎士さんならコネで買えますって」

「ははっその辺りは融通はきかんな。我が家は」


 ディアは笑いながら答えた。

 騎士とは元々男性が就く職業であり、亡き父の影を追っていると母から忠告を受けた機会も一度や二度ではない。軽い揶揄など平然とはねのけられた。

「一人で行っても無駄死にですよ。住民に報せましょう」

「機械の総数や種類に位置も不明。逃げ場所が分からないんだから避難は無理だ。剣を交えたことはないが流石に理解している。むやみに彼らの平穏を乱すべきではない」

「勇敢と無謀くらい区別つけて欲しいんですけど。いくつですか」

「十五だ。それより、情けない話だが、私は実際のオートマタと戦ったことがない。君を守りながら戦えるか分からないんだ」

「五才しか違わねえのか。気にしないで下さい。おれはいざとなったら逃げますから」


 それきりディアはノアに注意はしなかった。

 彼一人逃がす時間なら、自分が作れるだろうという慢心が、そうさせてしまったのだ。

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