みんなで水族館へ

第58話 僕だけが避けられる理由

 土曜日。

 僕はサークル活動の一環として水族館へ行く為に一人、電車に揺られている。


 本当は勇気を出して白川さんに『水族館まで一緒に行かない?』と声を掛けるつもりだった。

 白川さんの家も僕の家も最寄り駅に向かうルートが大体同じだと、先日白川さんの家を訪問したおかげで分かっていたのだ。だから『一緒に行こう』と誘ってもおかしな事ではないと僕は考えたのだった。


 だが前述のとおり、僕は一人で電車に乗っている。それは週末まで白川さんを誘う機会が持てなかったからだ。


 何故僕は白川さんを誘えなかったんだろう?


 その理由を色々考えてみた。そして、僕は結論に達した。


 どうも僕は白川さんに避けられているらしいのだ。


 どうしてそう思うのかと言うとここ数日、僕は彼女に全く近づけていないからだ。


 同じ講義になった際やサークル活動中に誘いの言葉をかけようと、僕は何度も白川さんに近づこうとした。だが僕が近づくと何かと理由を付けて、彼女はさりげなくその場を離れてしまうのだ。

 白川さんの行動は余りにさりげなく、しかも僕以外はの人は避けられている様子がないため、誰もその事に気づいていないらしかった。避けられている当の本人の僕ですら、二日間ほどは偶然だと思っていた程だ。でもその状況が週末まで続けば、偶然なんかではないと流石の僕でも分かる。


 どうして僕だけが……?


 百歩譲って恭平の早食い事件の所為せいで、サークルの全員と話しにくいと言うのなら、僕にも理解出来る。だが恭平とはいつも通り、仲良く話をしている様に見えた。勿論、良周よしちか雄太ゆうたともだ。どんなに激甘な推論を立てても、僕だけが避けられているというのは明らかな事実に思える。


 この状況を疑問に感じた僕は現状を把握する為、恭平に昨日それとなく「白川さんと仲直り出来たの?」と、素知らぬ顔で探りを入れてみた。


 恭平の話すところに寄ると病院へ向かう道々恭平は、白川さんにしっかり謝り、助けてくれた事にも礼を言ったそうだ。

 恭平の言葉を聞いた白川さんは、すぐに許してくれたという。むしろ「私こそ取り乱して、大声で非難がましいことを言ってしまって、ごめんなさい」と恭平に頭を下げたのだそうだ。

 こうしてお互いに謝り合い、白川さんと仲直り出来たと、恭平は教えてくれた。


 ついでに僕は、恭平の病院での診察結果についても訊いてみた。

 すると恭平はバツが悪そうに頭をかきながらどこも異常はなかったと、僕の質問に答えた。診察してくれた病院の先生にも、白川さんと同じような事な小言をもらったとも言っていた。

 診察後、付き添った白川さんと綾辻さんに診察結果を伝えると、恭平に異常が無かったことを二人は自分の事の様に喜んでくれたそうだ。

 恭平にとっては大団円な展開と言って良いだろう。


 だが僕は白川さんに避けられている。

 白川さんは何故、僕を避けるのだろう?


 問題を起こしたのは僕では無くて、恭平だ。でも恭平の話からすると、恭平と白川さんはすっかり仲直りしている。

 つまり僕が避けられている原因にはという事にならないだろうか?


 じゃあ、僕だけが避けられる理由って……?


 僕は電車の窓から移り行く景色を眺めながら考える。そして、恭平の早食い事件直前の出来事が、ふと頭をよぎった。


『だって僕は白川さんの事を……』


 まさか、あの言葉の続きを白川さんに言わなかった事がこの事態を招いたなんて事、有り得るだろうか?

 その事には僕も不甲斐無さを感じている。でも、あの時あそこで話を切ってしまった事が、四日間も避けられる理由になりるものか?


 ……ああ。もう、さっぱり分からない!


 僕は電車の中に居ることを一瞬忘れ、うーんと小さな唸り声をあげる。

 すると、周りの乗客が不審そうに僕を見てくる。

 周りの様子で唸り声をあげていたことに気づいた僕は慌てて唸るのを止めた。

 僕が電車内でそんな赤っ恥をかいた丁度その時、マナーモードにしておいたスマートフォンのバイブレーターが起動し、僕はビクリとする。些細な事とは言え、立て続けに思いがけない事が起き混乱した僕は、慌てる必要も無いのに大慌てでチノパンのポケットからスマートフォンを取り出す。


 スマートフォンの画面を見ると、ロックスクリーンに『一件のメッセージが届いています』と表示されている。メッセージアプリからの通知だ。

 僕はスマートフォンのロックを解除し、指で画面上部の通知領域を下へフリックする。すると通知の簡単な詳細が表示された。そこにはメッセージを送って来た人物の名前も表示されている。メッセージを寄こしたのは、いとこの俊樹としきだった。

 僕は俊樹の名前をスマートフォンの画面に見た瞬間、田倉たくら家に行った先日の事を思い出す。そして考えても答えの出ない問題を頭の片隅に追いやると、すぐさまメッセージアプリを起動し、俊樹からのメッセージを読んだ。


 トシキ:この前は連絡くれてありがとう! 母さんと話したよ!


 俊樹と亜希あき伯母おばさんが連絡を取った……


『俊樹は僕と同じでゲーム好きだから、携帯ゲーム機をネット接続したかったのかもね』


 僕の脳裏に先日の失言がよぎる。

 この失言の所為で俊樹のWi-Fiの主な使用目的が露見し、亜希伯母さんはその事にかなり腹を立てている様子だった。


 俊樹は上手く切り抜けられただろうか?


 僕は大急ぎでメッセージアプリで返事を送る。


 フミカズ:大丈夫だった? 亜希おばさんに怒られなかった?


 僕は不安な気持ちで俊樹からの返信を待つ。


 もしも俊樹と亜希伯母さんの関係が悪くなったとしたら、僕の所為かも……


 そう思うと気が気でない。

 すると返事がほどなく返って来た。


 トシキ:大丈夫、大丈夫! 先に史一に教えてもらってたから「設置した時ちゃんと説明したのを母さんが覚えてないだけだ」って、押し通した!


 押し通す……

 何だか力業だな。

 でも流石は親子、大雑把な所が亜希伯母さんにそっくりだ。


 そんな風に思っていると、メッセージがまた届いた。


 トシキ:心構えが出来てたから、上手くしらを切れたよ! マジで助かった!


 確かに心構えが出来ていれば態度にも余裕が出て、説得力にも影響しそうだ。

 僕は俊樹が最悪の事態を回避できたと確信が持て、ホッと胸を撫で下ろす。


 フミカズ:上手く切り抜けられて、良かったよ。


 僕はそう俊樹にメッセージを送ると、スマートフォンに来ているその他の通知に目を通し、スマートフォンを待機状態に戻そうとする。するとまた、メッセージアプリがメッセージが届いたことを知らせて来た。


 トシキ:そうそう。母さんのタブレットの契約の件もアリガト。


 そうだった! その件もあったんだった。


 そうなのだ。家の中でしか使わないタブレットの為に携帯電話会社のサービスを契約していて、無駄な契約料を払っているという疑惑が、亜希伯母さんにはある。その事についても僕は、Wi-Fiの件と一緒に俊樹に状況を伝えておいたのだった。

 僕は『どういたしまして。亜希伯母さんの携帯電話の契約、問題なかった?』とメッセージを送ろうと、メッセージアプリで文章を作る為に指を動かす。だが、僕が送るより先に俊樹の次のメッセージが届いた。


 トシキ:母さんとその件も話したんだけど、やっぱり分かってなかったよ。でも、端末購入込みの契約をしちゃってるらしいんだ。どうしようもない気もするけど、契約変更出来ないか携帯ショップに行って訊いてみるよ。


 やっぱりそうだったんだ。俊樹に伝えておいて正解だったな。


 そう思った僕は、書きかけのメッセージを削除し、新しい文章を入力すると俊樹に送信した。


 フミカズ:了解、気づけて良かったよ! 契約の変更が出来ると良いね!


 そう送った直後、俊樹からのメッセージがまた入って来た。


 トシキ:そう言えば、史一ふみかずは動画作ってるの?


 急な質問に、スマートフォンを落としそうになるほど僕は驚いた。そして何とかスマートフォンを握り直すと、僕は慌てて短いメッセージを送る。


 フミカズ:誰に聞いたの?

 トシキ:恵美めぐみおばさんに聞いたって、うちの母さんが言ってたよ。


 母さんか!

 家族で田倉家に行った時に話したんだな。


 僕はスマートフォンを操作する手を止め、そう推測する。たぶん、間違いない。


 何で母さんは、僕のプライバシーをこんなに簡単に家族以外に漏らすんだろう?


 僕は少々苦々しく思いながら、俊樹とのメッセージのやり取りを再開する。


 フミカズ:動画は作るつもりだけど、まだ準備段階って所かな。

 トシキ:ふーん。どんな動画撮るかは決めてるの?

 フミカズ:少しは考えてるよ。

 トシキ:そっか。じゃあ、動画作ったら僕にも見せろよな。


 僕は『わかったよ』と俊樹にメッセージを送って、今度こそスマートフォンをポケットに仕舞った。


 母さんたちの情報網は侮れない!


 僕はそんな事を考えながら、ふうっとため息をつく。親戚にまで動画作成を始めたことが知れ渡ったと分かり、なんだか妙に疲れた気分だ。


『少しは考えてるよ』


 僕は先程自分が送ったメッセージを思い出す。

 俊樹に送ったあのメッセージは嘘ではない。一応サークルに入ってからずっと、自分に出来そうな動画ネタについて色々考えを巡らせて来ていたのだ。だから、自分の作りたいものの漠然としたイメージはある。

 しかもこれから行く水族館は、もしかしたら僕の最初の動画にふさわしい場所かもとも、実は思っている。


 まあ、どんなに動画のネタに良さそうな場所であっても、僕の動画素材の撮影能力が余りに低かった場合、動画への昇華は実現しにくいんだけど……


 僕は先程仕舞ったスマートフォンをポケットの上から触りながら、そんな思考を巡らせる。

 スマートフォンでの動画撮影の方法については、昨日までのサークル活動時間中に良周と雄太から教えてもらった。後は、サークル活動で教えてもらったことを僕がどこまで実践出来るかにかっている。


 良い動画素材が撮影出来るかな?


 ぼんやりとそんな事を考えながら、僕はまた何気なく電車の窓から移り行く景色を眺め始める。そして窓の外の風景から、そろそろ自分が下車する駅が近づいている事に気が付いた。

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