第46話 公的年金
僕は白川さんから
いつもは話好きですぐ会話に割り込んでくるのに、
見ると
「
僕は心配になって訊ねる。
「うん、まあ大丈夫。僕は生命保険にもう入ってるからさ。僕の保険、大丈夫かなって気になってきてね……」
白川さんがカフェに来る前にした
「機会費用なんて用語を知っている割には、
僕は大学に入学したばかりの頃に受けた経済学系の講義の事を思い出す。その講義の際、
「良くそんなこと覚えてるな、史一。それって経済学入門の講義の時の話だろ?」
僕は「まあね」と相槌して肩を
「あれは以前通っていた大学で、全く同じ内容の話を聞いたことがあっただけさ。前にも言ったろ?」
その時僕は急にある事が頭を
「
僕は言葉を選び選び、
「うん。勿論、そうさ」
「じゃあ、国民年金は払ってる?
僕は
「払ってるね。会社員の時は厚生年金にも加入してたけど、今は国民年金だけを会社員時代の貯蓄から払ってる。支払いの猶予か……、そういう言葉を聞いた覚えがあるな。確か学生の間は払わなくて良いけど、結局その後払うことになるっていう制度だっただろ? ……意味が分からなくて考えるのが面倒になってさ、僕はその制度は使わずに20歳からずっと払ってる」
僕は
それにしても面倒だから払うと決めたとは……、良周らしいというか、何というか……
「で? 何で保険の話をしてたのに、急に年金の事なんて訊くんだよ?」
僕がこんな話を振った意図が理解出来ないらしく、
「家族を路頭に迷わせたくないなら、保険よりまずは公的年金の支払いをきちんとした方が良いっていうのを思い出したんだ」
僕が言うと
「保険に入るより年金の支払いが大事ってこと? 『年金って貰えるかどうか分からない』って、よく聞くわよね。そういう話を聞いちゃうと『年金って払う意味あるのかな?』って、たまに思っちゃう」
白川さんが右手を頬にあて、少し眉を寄せながら会話の輪に加わる。白川さんが年金制度に少なからず不安を抱いているのが、彼女の声色から感じられた。
「ああ、それは確かに思う時あるよね」
「保険会社の保険に入りたい気持ちがあるなら、まずは国民年金のような公的年金を優先して払った方が良いらしいよ」と僕。
「それも保険の本で読んだのかい?」
僕は「まあね」と短く相槌する。
すると
「そうなの? 貰えるとしても目減りするとかって言われてるのに? 保険会社の保険を優先した方が良くない?」
白川さんも
「白川さんが言ってるのは老齢年金のことだよね?」と僕。
「……うん、たぶん。年金って、歳をとって働けなくなったら生活費を助けてくれる制度でしょ?」
ストローでクルクルとジンジャエールを混ぜながら、白川さんは言った。先程よりジンジャエールを混ぜるスピードが増している気がする。考え事をしている所為で、無意識に混ぜてしまっているのかもしれない。
「確かにそれが一番有名だけど、公的年金の制度には障害年金、遺族年金も含まれてるんだよ」
僕は読んだ本の内容を思い出しながら話をする。
「何それ?」
聞きなじみの薄い言葉だったのか、白川さんは小首を傾げる。ジンジャエールを混ぜる彼女の手が止まった。
「病気や事故に遭って障害を負ったり、死んでしまった際に助けてくれる制度のことだよ」
僕は白川さんに説明する。
「年金にそんな制度があるの?」
白川さんが驚いた様子で僕に応じる。
「うん。メディアではあまり取り上げられないけど、そういう制度も含まれているんだって」
僕は白川さんにそう答えると「障害年金や遺族年金なら、
すると
「それって例えば今日事故に遭って障害を負ったり、死んでしまっても貰えるのかい? まだ僕は大した額を払ってないんだけど……」
そう言う
「大丈夫だよ。滞納さえしてなければ、権利があるはずだよ」
「滞納してると貰えないの?」
今度は白川さんが質問してきた。僕はその言葉に頷くと彼女の質問に答える為にまた口を開く。
「公的年金を一定期間以上滞納すると、障害年金や遺族年金を受け取る権利も失っちゃうんだって」
「それって……滞納している間に病気や事故に遭ったら、何も貰えなくなってしまう可能性があるってことね」
白川さんが言う。鋭い指摘だ。まさにそこが僕らくらいの年代が、公的年金について一番理解しておくべきポイントだと僕は思う。まだ親に養ってもらっている身の上なので、僕や白川さんに遺族年金は必要ないかもしれないが、障害年金はもしもの時に役に立つはずだ。
「そういう事になるね」
僕はそう言って白川さんに同意する。そして「白川さんはまだ19歳だよね?」と彼女に訊ねる。
白川さんは頷いて僕の質問を肯定する。
「白川さんも僕ももうすぐ払い始める年齢になるけど、白川さんは払い始める予定?」と僕。
「それって、さっき高橋くんと
白川さんが不安そうな表情で言葉を選びながら僕に訊き返す。
僕はその言葉に頷いてみせる。
「考えたこと無いわ……。どちらが得とか有ったりするの?」
どうやら白川さんは年金をもうすぐ支払い始めるという認識が無かったようだ。本気で困って戸惑っている様に見える。
今の彼女には何らかの判断材料が必要そうだ。
「僕が読んだ本だと、この制度を使うとほんの少しだけど将来の年金の受取額が下がるらしい。気にするかしないかは人に寄るかな? ただその制度を使えば、本格的に社会人として歩み出すまで年金の支払いを待ってもらえて、払っていないその期間に何かあっても要件を満たしていれば、障害年金や遺族年金を受け取る権利は有せるんだって。でも気を付けて、猶予してもらえる期間が過ぎたら早めに納付しないと納付額が高くなるらしいから。あと、納付が可能な期間にも制限があるから、絶対に払うのを忘れてはダメだよ。それこそ将来の年金の受取額にひびくからね!」
僕は必要と思われる情報を一気に説明する。
この事について最近、父さんから良く考えておくようにと
白川さんは僕の話を聞くと益々不安そうな表情になり「うう……」と小さく呻き声をあげる。
こんな白川さんを見るのは初めてかも……。
今日は良周の困惑した様子も見れたし、今まで知らなかった二人を知れた気がする。
「ゴメン、初めての情報が多すぎて……判断できない。……今晩、お母さんに相談してみようかな……」
白川さんは少し疲れた表情で弱弱しくそう言った。急に人生に関わる大きな決断が近日中に必要だと分かって、げんなりしたのかもしれない。
「謝るような事じゃないよ」と僕。
「とにかく、年金の支払いは保険会社の保険よりも優先順位が高いのね?」
白川さんは気を取り直すようにの首を横に振ると、年金の納付方法の話題から元々の話題である保険関係の話題に話をを戻した。
僕は「うん」と言って頷くと、言葉を続ける。
「保険の無料相談所が書いた本でも、公的年金をしっかり利用して、それでも心もとないと思うなら保険会社の保険商品を検討してみてって書いてあるくらいだからね」
僕がそう言うと「へえッ!」と
「保険会社の保険が、年金を考慮した上で加入を検討するものだとか……考えたこともなかった!」
テーブルに無造作に置かれた保険のパンフレットに目をやりながら、
僕は良周のそんな様子を眺めながら頷いて応じると「それに……」と言って、話を続ける。
「考えてみてよ。国が全く年金を払えなくなるってことは、国が無くなるくらい大きな出来事があった時だと思わない?」
僕はそう言って「そんな状況になった時に先に潰れるのは保険会社? それとも国?」と、
「……国より先に保険会社が潰れそうだよね。普通に考えたら。ってことは、まず出来るだけ入っておくべきなのは国が提供するサービスってことか……」
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