第45話 三者三様、そして住宅ローンの都市伝説?
「……父さんから渡されたのは、一冊目が保険の無料相談所が書いた本。……二冊目は元保険会社社員の人が保険業界に批判的な立場から書いた本。そして……三冊目は経済学者が書いた本だったんだ」
僕は言いながら、心的なショックの所為で弱り切った右手のジェスチャーを1、2、3と変えていく。
若干、僕の手は震えていたかもしれない。だが、
「保険の相談所と保険業界に批判的な元保険会社社員っていうのは、意見が対立していそうだね」
「そうね。経済学者はわからないけど、確かにその二者は対立しそう」
「……実はね、それぞれ全然意見が違うんだよ」
僕は二人の発言を受け、か
「……保険の相談所については想像がつくかもだけど、どんなタイプの保険でもメリットを説明して加入するように促す。……元保険会社社員は出来るだけ若いうちに貯蓄型の保険に入るのが良いって言う。そして……経済学者は掛け捨ての保険に入るくらいで大丈夫だって言う」
僕は言葉を紡ぎ続けることに精神的な困難さを感じながらも、なんとか一気に三者のそれぞれの見解を言い述べる。
「おいおい」
そう呆れた調子で言って、
あ……、僕が精神的に
僕は少し焦る。
「え? それって、どうしたら良いの?」
白川さんもストローから手を離し、口元に右手を当てて眉を寄せる。僕の説明を聞いて混乱しているようだ。
なんだ、さっきの『おいおい』も僕の説明に対するリアクションか……
「……さあ? どうしたら良いんだろうね」
僕は二人の困惑が僕が説明した事柄に寄るものだと判り、そう言って肩を
どうやら二人はこれ以上、我が家の事情について話を振って来そうには無いなと感じて、僕はホッと胸を撫で下ろす。
そしてコーヒーを少し口にした。先程も感じた香ばしい香りがまた僕の鼻腔を
我が家の事情が追及されないと分かった僕は、先程匂いを嗅いだ時以上に、その香りに心が安らぐのを感じた。
……もう少し頑張れそうだ。
「どれが一番正しいか判断付かないのかい?」
僕がコーヒーで心を落ち着かせていると、
「保険の相談所の本を読んだ時は相談所の言い分が正しく感じたし、元保険会社社員の本も説得力があった。もちろん経済学者が言うことも納得できる話だった」
そう応じながら、僕は先程より大きな声が出るようになったと気づく。
コーヒーのお陰かもしれない。
「全部それぞれ言い分が違うのに?」
「そう。全部そうかもなって思った」
思った以上にリラックス出来ているようで、僕は本を読んで感じたことを素直に述べる。調子が戻って来たみたいだ。
「それって……」
白川さんは何か言いかけたが言葉が続かない。
「これが絶対に正解だって感じられる答えが無いというか……在り過ぎるというか……」
「……三冊も保険の本を読んだのに、結局判断がつかないって読む意味あったのか?」
黙り込んでいた
「評判の
僕は少し意地悪く
「それを言われると、何も言い返せないな」
僕は
「……読んだ意味はあったと僕は思ってるよ」
僕はそう言い、反省の気持ちを抱えながら何と説明しようかと考える。そして「例えば」と言葉を続けて、テーブルに置かれたパンフレットを指さす。
「この保険の場合。保険の相談所は資産運用を考えているなら、こういう商品もありますよって紹介している程度だった。でも経済学者の本ではこの保険は手数料が高いから、同じような内容の投資信託を買って運用するほうが手数料が安く済むって書いてた。元保険会社社員の人が何と言っていたかは忘れちゃったけど、僕ならこの保険については経済学者を信じるよ」
僕はそう言うと、パンフレットを
「なるほど。はっきりした答えは得られないけど、少なくとも判断材料にはなる知識は得られたわけね」
ジンジャエールを飲みながら僕と
「何冊も読むのは面倒そうだけど、今の話を聞いちゃうと……どうせ読むなら僕も三冊くらいは読もうかって気になって来たよ」
僕は
「経済学者が書いた本については、お金についての本の中で保険について言及してたんだ。そう考えると読むのは五冊でも良かったのかも……」
読む冊数を圧縮できることに思い至ったのだ。
「……六冊が五冊に変わったところで……大した違いは無いかな。でも気遣いには感謝するよ」
僕の言葉に
「お金の本も保険の本と似たようなところがあるから、数冊読んでみるのが良いと思う。住宅ローンの話とか面白かったよ」
僕はコーヒーカップをテーブルに置きながら、軽くお金の本についても言及をする。
お金についての本は、保険の本
興味を誘うような小話で触れる程度で問題ないだろう。
「どんな話?」
白川さんが興味あり気に話の先を促してきた。
期待通りの反応だ。
僕はその場の成り行きをコントロールできたことで、若干自分に対する自信を深める。
「家なんかどんどん古くなってどんどん価値が下がる一方だから買うなっていう意見もあれば、人生一度きりなんだから好きな所に住めば良いって言う意見もあった」
僕はそう言いながら白川さんの方を向き、ニッと余裕あり
すると白川さんが「私は好きな所に住みたいな」と言ってクスクス笑う。
僕は「僕もそっち派」と言って笑い返した。
白川さんへの委縮した感情もだいぶ和らぎ、僕はいつの間にか彼女に笑って見せることが出来る状態に戻れていた。
もしかしたら
そんなことを考えていた僕はもう一つ面白い事を思いだし、笑うのを止めると「あッ」と小さく呟いて話を続けた。
「あとさ。住宅ローンを組むと急に転勤話が舞い込むっていうのは、あながち迷信じゃないっていうのも面白いって思ったよ」
僕は右手の人差し指を立てて言う。
「何それ?」
白川さんがキョトンとする。
「ああ! そういう事あったよ。前に勤めてた会社で。せっかく新居を手に入れたのに転勤が決まったって、同僚が悔しがってた」
似たような話を聞いたことがあったようで、
「あれはローンを組んだのが原因な場合があるらしいよ。住宅ローンを組むと勤めてる会社にもローンを組んだ事がわかるんだって。で、ローンがあるんなら今の仕事を辞めにくくなっただろうって判断されて……」
僕はそこまで言って言葉を濁す。
「転勤をお願いしてもこの人は仕事を辞めないだろうって、会社側は考えるわけね」
白川さんが僕が続きを言って欲しいと思っていることに感づいたようで、僕の言葉を受けて発言する。
「そういうことがあるんだって」
僕は頷いてそう言い、白川さんの発言に同意した。
「マジか……」
僕の話に、
僕はそんな
「僕が保険とお金の本を三冊ずつ読んだ理由は、こんなところ。これで白川さんの質問への答えになっているかな?」
僕は
「うん。わかった気がする。これだけ読んでおけば大丈夫って言うものが無いからなのね。だから色んな意見を判断材料として持っておく為に、何冊も読むことになったって事なのよね?」
ジンジャエールをストローでまた混ぜながら、僕に確認するように白川さんが言う。彼女の視線も物珍しいものでも見るように
「うん。もしかしたらこの本だけ読めば問題ないって本もあるかもしれない。だけどそれを一冊読んだだけで判断するのは、危なっかしい感じがするね」
僕は良周から目を離し、白川さんの方へ向き直って発言する。
「学校で習うこととは違うのね」
ふうっとため息をつくように息をして白川さんも僕の方に視線を戻すと、そう言った。
「そうだね。学校で習うことは正解か不正解かが決まっているものが多いもんね」
僕は彼女の言葉に同意して頷く。
「世の中って、まだ知らない事が沢山あるのね。それに正解、不正解で判断出来ることばかりでも無いのね」
白川さんは
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