第42話 ファッションチェック

 折角せっかく僕に合う物を探そうとしてくれているのに、僕がねた子供のような言い方ばかりしている所為で困らせてしまったに違いない!


 僕は良周よしちかの表情を見て、甘えたことばかり言いすぎたかもと感じた。

 流石に友人の前でとる態度としては、大学生にもなって大人げない気がして来る。

 

「……そうだよね。一冊あっただけでも……喜ばないとね」


 不満ばかり口にしていたことを反省した僕は、しおらしく言う。


「急に物分かりが良くなったな……どうしたんだ?」


 良周よしちかは僕の急な変化を気味悪がる。

 白川さんも僕の事を不思議そうに見ている。

 僕は「何でもないよ。無料ソフトの本があっただけでもラッキーだったって思い直しただけだよ」と言って、二人をはぐらかした。

 すると、良周よしちかが急に嬉しそうな顔になって話し出す。


「そうなんだよ! 人気ソフトが史一ふみかずの都合に合わなかったのは残念だけど、君の都合に合いそうなソフトの本があったのはラッキーだったと僕も思うよ!」


 どうやら僕の言い訳は、思いがけず的を射た意見だったようだ。

 良周は嬉々ききとして言葉を続ける。


「この本を買ってでも、このソフトについて勉強して動画を作ろうとする人が一定数いるから、この本が此処にあるんだ。 それってすごい事だよ! 買いたいって思う人がいもしない本なんて作らないさ!」


 良周よしちかが無料動画編集ソフトの解説書について、僕のと似た内容だが、僕のとは全く違った見解を語りだす。

 その見解を聞いた僕は『……なるほど。そういう見方も出来るのか』と心の中で感心した。


「確かにすごい事かも……。一冊とは言え、このソフトの解説書が売れるだろうって出版社の人に思ってもらえたって事だもの」


 白川さんも良周よしちかの言葉に納得したように頷くと、そう言った。


「そうでしょ? だから、このソフトの導入を考えてみるのも良いと思うんだ」


 良周よしちかはそう言って、僕が持つ本の表紙を人差し指でトントンと軽く叩いた。


「……そうかも知れない。ただ、流し見した程度で決めるのは恐いな」


 僕はそう言いながらもう一度、手にしている本をパラパラと捲ってみる。


「じゃあ、書店併設のカフェでゆっくり中身を確認する?」


 良周よしちかはそう提案すると「あのカフェって、購入前の書籍を持って入っても良かったはずだよ」と、カフェの情報を補足してくれた。


「賛成! 私、喉が乾いちゃった」 


 白川さんが控えめに手を挙げ、良周よしちかの提案に嬉しそうに応じる。


「そうだね。カフェなら落ち着いて本の内容を確認できそう。プレミアプロの本も良さそうなものを一冊選んで、この無料動画編集ソフトの本と読み比べてみたいな」


 プレミアプロをまだ諦めきれない僕は、そう言ってプレミアプロの解説書が並ぶ書棚に目をやる。今の僕の条件には合致しないが、どんなソフトウェアなのか興味が湧いていたのだ。閲覧するだけになるかもしれないが、内容を確認してみたい。


「私も何か持っていく本を探そうかな?」


 白川さんはそう言うと、辺りをキョロキョロ見回し始める。


「僕は二人が本を見繕ってる間に、家族に頼まれた本を買って来るよ」と良周よしちか

「じゃあ。それぞれ用事が済んだら、カフェで落ち合うって事で良いのかな?」と僕。

「良いわ」と白川さん。


 こうして僕たちは、それぞれ目当ての書籍を探すため、バラバラに行動することになった。


 良周よしちかは「じゃあ、またあとでね」と言って、早々にこのコーナーを離れて行った。

 僕はプレミアプロの初心者向け解説書を探たかったので、今居る書棚に残る。

 白川さんは先ほど見た『デザイン・DTP』の辺りで本を物色し始めたようだった。


 僕の書籍選びはすぐに終わった。

 まあ、先程からずっと見方を教えてもらっていたコーナーで本を選ぶのだから、当然と言えば当然だ。


 カフェに行こう。


 書棚に並ぶ書籍の背表紙から、僕は目を離す。

 すると丁度、白川さんが本を選んでいる姿が目に入った。何気なくその姿を眺める。彼女は僕が見ていることには気づいていないようだ。


 今日の白川さんは群青色の七分袖のゆったりとしたトップスに、ジーンズ生地のロングスカート、スカートから覗く足には昨日と同じスニーカーという出立だ。もちろん赤い太縁のメガネをかけ、髪の毛は右肩のほうへ寄せ緩くシュシュでまとめている。

 昨日のふんわりした女の子らしいラフなスタイルとは少し違う。ラフではあるのだが、やや生真面目さも感じさせるような雰囲気。いつも通りの見慣れた白川さんだ。


 僕は白川さんの方へ歩み寄る。歩み寄りながら彼女を眺めていると、彼女に対するちょっとした疑問が頭をもたげた。


「白川さんって、大学に居る時と休日。どっちが本来の白川さんなの?」


 僕は白川さんに近づきながら、彼女に思いついたばかりの疑問を投げかける。


「えッ!? 急にどうしたの?」


 白川さんは僕が唐突に質問してきた事に驚いたようで、勢いよくこちらに振り向いて目を白黒させる。

 僕は白川さんの様子を見て「急に話しかけてごめんね」と彼女に謝る。そして言い訳めいた質問の意図を口にする。


「昨日会った時も言った気がするけど、昨日と今日とでは、随分雰囲気が違うなって改めて思って……」と僕。


 白川さんは上目遣いで僕を探るように見ながら、言葉を選ぶようにゆっくりと「……大学がある日と休日、どちらが私らしい恰好かってこと……かな?」と訊き返してきた。


「うん。そういうこと。服装も髪型も違うよね」


 頷いて僕は同意する。

 白川さんは僕とのそんなやり取りの中で落ち着きを取り戻すと、口元に右手を添えると首を傾げる。


「うーん……。私らしいって言われると……休日が私らしい……かな?」


 悩みながら白川さんが僕の質問の答えを口にする。


「そうなんだ」


 訊いてみたものの、本来の白川さんの好みが休日の恰好とわかっても、僕は気の利いたコメントが1つも思いつかない。思い付きで質問なんてするべきではなかったと、今更ながら少し後悔する。


「え? もしかして昨日の恰好、変だった?」


 僕のリアクションの薄さに不安になったのか、白川さんが少し焦った様子で言う。


 困らせる様な事を言ってしまったのかも!


 白川さんの焦った様子を見て、僕も慌てる。


「ううん! もちろん今日の感じも良いけど、昨日の恰好もすごく可愛かったよ。昨日の恰好で大学に来たら良いのにって思うくらい!」


 僕は取り繕おうと、白川さんと同じように少し焦った調子で、そう言った。


「!」


 白川さんが目を見開いて、口をぎゅっと閉じる様な仕草をすると黙り込む。


 あれ? 僕、何か変なことを言ったかな? アッ……


「アッ! でも講義に集中出来るのは、今みたいな恰好なんだったよね! ごめんね、変なこと言って」


 大学での白川さんのファッションについて意見したように聞こえたのかもしれないと思い、慌てて僕はフォローを入れる。


 先程から僕の発言は、全て地雷を踏んでいはしまいか?


 僕の鼓動は早くなる。


「……ううん。謝る事なんて無いよ。見た目を褒められたことが余り無かったから、ビックリしただけ」


 白川さんはそう言いながら、少し頬を紅潮させて首を横に振った。

 僕は自分の発言が好意的に受け止められたことに安堵して、ホッと息をつく。早鐘のように打っていた鼓動もだんだん普段の調子に戻り始める。


「……理沙ちゃんも高橋くんと同じような事、言うのよね」


 白川さんはそう言って、僕にもよく見えるように腕を横に広げ、自分の服装を確かめるように見回す。そして「服装、休日とそんなに違わないと思うんだけどな」と、少し不満そうに呟いた。

 確かに白川さんの言う通り、昨日も今日もラフな出立だ。あえて言うなら昨日の方が色味的に明るいくらいの違いしかない。彼女の服装自体には大した違いはないと言って良いかもしれない。

 僕と白川さんは二人して「うーん」と唸る。


「やっぱり、一番の違いはメガネと髪型だよね」と僕。

「そうよね。自分でもそうじゃないかと思ってたわ」


 白川さんが僕の言葉に同意して頷く。そして「一応メガネも地味になり過ぎないように、赤縁の派手目なものを選んでるんだけどな……」と言いながら、両手でメガネの位置を直すような仕草をしてみせる。


「まあ、メガネって変装の定番だし」と僕。

「そう言われてみれば……。しかも私は髪型まで変えるから……印象が変わって見えても仕方ないのかも」


 白川さんが納得したように、真面目な顔をして頷いた。

 その様子がなんだか可笑しくて、僕はクスクスと声を殺して笑う。すると、彼女もフフフと僕と一緒になって笑い始めた。

 僕たちは二人して、ひとしきり笑った。小さな声で笑うように気を付けたので、周りの人たちは僕たちの様子には気づいていない。


「ちなみに高橋君はメガネじゃない方が良いと思う?」


 白川さんが笑いながら小声で僕に訊く。


「そうだね。メガネも良いと思うけど、昨日の恰好も良く似合ってたと思うよ」


 僕も笑いながら頷いて、白川さんの質問に答えた。

 白川さんは僕の答えを聞くと「そっか」と微笑んで言って、胸の辺りに手を当て呼吸をする。笑いをめる為に、気持ちを落ち着かせたいのかもしれない。

 僕も彼女にならって、はあっと息を吐き、気持ちを落ち着かせる。

 僕たちはお互い笑うのを止める。


「じゃあ。僕は読みたい本を見繕ったから、先にカフェに行ってるね」


 会話に区切りがついたと思った僕は、白川さんにそう断りを言う。白川さんは「ええ」と言って、微笑んで頷く。


「私はまだカフェに持っていく本を探すから、また後でね」


 白川さんはそう言って、僕に小さく手を振った。

 僕も手を挙げると白川さんに「じゃあ、後でね」と挨拶を返す。


 そして僕は白川さんと別れ、カフェに向かった。


 カフェスペースに着いた僕は、カフェの外から中を見回す。

 するとカフェの出入り口付近の4人掛けのテーブルで、良周よしちかが僕に向かって手を挙げているのが見えた。

 良周よしちかは早々に用事を済ませたらしい。テーブルにはコーヒーが入っているらしいマグカップが見える。

 僕は良周よしちかに手を挙げて応じると、カフェのカウンターに向かいコーヒーを注文する。代金を払うと店員の女性が『05』と書かれた番号札を渡してくれた。

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