第41話 サブスクと商用利用

 皆に選ばれているソフトウェアなら問題ないに違いない!


 こんな所にまで来てしまったけど、まずは皆に何を使っているか訊くべきだったのだ。

 解説書の選び方を教えてもらえたし、時間を無駄にしたとまでは言わない。だがソフトウェア選び事態に悩む必要はなかったと、僕は少し後悔した。


「そうするかい? このソフトの性能については文句の付けようがない。でもそのぶん、なかなか高価だよ?」


 良周よしちかが少し心配そうな顔をして僕に念を押す。


「高価って、いくらくらいなんだ?」


 僕は急に心配になって訊ねた。

 すると良周よしちかは「ちょっと待ってね」と言って、ボトムスのポケットからスマートフォンを取り出すと、何やら調べ始める。そして、彼はすぐに必要な情報にたどり着いたらしく、スマートフォンを操作していた指を止める。


「1か月だけなら税抜きで3千480円。1年契約なら2万6千160円で、1か月あたり2千180円になるね。セール期間に買えば、もう少し安く買えるけど……」


 良周よしちかがソフトウェアの値段に関する情報を読み上げてくれた。


「……1か月3千480円って、月ごとに支払うの?」


 そう言いながら、僕は目を丸くする。そして『良周よしちかの言う通り、なかなか高額なソフトウェアだな』と思い、舌を巻く。


「サブスクだからね。月々だよ」


 良周よしちかが僕の驚く様子を見て、苦笑いしながら言った。


「サブスク?」


 何だか聞き覚えがある言葉だが、どういう意味だったか思い出せない。僕はすぐさま訊き返す。


「サブスクっていうのはサブスクリプションの略語の事さ。一か月単位や一年単位とか、一定期間ごとに利用料金がかかるタイプの定額制サービスのことだよ」


 僕がわかっていないのを見て取ると、良周よしちかがそう説明してくれた。


「有料の動画配信サービスとかはそれにあたるよね。あと、コーヒーやラーメンの定額制サービスっていうのをニュースで見たわ」


 良周よしちかの言葉を受けて、白川さんが言う。そして「面白そうだったよ」と言って微笑んだ。


「コーヒーの定額制……」


 僕は白川さんの言った言葉を繰り返しながら、自分の頭を整理する。

 動画配信サービスもって事は、我が家が契約した電子雑誌のサービスもサブスクリプションの仲間になるのかもしれない。

 どうやら言葉は知らなかったが、自分もお世話になっているものだと解ってきた。


「私が見たのは1か月3千円くらいだったかな。コンビニよりは高いけど、珈琲専門店だったから、使い方によってはお得に感じる人もいるかもね」


 僕がサブスクリプションについて考えを巡らせている間も、白川さんは楽しそうにコーヒーについて話してくれた。

 僕は彼女に微笑み返し、頷いて「そんなのもあるんだね」と相槌する。


「ちなみにプレミアプロのサブスクは契約期間中、随時ソフトウェアのアップデートが入るから、最新の動画形式への対応がすごく早い。それにソフトウェアメーカーが提供してくれるフォントも使い放題なんだ」


 良周よしちかはそう言うと「フォントが使い放題っていうのは魅力的だよね」とひとちる。


「フォントって、ワードとかで選ぶ明朝とかゴシックとかのこと? それって必要なの? パソコンに元から入っているフォント使えば良いじゃないか。その機能無しで安くしてもらえる方が、僕なら有難ありがたいな」


 僕は良周よしちかが何故そんなことを有難がるのか理解できずに、そう言った。


史一ふみかず。パソコンに元から入っているフォントは、YouTubeにアップロードする動画には絶対に使ってはダメだよ」


 良周よしちかが急に真面目な顔になると、子供に言い聞かせる様な口調で言う。


「え? 何で?」


 僕は良周よしちかの態度の変わりように少し驚く。


「史一が言っているフォントはパソコンを使うためにインストールされているものだからだよ。それは基本的に商用利用出来ないんだ」と良周よしちか


 僕は良周よしちかの話が理解できず、増々混乱する。


「商用利用ってどういうこと?」


 白川さんが首を傾げながら良周よしちかに訊ねる。それは僕も訊きたいところだ。

 良周よしちかは「お金を稼ぐことに使うってことかな」と言うと、説明を続ける。


「YouTubeは動画に広告を付けて、広告収入を得ているのは知ってるよね?」

「ええ、インターネット広告の一種よね」


 良周よしちかの問いに、白川さんが頷いて応じる。


「ということは、そういう広告付き動画に使っているフォントはお金を稼ぐために使ったことになる。そういう活用の仕方を商用利用って言うんだ」と良周よしちか


 なるほど、それを使うことで収入が発生する行為の事を指す言葉らしい。僕は良周よしちかと白川さんの話を聞きながら推測した。そして、二人の会話に割って入る。


「ふーん。でも、僕が買ったパソコンに入ってるフォントなんだから、これは僕が買ったフォントってことにならない? どう使うかは僕の勝手じゃないの?」


 良周よしちかの説明を聞いても、まだ納得出来ない僕は不満を口にする。


「まあ、そう思ってしまうのは無理もない気がするけど、パソコンの中に入っているフォントデータのプロパティを今度見てごらん。ライセンスの説明欄にごちゃごちゃ英語で書いてあるから」と良周よしちか

「……英……語……」


 僕は『英語』と言う言葉に嫌悪感を抱く。英語は苦手なのだ。


「うん。前に僕も読んでみたけど、商用利用して良いとは僕には読めなかった。あとライセンスの説明欄に何も書いて無い場合は、商用利用出来ると勝手に解釈すべきじゃないとも僕は思うな」


 僕が英語に拒否反応を抱いて押し黙っていると、良周よしちかがアドバイスを補足する。


「……使って良いのか、悪いのか……。何だか判断しにくいな……」


 僕は困惑しながら呟く。


「やめておいた方が無難だよ。裁判沙汰になりかねないことは、出来るだけ避けるほうが賢明だ」


 良周よしちかなだめるように僕に言う。

 彼の『裁判沙汰』という言葉に僕はドキリとする。


 ……それは困るな……


「パソコンやスマートフォンに元から入っているフォントで、商用利用が許されているものは無いと思っておいた方が良いよ」


 僕が『裁判沙汰』と言う言葉に尻込みしたのを見て取った良周よしちかが、持論を畳みかけてくる。

 僕は反論を諦め「わかったよ」と渋々言うと、ソフトウェアについて質問を続けた。


「でも君が使っているソフトなら、そういう心配のないフォントを使うことが出来るのかい?」と僕。

「そう言うこと。それに映画撮影やテレビ番組でも使われるプロ用ソフトだ。そう思うとフォント付きでこの値段は高くはないと言えなくもない」


 良周よしちかは僕の質問に答えながら腕組みする。


「1年契約で税金を含めると2万9千円近くするよね。それが高くない……」


 僕はそう小さな声で、ひとちる。

 良周よしちかは腕組みしたまま「うん」と頷く。そして「新しい技術への対応の早さと、フォントの種類の多さ、その他諸々のサービスを考えるとね」と自分自身にも言い聞かせるように言葉を続けた。

 その様子を見て、良周よしちかも実は高価だと思っているのではないかと僕は勘繰る。


 でも、まずは良周よしちかのことより自分のことだ!

 良周は高価だとは思っているかもしれないが、編集用のソフトウェアを選び、導入済みなのだ。

 それに比べ、僕はまだ導入するソフトウェアすら決めていない。

 まずは自分の事を考えよう!

 それにしても……


「僕はまだYouTubeを始めてもいないからな……。ちゃんと続けていけるかも怪しいのに、何万円も払うのはキツイかも……」


 良周よしちかの態度の推測を止めた僕は誰に話すでもなく、自分の中で情報を整理しながらそう言った。


「ノートパソコンは高くても買ったのに?」と良周よしちか

「パソコンはレポート書いたり、他にも用途があるからね。動画編集ソフトは動画編集にしか使えないだろ?」


 僕は少しめ付けるように良周よしちかを見ると、質問に質問で応じる。


「まあ、そうだね」


 良周よしちかは思いの外あっさりと引き下がった。


「買えるものならプレミアプロが欲しいけどね……。でもノートパソコンを購入で自由になる資金はもう余り無いんだよ。出来ればもっと安価あんかなものがあると助かるんだけどな……」


 余りにあっさりと良周よしちかに引き下がられ、毒気を抜かれた僕は素直な気持ちを吐露とろする。


「じゃあ、これなんてどうだい?」


 良周よしちかは書棚から一冊の本を抜き出すと、弱り切った僕に渡して寄越よこした。


「これは……無料ソフト?」


 僕は手にした本の表紙に書かれたソフトウェアの名前を確認しながら、そう呟く。そして動画編集コーナーに並ぶ書籍の背表紙をざっと眺めた。


「これ同じソフトの解説書が他に1冊も見当たらないよ? この本だけだ! 無料ソフトなのはすごく助かるけど、書店でソフトの勢力を見るのは人気のあるソフトを選ぶ為じゃないの?」


 僕はそう質問しながら怪訝な顔をしてみせた。

 良周は「まあ、基本的にはそうなんだけどね」と肩をすくめてみせると、話を続ける。


「でも今回、勢力のある人気ソフトは史一の実情には合わなそうなんだろ? だったら、自分に合ったソフトを選べば良いじゃないか」


 良周よしちかはそう言って、僕をなぐさめるように笑いかける。

 だが、僕は納得できない。


「でもそのソフト、解説書が1冊だけなんて人気がないみたいじゃないか。それにフォントも付いて無いんだろ?」


 僕は駄々をこねる子供のように拗ねた口調で言いつのる。


「フォントは無料で商用利用可能なものをネット探せば良いよ」


 僕のそんな様子に気分を害する様子もなく、先程と同じ調子で良周よしちかが言う。


 無料で使える商用利用可能なフォントが、インターネットで探せる?


 僕は暗くなった目の前が急に明るくなったように感じた。


「……ネットを探せば無料のフォントがあるの?」


 僕は念を押すように、良周よしちかに訊ねる。

 良周よしちかはあっさりと「うん」と言って頷く。


「でも、人気の無いソフトだし……」


 希望を見出しつつあったが、まだ迷いを吹っ切ることが出来ず、僕はそう言い淀む。


「何で人気が無いなんて思うんだい?」と良周よしちか

「だから解説書が一冊しか無いからだろ」


 先程同様、拗ねた調子で僕は言い返す。


「むしろ1冊でも有るって事を喜ぶべきだと思うよ」


 僕の言葉に良周よしちかは少し困ったような顔をして笑ってみせると、そう反論する。

 良周よしちかの顔に少し呆れの色が浮かんでいるように感じられる。

 僕は良周よしちかの表情に、急に焦りを覚えた。

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