第40話 解説書の選び方

「それは間違いないね。史一ふみかずが買う予定なのはWindowsのノートパソコンだから」


 良周よしちかがまだニヤニヤしながら同意して頷いた。そして「今は僕が居るから、こうやってアドバイス出来る。だけど僕がいつも居るわけじゃない」と言いながら、良周よしちかは書棚から適当に解説書を一冊抜き出した。


「目当てのソフトが、自分の環境でも動くかどうかを調べる方法も話しておこうか」


 良周よしちかはそう言葉を続けると、パラパラと手にした解説書のページをめくる。何か探しているようだ。


「あった! これこれ。二人ともこのページを見てみて」


 本のページをめくる手を止めると、良周よしちかが開いた状態の本を僕に手渡してきた。

 僕は本を受け取ると、白川さんにも見えるように渡された書籍を持ち直す。


 開かれた本のページの見出しには『インストールと設定』と書かれている。

 僕と白川さんが本の内容に視線を落としていると、見ているページの上にスッと良周よしちかが自分の指を置き、『動作環境』と書かれた部分を指示さししめした。


「ここを見て。この解説書で紹介しているソフトウェアを使う為に必要なパソコンの条件が書いてあるだろ」


 良周よしちかが説明する。

 なるほど確かに良周よしちかゆびさしている辺りに、使用するパソコンの条件についての記載がある。

 僕と白川さんがその部分を読んでいると、良周よしちかが「大体インストールについて書かれている辺りに載っていることが多いけど、冒頭のあいさつ文やソフトウェアの概要紹介の中で動作環境について触れているものもあるんだ」と説明を補足した。


「自分のパソコンでも使用可能かどうかは、解説書の冒頭部分を確認すればわかるってこと?」


 僕は本から目を離して、良周よしちかに確認した。


「そうなっている解説書が多いと思う。逆に、初心者はその部分を確認出来ないような解説書に手を出すべきではないと思うね」


 良周よしちかは頷きながらそう言うと「それから……」と言って、僕の持つ本の方へ自分の手を差し出した。

 僕は持っている本を良周よしちかに渡す。

 良周よしちかは僕から本を受け取ると、受け取った本を今度は裏表紙の方からめくる。そして僕に本を返して寄越よこすと「ここも確認しておいた方が良いよ」と言った。


「著者のプロフィール?」


 返された本の開かれたページを白川さんと見ながら、僕はそう言った。

 僕の言葉を聞くと、良周よしちかかぶりを振り「見て欲しいのは発行日」と言った。

 僕は言われた情報が載っている箇所かしょを見る。確かに著者名や出版社名と一緒に発行日が記載されていた。


「初めて触るソフトウェアの解説書を買うなら、発行日や増刷日があまりにも古いものは選ばない方が良いと思う」


 良周よしちかがそう言うと、白川さんが「どうして?」とアドバイスの意図を訊ねる。


「最近のソフトウェアはインターネット経由のアップデートが入るものがあるだろ? 操作画面の見た目が、その際に大きく変わることがあるんだ。慣れないソフトの解説書を読むなら、出来るだけ情報が新しいものの方が読みやすいはずだよ」と良周よしちか

「確かに解説書とソフトウェアとで、表示されているソフトウェアの画面が違ったら、混乱するかも……」


 白川さんが納得したように頷く。

 僕は良周よしちかが言うシチュエーションについて考える。


 パソコンを買い替えた際、新しいパソコンに今までより新バージョンのエクセルが入っていることがある。

 そういう時、古いパソコンに入っていたエクセルとツールの配置が変わっていて、戸惑いを覚えるという経験を何度もしてきた。

 良周よしちかが言いたいのは、たぶんこういう状況の事だろう。

 確かにそういう状況になった場合、使い慣れたソフトウェアなら苦労しつつも何とか使えるかもしれない。だがまったく知らないソフトウェアでは、お手上げ状態になる可能性はかなり高そうだ。


 良周よしちかの言う通りかもしれないと、僕も納得する。


「じゃあ書店の本を頼りにソフトウェアを選ぶ際は、解説書の種類の多さでソフトの勢力を確認し、自分のパソコンで使えるソフトかどうかを本の冒頭部分を読んで確認、そして解説書を購入する場合は発行日や増刷日が新しいものを選ぶ……」


 僕は指を折々おりおり確認事項を数えながらそう言うと、良周よしちかに「これだけ気を付ければ良いってこと?」と訊ねた。


「そうだね。あとは説明用の画像が多いものを選ぶのもおススメだよ。初めてのソフトは、文字を読むだけでは使い方のイメージが湧き難いしね」


 良周よしちかはそう言うと「それに……」と言いながら、持っていた本を書棚に仕舞うと、違う書籍を選んで抜き出す。


「この本みたいに一通り動画を作ってみることが出来る本が、個人的にはおススメだよ」


 そう言って良周よしちかは僕と白川さんに見えやすいように、手にした書籍の表紙を見せた。

 見せられた書籍は『作りながら楽しく動画編集を覚えよう!』という文字がポップな書体で印刷されている。どうやらこのポップな文字は本のサブタイトルらしい。

 僕は良周よしちかから本を受け取ると、パラパラとページをめくって中身を確認する。


「動画サンプルが用意されていて、それを編集するんだね……」


 僕はそう言うと、視線を本から離す。そして手にしている本を白川さんに渡した。


「これって練習用サンプルを仕上げるだけで、自分の動画を編集するわけじゃないじゃん」


 僕は不満を口にする。


 サンプルを作るなんて物足りない。

 どうせならオリジナルの動画が作りたい!


 僕はそう思ったのだ。

 僕の隣で白川さんが、先程手渡した『作りながら楽しく動画編集を覚えよう!』というサブタイトルの付いた本をパラパラとめくり始める。


「確かにそうだね。でもね、この一冊をやりきれば一通り動画編集が体験できるんだよ? 最後まで編集作業を体験するって、とても意義があることだと思うんだ」


 良周よしちかは僕の不満を物ともせずに主張する。

 そこへ白川さんが本の中身を確認しながら口を挟んできた。


「この本。ソフトウェアの導入方法に動画データの取り込み方法、もちろん編集方法も書かれているし、最終的な完成データの書き出し方法まで順序良く教えてくれそうね。サンプルを使うとはいえ、映像作品の編集を最後までサポートしてくれるなんて凄いわ! 自分の動画を作る作業にも、きっと応用出来ると思う」


 白川さんが興奮した様子でそう言った。


「やり方が順番通りに書かれてるってスゴイの?」と僕。

「ええ。動画編集の本を見るのは初めてだけど、私の持ってるソフトウェアの解説書はまるで辞典よ! このソフトにはこんな機能がありますっていうのを列挙して紹介してて、自分に必要な機能が何なのかは自分で判断しないといけないの」


 白川さんは一気にそこまで言うと、良周よしちかの方を見て「でもこの本は手順をしっかり守るだけで、動画編集をやり遂げられるのね!」と感動すらしているような表情で言った。

 良周よしちかは白川さんの言葉に「でしょ」と満足そうに頷く。


 確かに、初心者の僕が辞典のような本を買っても、何を調べれば良いのかすら解らない。それならば面白みに欠けるかもしれないサンプル動画ではあっても、編集手順を全て指示しもらって、編集作業を一通り経験させてくれる解説書の方が良いのかもしれない。

 僕は白川さんの話を聞いて、この本の良さが少し理解出来た気がした。


 僕が黙ってそんなことを考えていると、良周よしちかがもう一つアドバイスを補足してくれる。


「継続して使って行く気があるソフトなら、こういう解説書をせめて1冊くらいは購入しておいた方が良いと思うよ」

「……やっぱり、買った方が良いのか。ちなみに、電子書籍じゃあダメかい?」と僕。

「慣れてるソフトの本なら、電子書籍で解説書を買うのも良いと思うけど……。これから初めて触るソフトの本なら紙媒体のほうが良いと僕は思うけどな」と良周よしちか

「えー? なんでさ」


 僕はまた不満げに訊き返す。


 ここにある本はどれも分厚くて嵩張かさばりそうだ。自室に置くには場所を選ぶ気がする。出来れば電子書籍で購入して、そういう面倒なことを回避したい。僕はそう考えていた。


「僕の経験からの話だけど、解説書通りにやっても上手くいかない事って出てくると思うんだ。そういう時に何に引っかかったのかをすぐに書き込めるのは、僕には重要なポイントなんだよね。電子書籍でも書き込みが出来るのかもしれないけど、自由度が全然違う気がする……」


 良周よしちかはそう言うと「それに自分だけの解説書を作ってるみたいで、楽しいよ」と言葉を続け、楽しそうに微笑む。


 自分だけの解説書か……。それはちょっと面白そうかも。


 先程までの不満はどこへやら、1冊購入してみようかという気に僕はなってきた。

 実は先日の臨時『お金会議』で議題に上った定額制の電子雑誌のサービスを、我が家で導入してみることになったのだ。そのおかげで僕の月々の雑誌代が浮く目途が立っていた。

 そのような理由で、浮いたお金で解説書を買うのも良いかもしれないと思えたのだ。


 そうとなれば、早速購入する本を探しにかかりたい。


「電子書籍でない方が良い訳は解ったし、一通り動画編集を体験できる本が良い事も解った気がする。……僕も今日、1冊買って帰ろうかな?」


 僕はそう宣言すると「人気があるソフトで残ったのはプレミアプロか……。これがWindowsで使えるのかを確認してみれば良いんだね」と言葉を続け、使用条件の確認のためにプレミアプロの解説書を1冊手に取ろうと、書棚に手を伸ばす。

 するとかさず、「WindowsでもMacでも使えるよ」と良周よしちかが教えてくれた。


 なるほど、今日は良周よしちかが居るから一々いちいち自分で確認しなくても済むのか!


 僕は得をしたような気分になり、手を止める。


「ちなみにサークル室で寺田てらだくんがインストールしていたのも、このソフトよ」


 そう言いながら白川さんは手にしてる本を書棚に戻す。


「やっぱりね。そうじゃないかと思ったよ。ちなみに僕もこれを使ってるし、雄太もそうだったはずだ」


 良周よしちかが白川さんの発言に情報を補足してくれる。


「そうなの? 皆、このソフトなんだ。じゃあ、僕もこれにしようかな……」


 僕は良周よしちかの言葉で、一人で動画編集ソフトを探そうとしていたことが一気いっきに馬鹿馬鹿しく思えてきた。

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