第39話 ソフトウェアの勢力図

 その答えは判り切っている、僕が答えるまでもないじゃないか……。


「……スマホ」


 僕は無意味だとは思いつつも、仕方なく良周よしちかの質問に答える。


「そうだよね。だから高いんじゃないかな」


 良周よしちかはそう言って、満足そうに頷いた。


「そっか。だから、同じスペックでもデスクトップパソコンよりノートパソコンのほうが高いのね。ノートパソコンのほうが小さいから!」と白川さん。

「処理能力と値段だけを考慮するならデスクトップが一番お買い得だよね。でも、デスクトップパソコンを持ち歩くのは無理だから……」


 良周よしちかはそこまで言うと、ニヤニヤ笑う。

 きっとデスクトップパソコンを一生懸命運んでいるシチュエーションでも想像しているのだろう。

 僕は「そりゃそうだ」とぶっきら棒に相槌を打つ。


「デスクトップパソコンよりノートパソコン、ノートパソコンよりスマホが高額なのは、これが大きな理由だろうね」


 そう言うと、良周よしちかは「まあ。スマホの話はこのくらいにして、本題に入ろうよ!」と言葉を続け、僕と白川さんを手招いた。


「ほら! そこに動画編集の書籍コーナーがあるよ!」


 良周よしちかは言いながら、コンピュータ・ITの書棚の一角をゆびさした。良周よしちかが指さしたあたりにも厚紙が差し込まれている。厚紙にはそのものずばり『動画編集』と印刷されているのが見て取れる。

 そのコーナーは丁度書棚のど真ん中にあった。

 これでは通路の端からチラリと確認したくらいでは見つからないなと、僕は納得する。


 僕は良周よしちかが指し示す方へ歩み寄る。

 僕の目に『ショートムービーで覚える……』、『映像制作……』、『わかりやすいビデオ……』など動画編集関連らしいタイトルの書籍が並んでいるのが映る。


「これか……」


 僕は書棚を眺めながら言う。


「思ったより沢山出版されてるのね」


 白川さんも書棚に並ぶ書籍を物珍しそうに見ながら言った。


「動画の編集方法の解説書が大半みたいだけど、これをどうソフトウェア選びに生かすんだ? ここにある本の中身を全部確認して、良さそうなものを探すのかい?」と僕。


 書棚を見る前は動画編集ソフトの評価雑誌を購入するか、せいぜい十数冊の本の中身を手あたり次第確認し、気に入ったものを購入するくらいのイメージでいた。

 だが、実際の目的の書棚には思った以上の数の書籍が並んでいる。手あたり次第内容を確認するのはなかなか大変そうだ。

 ざっと見たところ、評価雑誌のたぐいも置いていそうにない。評価雑誌の記事を参考に選ぶというわけにもいかないようだ。

 そんなことを考えながら困惑している僕に、良周よしちかは「そんなことはしないよ」と言って笑ってみせる。


「良かった。じゃあ、どうするんだい?」


 僕は良周よしちかの答えにホッと胸をなでおろし、訊ねる。

 僕の言葉を聞くや否や、良周よしちかは一歩後ろへ下がり、動画編集の書棚から少し離れた。


「まずはこのコーナーの本の背表紙をじっくり見る」


 後ろに下がりながら良周よしちかが神妙な表情で言う。


「はあ? 背表紙を?」


 僕は良周よしちかの言葉も行動も理解できない。

 僕の言葉に「そう」と言って頷くと、良周よしちかは動画編集の書籍群を真剣にジッと見つめ始めた。


 何が始まったのだろう?


 僕と白川さんは顔を見合わせる。

 白川さんの顔には僕と同じで戸惑いの色が浮かんでいる。彼女も困惑しているようだ。


 意味が解らない。


 だが良周よしちかのやることだ、しばらく付き合ってみれば理由が解るかもしれない。そう思った僕は良周よしちかと同じように書棚から一歩後ろへ下がってみた。

 僕のその様子を見て、白川さんも困惑した表情のまま良周よしちかならって後ろへ下がる。


「見たけど……、それで?」と僕。

「何か気づかない?」と良周よしちか


 僕は「うーん」と唸りながら本の背表紙の文字を片っ端かたっぱしからザッと読む。


「解説書ばっかり。……というか、解説書しかない」


 背表紙を確認し終わると僕は言った。

 良周よしちかが「他には?」と僕に訊ねる。僕の答えは彼が期待するものではなかったらしい。

 白川さんは黙って僕らのやり取りを聞いている。


「他? ……そうだな。プレミアプロっていうソフトの本ばっかり……とか?」


 そう言いながら、僕は書棚を眺める。

 プレミアプロという名称が書かれた書籍がとにかく多い気がする。サークル室で調べていた時もこの名称を沢山見た。そのため、この名称が動画編集ソフトの名称だと僕はすぐに解った。


「プレミアプロには少し及ばないけど、ファイナルカットについて書かれたものも多いみたい」


 白川さんが言う。確かに、次に多いのはファイナルカットという名称だ。これもネットで調べた時によく見たソフトウェアの名称の一つだ。


「うん、そうなんだ。プレミアプロとファイナルカットについて書かれている本が多いよね」


 良周よしちかが嬉しそうに頷いて言った。今度は彼の期待通りの答えだったらしい。


「で? それがどうしたっていうんだ?」


 僕は良周よしちかに訊ねる。


 プレミアプロの名称が書かれた書籍が多いのが何だと言うのか?


「これで君たちは動画編集ソフトの勢力図を大体把握出来たことになると思うよ」


 良周よしちかが僕と白川さんに顔を向け、自信ありに言う。


「……勢力図?」


 白川さんが首を傾げながら訊き返す。何のことやら解らないといった表情だ。


「書店の書棚に沢山の解説書があるソフトほど、実際に使っている人も多いものなんだよ」


 良周よしちかは頷いて白川さんに答えると、プレミアプロの書籍群の表紙を指さしながら「これが一番人気があるって思って良いはずさ」と言って、言葉を続ける。


「人気があるってことは、そのソフトについて知りたいと思っている人も多いってことだからね。ネットでいくつか評価サイトを調べても同じ結果にたどり着くとは思う。だけど、パッと見てソフトウェアの大体の勢力図の予想がつくのは、やっぱり書店の書棚だよ」


 良周よしちかがそう言うと、白川さんが「ファイナルカットについて書かれたものが次に多いっていうことは、これも人気があるソフトって思って良いの?」と尋ねる。


「うん。そういうことになるだろうね」


 良周よしちかは白川さんの言葉に同意する。


「じゃあ、プレミアプロを使っている人が一番多くて、次に沢山の人が使っているのがファイナルカット。つまり動画編集をする人はこの2つのどちらかを使っている場合が多そう……くらいに予想して良いってこと?」


 僕は自分なりの解釈を再確認するように、そう言った。


「そうだね。史一ふみかずの言う通り、あくまでも予想だけど。実際に、この2つのどちらかを使っているYouTuberは多いと思う。もちろん他のソフトを使っている人もいるけどね」


 そう言って良周よしちかは頷いた。

 僕は良周よしちかのその言葉を聞くと、もう一度動画編集のコーナーに陳列された書籍の背表紙の数々に目をやった。


 なるほど、確かにこの方法なら人気のソフトウェアが一目瞭然だ。人気があるソフトウェアの解説書が数多く出版されるのは、言われてみれば至極当然しごくとうぜんの話だと僕は思った。出版社も売れる本を出したいと思って本を作るのだろうから。


 だけど……


「……だけど、このことを確認するのって、書店じゃないとダメなの? 例えば図書館でも良いんじゃない?」


 僕は急に思いついて、疑問を口にする。


 先日、大学の図書館で借りた『YouTubeに動画投稿する方法』という本のことを思い出したのだ。

 図書館のおすすめ書籍のコーナーに置いてあるのを見つけ、思わず借りた本。

 あの本の所為で家族に僕が動画を作ろうとしていることがばれた。僕にとってはいわくつきの本だ。


 次から見られたくない本は絶対に自室から出さないように気を付けよう!


 嫌な記憶が蘇ってしまった僕は、その本の事を思い出しながら、再度心にそう誓った。


 でも、その事は今は置いておいて……。


 あの『YouTubeに動画投稿する方法』という本もジャンル的には、このコーナーにあってもおかしくない書籍のはずだ。僕が見つけたのはおススメ書籍のコーナーでだが、きっと図書館にもこういう本ばかりが置かれた書棚があるに違いない。

 ならば、そこでも同じような勢力図が見えてくるのではないか。僕はそう考えたのだ。


「図書館でもある程度はわかるかもだけど、図書館では書籍購入担当者っていうフィルタがかかってしまうからな……」


 良周よしちかはそう僕の質問に応じると、動画編集の書籍の背表紙を見ながら少し黙る。説明する言葉を探しているようだ。


「……例えば、史一ふみかずが図書館の書籍購入の担当者だとしたら、人気があるからってプレミアプロの解説書ばかり買うかい?」


 考えがまとまったのか、良周よしちかおもむろに口を開く。

 僕は彼の質問に答えるために「えっと……」と言って、考えを巡らす。そして良周よしちかが言いたい事に行き当たったように感じ、答えを口にする。


「僕ならどんなに人気でも同じソフトウェアの書籍ばかり買ったりしない。色々なソフトウェアの書籍を置いて、書棚のバラエティを豊かにする方に力を入れるよ。なるほど、確かに図書館ではダメそうだね……」


 僕がそう言うと、良周よしちかはコクンと頷く。


「そうなんだ。書店は売れるものを置くけど、図書館は販売を目的にしていないからね。書籍の揃え方に差が出る。だから図書館は勢力確認には適さないって、僕は思うな」


 良周よしちかはそう言うと、ファイナルカットと書かれた書籍の背表紙を指さしながら言葉を続ける。


「因みにファイナルカットはMacOS向けソフトだから、君が注文したWindowsOSでは使えないよ」


 良周よしちかがソフトウェア情報を補足してくれる。


「MacOSって、……マッキントッシュ?」


 僕がそう念押しするように言うと、良周よしちかは「そうそう」と急にニヤニヤしてみせる。

 そして僕は、良周よしちかの表情にハッとする。


 マック事件の事を良周よしちかは忘れていない!


 僕は良周よしちかのニヤケ顔を見ながら、そう直感した。

 被害妄想かもしれないが白川さんを見ると、彼女も笑いを堪えている様に見える。

 僕は少し動揺した。


 二人にこの動揺を悟られたくない!


 僕は気持ちを落ち着かせる為に、コホンと軽く咳ばらいをして何気ない調子で話を続ける。


「……じゃあ。ファイナルカットは僕の候補から外れるね」


 僕はつとめて冷静に振舞ってみせながら、ファイナルカットを候補から外した。

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