第38話 コンピュータ・ITの書棚とパソコンなスマホ

「うん。この書店の場合は、ここで良いはずだよ。パソコンで使うソフトウェアの書籍は、この分類の棚に大体揃ってると思う」


 相槌をしながら言うと、良周よしちかは「じゃあ、どんな本があるか見てみよう!」と僕と白川さんに書棚の通路に入って来るように促した。


 どちらからとはなく僕と白川さんは顔を見合わせる。すると彼女が一歩後ろに下がった。先に行って良いという事のようだ。

 僕は「ありがとう」と彼女に礼を言って、良周よしちかの後に続いて書棚と書棚の間の狭い通路に足を踏み入れた。


 一番手前の書棚には先ほど見た通り、プログラミング関係の書籍が所狭ところせましと並べられている。大体は小難しそうな表紙の本ばかりなのだが、中にはちらほらと何だか可愛らしいデザインの本も混じっている。

 そういう本には『小学生からはじめる~』や『楽しく学べる~』など子供向けと思われるタイトルが付いていた。


 2020年からプログラミング教育が必須化されるとテレビのニュースで言っていたのを僕は思い出す。これらの本はそういう時勢じせいの流れを受けて出版されたものなのだろう。


 ……僕もこの小学生向けのプログラミングの入門書を読めば、プログラミングがわかるようになるのだろうか……。


 子供向けの本を買う勇気はないが、少し気になった。


 プログラミングの書棚から目を離し、僕は後ろを振り返る。向かい合ったその棚も『コンピュータ・IT』の書棚のようだ。

 そちらにはエクセルやワードなど、オフィス関係の書籍がずらりと並んでいる。いかにもコンピューター関係と言った見た目だ。


 でも動画関係の本は無さそうだな。


 そう判断した僕はプログラミングとオフィスの棚を交互に見ながら、もう少し奥へと歩みを進める。


 次の書棚には『DTPと印刷……』、『レイアウトのための……』や『簡単な写真加工の……』などというタイトルの本が並んでいる。

 これは一体何の本なのかと疑問に思っていると、書棚に仕切りの様な厚紙が差し込んであるのを見つけた。書籍の背表紙より厚紙のほうが幅が長く、厚紙の側面が見えている。

 その厚紙の側面には『デザイン・DTP』と印刷されていた。

 DTPが何を指す言葉なのかわならない。だがすぐに、この厚紙は『ここから先はデザイン関係の本だよ』と言いたいのだと、僕は気づくことが出来た。


 そういうことか!


 厚紙の使い方に合点がてんがいった僕は、自分の周辺の書籍から目を離し、狭い通路を広く見渡す。

 予想通り、本棚の所々に今見た厚紙と同じようなものが差し込んであるのが見て取れる。


 モバイル、ネットワーク、データベース、アプリケーション、CGイラスト、3DCG、CAD、Webデザイン等々、厚紙に文字が印刷されている。


 これは目印だ!


 この厚紙を確認することで並べられてある書籍のジャンルが大まかに分かるようになっているらしい。

 本屋で買うものと言えば、主にコミックスぐらいの僕にはなかなか新鮮な光景だ。

 コミックスの書棚にもこういう厚紙の仕切りは使われているが、出版社別やマンガ雑誌別くらいで、ここまで多くのジャンル分けはされていない。

 どちらかというと、この光景は書店というよりは図書館のそれに近い。そんな風に感じた。


 それにしても……


「何なんだい? この書棚。プログラミングに……CGイラスト? イラストってこれ、マンガだよね? エクセルとかと同じ書棚にマンガ本まであるの? どういうチョイスなんだ……」


 僕は困惑しながら言い、CGイラストのコーナーに平積みにされている『マンガの描き方……』や『コミックイラストレーション……』などというタイトルの付いた書籍をマジマジと見た。


 ここだけまるでコミックスのコーナーだ!


「このCADっていうのは設計関係の本みたい」と白川さん。

「マンガに、プログラミングに、設計……。ざっくばらんにも程がある」


 僕は驚きを通り越して呆れの混じった口調で言う。


 この書棚はバラエティーが豊か過ぎる!


 ここだけ見せられたら、僕は趣味の書棚か専門書の書棚かと勘違いするだろう。まさかパソコン関係の書棚とは夢にも思わない。

 そのくらい多種多様な書籍が陳列されていた。


「まあ、マンガも製図も最近はパソコンを使うことが多くなってるからね」


 良周よしちかは特に気にする風もなく言う。彼は僕や白川さんが感じている困惑には気づいてもいないようだ。


「パソコン用のソフトウェアがあるものは全部、この『コンピュータ・IT』の書棚にあるってこと?」と白川さん。


 良周よしちかは白川さんの質問に「大体はね」と言って頷いた。


「ただ、ここに分類されても良さそうな写真加工の書籍が、たまに美術のコーナーに置かれてることもあるんだ。同じような扱いをされている本が他にもあるかもしれない。だから絶対とは言えないかな。書店の意向にもよるのだろうね」


 良周よしちかが説明を補足する。


 例外はあるが、パソコンのソフトウェアのジャンルの数だけ、この書棚の書籍のジャンルもあると言ってほぼ間違いなさそうだ。僕は二人の会話からそう判断した。


 それにしても昨今、ほとんどの仕事をAIが代行してくれる時代が来ると言われているが……。

 本当にそんな世の中になったら、この『コンピュータ・IT』の書棚はどうなってしまうのだろう?


 僕が書棚全体を眺めながらそんな取り留めのないことを考えていると、白川さんが僕に話しかけてきた。


「高橋くん、こっちにはスマホの解説書があるよ」


 白川さんが言いながら、オフィス関連の隣の書籍群をゆびさしている。厚紙には『モバイル』と書かれていた。


「コンピュータ・ITの棚にスマホ?」


 僕は白川さんの指さす方に目をやりながら、そう言って首をひねる。彼女が指さす先に、確かにスマートフォンの関連書籍が並んでいる。


「スマホはパソコンじゃないだろ? ……IT関係って事?」


 僕がそう言うと、良周よしちかが「おいおい、史一ふみかず。スマホはパソコンみたいなもんだろ」とあきれた調子で僕の意見を否定した。


「スマホがパソコン?」


 僕は疑うような口調で良周よしちかに訊き返す。


「そうさ! スマホの中身はこの前話したパソコンの構成とほとんど変わらないんだから」と良周よしちか

「全くの別物に思えるけどな」と僕。


 僕にはスマートフォンとパソコンが同じものだなんて思えない。


「そうかい? スマホはAndroidやiOSっていうWindowsとは違うOSで動いていて、マウスの代わりにタッチパネルで操作してるだけさ。アプリはパソコンのソフトウェアみたいなものだしね。今の君なら、こういう機能がある機械にどんな部品が必要になるか想像できるだろ?」


 良周よしちかにそう訊ねられて、僕はおずおずと口を開く。


「じゃあ、スマホにもCPUやメモリがあるの?」と僕。

「そういうこと! 今度ネットでスマホのスペック表でも見てみるといいよ。パソコンと同じようなことが書いてあると思うよ。今の史一なら結構読めるんじゃないかな?」


 良周よしちかが僕の言葉に頷いて言った。


「スマホにスペック表って難しくて苦手だったのよね。今なら解るかもしれないのか……。今度、読んでみようかな」


 白川さんが口元に手をあてて、興味深げに言った。


「パソコンとは使っているCPUが違うから、CPUのスペックはスペック表を見ただけでは判断しにくいかもだけど、メモリやストレージの項目とかは確実にわかるはずだよ」と良周よしちか

「CPUが違う?」


 僕が訊き返す。


「違うね。スマートフォンにはスマートフォン用のCPUがある。もちろん他の部品もそうさ。ただ、動いている仕組みはパソコンと変わらないってこと」


 良周よしちかの説明を聞きながら、僕は「ふうん」と相槌を打つ。


「史一。スマホがあればパソコンなんて必要ないと言っていたのはお前だろ?」


 良周よしちかはそう言うと、可笑しそうに笑う。


 そういえば、そんなことを言ったことがある気がする。


 そんな僕が『スマホとパソコンは別物』なんて言うのは確かに矛盾している気がした。

 僕は少し気恥ずかしさを覚える。そして顔が熱くなるのを感じた。


「だ、だってさ。スマホってハイスペックのモデルだと、僕が注文しているノートパソコンより高いものもあるんだよ? でもスマホでは動画を撮影しても、編集をするなんて聞いたことないし……。パソコンのほうはスマホと違って写真が撮れないし……。アプリもスマホほど無い。同じ仕組みで動いてるって言われても、別物みたいに見えるんだよ!」


 僕は必死に苦し紛れの言い訳をする。


「まあね。スマホのほうがスペックの割に高額になりやすいっていうのは事実だよね。ハイスペックモデルなら動画編集は出来なくはないけど、パソコンほどには無理だし。アプリストアに使いたいアプリが少ないのは確かにそうかもね。でも、アプリが無いわけじゃない。写真が撮れるパソコンか……。最近はタブレット型のパソコンなら写真は撮れるよ」


 良周よしちかは次々と僕の言い訳を否定する。そして「……でもノートパソコンとかでは、確かに写真撮影の機能付きってあまり聞かないな。史一はたまに面白い事言うよね」と感心したように言葉を続けた。

 僕は『たまに』は余計だろうと、心の中で良周よしちかの言葉にツッコミを入れる。


「どうしてスマホってパソコンより高いのかしら?」


 白川さんが首をかしげる。


筐体きょうたいの大きさが関係してるんじゃないかな?」


 良周よしちかが白川さんの質問に答える。


「大きさ? スマホってこんなに小さいのよ?」


 白川さんが言いながら、両手の親指と人差し指を使って長方形を作ってみせる。スマホの大きさを手で表現したいようだ。


「小さいからだよ」


 僕は良周よしちかのその言葉に首を傾げる。


 車も家も大きいほうが高いけど、スマホは小さいほうが高い……。


 言われてみれば、最新の極薄のスマホは滅茶苦茶高価だ。


「はがきに絵を描くのと、米粒に絵を描くのとじゃあ、難しさが全く違うだろ?」


 良周よしちかに同意を求められ、僕は頷く。

 絵心の無い僕でも米粒に絵を描くのはなかなか難しそうだという事くらいはさっしがつく。


「じゃあ。同じ性能を持たせようとした場合、技術力が必要なのはスマホかな? それともパソコン?」


 良周よしちかが続けて僕に質問した。

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