第35話 突然の来訪者
「え? どんな効果か? そうだな……」
僕はスマートフォンの画面に映る『カット、並べ替え、エフェクト、重ね』などと書かれた部分をじっと見つめながら
「……1つも……わからない」
僕が絞り出すようにそう言うと、
「機能のことがわかってもいないのに、ソフトウェアを選ぼうって言うのは無謀なのかな?」
僕は急に不安になって
「無謀とまでは言わないけど。知ったうえで選んだ方が無難だとは思うよ」
「じゃあ、まずは機能の知識を一通り持ってからソフトを選んだ方が良いのかい?」と僕。
「それも良いかもしれないけど、それって時間がかかるよね。いつまで経っても使うソフトウェアが決まりそうにない」
そう言うと
僕は「……良い方法?」と呟いて首を
機能について解っている方が良いのに、解っていなくてもソフトウェアを選べる良い方法とは一体何なのだろう。
僕がピンと来ていないのを見て取ると、
「だからさ、書店に行くことだよ!」
「もちろんネットの情報は大いに参考にすべきだと思う。でもそれにプラスして書店を見に行ったうえで、導入するソフトウェアを決めることを僕なら薦めるかな」
「その方法だと機能の事がわかってなくても大丈夫なの?」と僕。
「インターネットで検索するだけよりはね」と
「ノートパソコンを買う時はネットを薦めたのに、ソフトウェアのリサーチは実店舗を薦めてくるんだね」
僕が皮肉っぽくそう言うと、
「適材適所ってヤツだね。ちょうど僕は書店に行く用事があるんだけど、史一も良ければ一緒に行かないかい? 書店でのソフトウェアのリサーチ方法も教えてあげられると思うよ」
僕は「是非お願いしたい」と
「雄太、恭平、白川さん。僕と史一は動画編集ソフトの情報集めに書店に行くことにしたんだけど、君たちもどう?」
特に白川さんは飛び上がらんばかりに勢い良くこちらに振り向いた。やはり今日の白川さんは変だと僕は思うのだが、他のメンバーは特に気にする様子はない。
「僕はもう使うソフトウェアを決めたんだ。だから動画編集ソフト探しの必要はないかな。今、雄太に教えてもらってソフトウェアのインストールをしてるところ。だから本屋に行くのは今日はパス」
恭平が答える。
流石は恭平、パソコン選びも早かったがソフトウェア選びも早い!
僕とは大違いだ。
「僕も恭平にソフトウェアのインストール方法を説明してることろだから、ここを離れられないや。書店は巡りは好きだけど、今日はやめておくよ」
雄太はそう言うと、こちらに手を振ってノートパソコンに視線を戻す。彼が振る手は『いってらっしゃい』という意味らしい。
「私は……一緒に行こうかな。本屋で動画編集ソフトの情報を集めるって、何をするのかちょっと気になる」
白川さんは
丁度良い!
白川さんがどうしてそんな挙動不審な態度をとっているのか、道すがら本人に直接訊いてみよう。
僕はそう思いながら自分も席を立つ。
その時だ。
「あーーーーんッ! いるぅ? 一緒にテニスしなーい?」
サークル室のドアがバンッと勢いよく
声とともに短いスカートのテニスのウェアを着て、髪を明るめのブラウンに染めたポニーテールの女の子が部屋に入って来た。手にはテニスラケットを持っている。
「
綾辻さんの突然の訪問に、白川さんが驚いて声を上げる。
「げげッ! インスタ姫ッ!」
もう一人驚いた声を上げる者がいる。
僕は思わず声のする方を見る。
すると苦虫を噛みつぶしたような表情の
綾辻さんもその声に気づいて雄太の方を見る。
「ひょろオタッ! 何でアンタが此処にいるのよ?」
綾辻さんが雄太と同じような表情になり、怒鳴る。
……ひょろオタって雄太のことか?
それにインスタ姫? 一体、何の事だろう?
雄太と綾辻さんは知り合いなのだろうか。
雄太はどちらかというと目立つのを嫌う地味なタイプで、綾辻さんは彼とは真逆の派手好きで社交的なタイプだ。どこにも知り合うような接点が無さそうだなと、僕は疑問に思った。
「嘘でしょ?
綾辻さんは白川さんの方を向くと、信じられないといった面持ちで言う。
「ひょ……ひょろオタ……?」
白川さんは状況が呑み込めないらしく、
「そうよ! ひょろオタッ! テニスサークルの体験会で私に失礼な事を言ってきたヤツがいたって話したでしょう? それがこのひょろオタよ!」
綾辻さんが言い放つ。
白川さんは「……そんな話、してたね。……でもそれが……
「雄太。テニスサークルに入ろうと思ってたの?」
恭平が意外そうな顔で雄太に訊ねる。
「まあね。趣味以外の友だちを作りたくて……」
雄太は不愉快そうな表情を崩さずに恭平のほうを見ると、恭平の質問に答えた。そして、答え終わるとすぐ、視線を綾辻さんにキッと戻す。
「でも、このインスタ姫と言い争いになって居心地が悪くなっちゃって、テニスサークルは諦めるしかなかった。僕は親切で忠告してやったのに! 逆切れして体験会の
雄太は喋れば喋るほど悔しい思いがこみ上げて来るようで、話しながらどんどん声に感情的な色が帯びさせる。そして最終的に「コイツの所為で僕の大学デビューは台無しだ!」と叫んだ。
雄太の様子に呆気にとられた僕は、黙って見守ることしか出来ない。
なるほど接点の無さそうな二人の出会いは、テニスサークルの体験会か。
それにしても忠告とは何のことだろう?
最初の疑問は解けたが、また次の疑問が顔を
白川さんは二人を交互に見ながら、困り顔でオロオロするばかりだ。
「あんたの忠告なんて必要ない! 余計なお世話なのよ! それに細くてひょろひょろなのも、スマホゲームばっかり
「本当のことだとしても、それでお前に迷惑かけたわけじゃない! そんな風に変なあだ名を付けられる筋合いなんかあるもんか!」
正論だ。
それにしても、ひょろひょろなのと、ゲームオタクなのは否定しないんだな。
僕は戸惑いながらも心の中で雄太にツッコミをいれる。
綾辻さんは雄太のその言葉に言い返すことが出来ずに『ぐぬぬぬぬ』とでも言わんばかりの表情を作る。
「と……とにかく、あんたはデリカシーの
綾辻さんはそう吐き捨てるように言うと、白川さんの方を向いて「杏ッ! コイツ、最低なんだから。心を許しちゃだめよッ!」と念を押す。
「え……えっと……。理沙ちゃん、とにかく落ち着いて……」
白川さんはそう言って綾辻さんを
白川さんのその言葉を聞いてか聞かずか、綾辻さんはふうっと大きく息を吐く。クールダウンに入ったようだ。怒鳴り散らして疲れたのかもしれない。しかし、そうやって落ち着いても、もう一度雄太をキッと睨むのを忘れなかった。
雄太は綾辻さんのその態度を見ると「ふんッ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
綾辻さんも「はんッ」と
「……それにしても何よ、このサークル。……男ばっかりね」
やっと周りの状況に目が向き始めた綾辻さんはそう言うと「杏。こんな男ばかりのサークル、危なくないの?」と心配そうに白川さんに声を掛ける。
「みんな親切で良い人たちよ」
白川さんは綾辻さんの興味が別に移ったことに安堵したようで、表情を緩めて答えた。
綾辻さんは「そうなの?」と疑わしそうに言って、僕を見る。
「高橋……は、そんな度胸はないか……」
綾辻さんは僕を見ながら失礼な感想を述べる。そして、彼女は次に
見られた
「あなた、
「あの。僕は愛する妻と娘がいる身なので、君が心配するような事は絶対にないよ」
綾辻さんの方は
「えぇ? 佐野くんって既婚者なの? えー、残念ッ!」
綾辻さんは本当に残念そうにそう言った。
「インスタ姫。お前は気が多すぎるんだよ」
透かさず雄太が綾辻さんに嫌味を言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます