ソフトウェアの選び方

第34話 ソフトウェアのリサーチ

 白川さんの家を訪ねたあくる日、本日最後の講義時間。

 僕は真面目に講義を受けなければいけないとは思いつつも、講義後のサークル活動の事を考えずにはいられなかった。


 今日の家事当番は妹の結衣ゆいなので、講義後は時間に余裕がある。そこで、講義が終わったら動画研究会に顔を出そうと考えていた。

 しかし僕は昨日ようやくノートパソコンを注文したばかり。今日、サークル活動として出来ることはおのずと限られてくる。

 動画のネタ出しでもしようかとも考えた。だが、そうするとサークル室で出来る事は、参考になりそうな動画をスマホで観まくり、自分にも出来そうなものを探すという作業になるだろう。

 ちなみに動画の閲覧は、もちろんWi-Fiを使用して行うつもりだ。

 サークルの活動費で購入した無線ルーターを、先週のうちに良周よしちかがサークル室に設置してくれている。僕のスマートフォンもサークル室のWi-Fiへの接続設定を完了していた。

 動画はタダで見れるし、ネタ出しは悪くはない案に思える。そう、悪くはないのだ。

 だが、その作業をしている僕の姿ははたから見れば、動画をダラダラ観ているだけに見えるに違いない。


 ……もう少し活動している感を……出したい。


 そう思った僕は、ネタ探し以外でパソコンが無くても動画制作のために始められることが、他にも何かないかと思案しているのだ。


 今からでも出来ることが他にもあるはずだ……。


 僕は講義室のホワイトボードを見つめながら思索に耽る。


 そうやってしばらく考えを巡らせたのち、僕はもう一つ出来ることがあることに気が付いた。


 そうだ!

 動画編集用のソフトウェア選びをすれば良いじゃないか!


 ソフトウェアを使うには、ソフトウェアの指定するスペック要件を満たしたパソコンでなくてはいけないと良周よしちかが言っていた。

 パソコンを注文したのは昨日だ。購入予定のパソコンのスペックならもちろん覚えている。

 よってパソコンがなくても、動画編集ソフトを選ぶだけならスマートフォンだけで問題なく進められるだろう。


 ソフトウェアさえ決めておけば、パソコンが手に入ったらすぐに動画制作を始められる!


 我ながら良い思いつきだと思った僕は、講義が終わると意気揚々とサークル棟へ向かった。


 ◆


 足取りも軽く動画研究会のドアの前まで来た僕は、ドアを開ける前に何気なくドアに貼られたコピー用紙を見る。

 コピー用紙には太い油性マーカーで『動画研究会』と殴り書きされている。良周よしちかの手によるものだ。折を見て作り直すと言っていたが、未だにその気配はない。


 いつ作り直すつもりなのだろう?


 僕はこのコピー用紙を見る度にそう思う。だが、口にするのは躊躇ためらわれた。

 何せ今の僕は自分でも自覚できるくらい暇そうに見えるのだ。僕が『まだ書き直さないんだね』なんて口にすれば、作り直しのお鉢が僕自身に回って来る可能性は極めて高い。そうなったら面倒だ。

 おいそれと指摘するのは大変危険な行為と言えるだろう。触らぬ神に祟りなしだ。

 そんな事を思いながら、僕は動画研究会のドアを開けた。


 部屋に入ると僕以外のメンバーはすでに全員揃っていた。そんなにのんびり来たつもりはないが、僕が一番最後だったようだ。

 僕は皆と軽く挨拶をして、空いた席に腰を下ろす。


 雄太ゆうた恭平きょうへいそれに白川さんは、恭平を中心に何やら1台のノートパソコンの画面を熱心に見ている。3人が見ているノートパソコンは恭平のものだ。

 恭平は良周よしちかと雄太からパソコンのレクチャーを受けた次の日には、ノートパソコンの注文を早くも済ませた。そのため恭平は僕より一足先にノートパソコンを入手していた。

 僕はその決断の早さに驚くばかりだ。僕なんて悩みに悩んで、注文に至るまでに数日を要したというのに……。


 3人とは離れた窓際の席では良周よしちかがノートパソコンで作業をしている。きっと動画の編集作業をしているのだろう。彼はもうYouTubeに動画を公開し始めていて、動画編集で毎日忙しそうだ。

 僕も彼のチャンネルに登録していて、今まで投稿された動画は全て観た。

 なかなか興味深い内容だが、閲覧数はどれも50回前後。登録者は30人。登録者のうちの4人はもちろんサークルメンバーである。

 よって、実質26人が純粋なチャンネル登録者ということになる。人気があるとはお世辞にも言えない。

 まあ、見ず知らずの人が26人も登録しているというだけでも、僕から見ればすごいことなのだが……。


 YouTuberへの道はなかなか険しそうだな。


 僕はそんな風に考えているのだが、良周よしちか本人はそんなことは気にしていないようで「定期的な動画投稿を一定期間続けて様子をみるよ」と気長に構えている。

 大人な態度だ。僕もそういう余裕のある人間になりたいものだ。


 僕はそんな事を考えながら一通りメンバーの様子を窺い終えると、動画編集ソフト探しを始めようと机に置いた自分のリュックを手に取った。

 その時だ、僕は何となく視線を感じた。顔を上げ、視線の主を探す。すると、恭平のノートパソコンを見ていたはずの白川さんと目が合った。

 白川さんは僕と目が合ったことに驚いたらしく、目を大きく見開くと慌ててノートパソコンのディスプレイに視線を戻す。


 何だろう?


 僕は白川さんの態度に疑問を感じたが、気にしていない様子を装って、リュックからスマートフォンを取り出す。だが、目の端ではずっと白川さんを捉え続け、彼女に注意を払う。

 僕が気づいているとも知らず、彼女はその後もちらりちらりとこちらをうかがってくる。


 なんだかすごく見られている。

 白川さん、一体どうしたんだろう?

 昨日の気まずいわだかまりは解決したと思っていたが、まだ何かあっただろうか?


 そう思ったが、自分から訊ねるのもはばかられ、僕は彼女から話しかけられるまでしばらく気づいていないふりを決め込むことにした。


 僕は白川さんに注意を払いつつもスマートフォンを操作し、動画編集ソフトを探し始める。手元にはメモを取るためにノートと筆記用具も準備した。


 出来れば無料か、もしくは低価格のソフトウェアで、初心者でも使いやすいものが無いだろうか?


 僕は検索フォームに『動画編集 初心者 おすすめ』と入力すると検索ボタンをタップした。


 5分ほどネットサーフィンをしていると、良さそうな情報をいくつか見つけることが出来た。

 僕は気になったソフトウェアの名前をメモしようとノートに視線を移す。

 視線を移しながら白川さんの様子を伺うと、彼女もまた僕と同様にこちらの様子を伺っているのが見て取れた。僕は彼女の視線に気づいているが、彼女のほうは僕が気づいていることには気が付いていないようだ。

 僕はそんな白川さんのその様子に若干困惑しながらも、気に留めていない風を装い続け、何気なく見えるように心がけながらソフトウェア名をノートにメモした。


 スマートフォンのディスプレイと睨めっこしてネットの記事を読み、白川さんの様子を窺って、メモを取る。僕はこのルーティーンを何度も繰り返す。何度もやっていると段々と慣れてくるから不思議だ。


 自分のペースをつかんだ!


 僕がそう確信した矢先、注意を払っていなかった背後から突然「史一ふみかず、動画編集ソフトを調べてるのかい?」という声がして、僕は驚いて声のする方へ振り向いた。

 僕の背後にいたのは良周よしちかだった。


 いつの間に背後を取られていたのだろう。

 白川さん様子を観察するのと、スマートフォンの記事を読むのとで精一杯で全く気付かなかった!


 僕が声も出せずにいると、良周よしちかはぐっと首を伸ばすようにして僕のスマートフォンを覗き込み「やっぱりそうみたいだね」と言う。


「ネットも良いけど、良いソフトウェアを探すなら大型書店も見ておくことをおススメするよ」


 そう言いながら良周よしちかは、僕のスマートフォンをのぞき込むようにしていた体勢を解く。


「え? なに? 急に。 書店? 僕が欲しいのは動画編集ソフトなんだけど……。本屋にソフトウェアが売ってるの?」


 僕は急な良周よしちかの登場によって混乱しながらも彼に質問した。


「書店にソフトウェアは売ってないけど、ソフトウェアのリサーチに書店に行くのは価値がある事だと思うよ」


 良周よしちかはそう僕の質問に答える。


 本屋でソフトウェアのリサーチ?


 リサーチと聞いて、父さんが読んでいる電化製品の評価系雑誌が僕の頭に浮かぶ。


 その父のお気に入りの雑誌では、テレビ、掃除機、スマートフォンそれにカメラなど色々な電化製品を編集者が実際に使って検証と評価を行っていて、家電好きの父さんのお気に入りの雑誌の一つだ。

 僕もたまに読むが、なかなか辛口のレビューが掲載されていて面白い雑誌だと思う。


 父さんが読んでいるような評価系雑誌が、ソフトウェアの世界にも有るのだろうか?


 僕がそんな事を考えていると、良周が「ちなみに訊いて良い?」と僕に話しかけ「史一は今見ているページに書かれていること、全部理解出来てる?」と質問してきた。


 ……理解?

 理解とは何をだろう?


 今見ているサイトは初心者向けと言うだけあって、難しい言葉も使っていないし、特に理解できないと思った箇所は無い。

 初心者に使いやすいか、YouTube用の動画が作れるか、どんな機能が使えるかや値段など、僕が知りたいと思っていた以上のソフトウェアの基本的情報が書かれていると感じた。


「まあ、わかったつもりだよ」


 僕は頷いて答える。


「今、君が見ているページにはソフトウェアにどんな機能があるかっていう情報が書かれているよね?」と良周よしちか

「書いてあるね」


 僕は頷いて同意する。


「よし。それじゃあ、例えばどんな機能があるって書かれてる?」


 急に何なんだ?

 どんな機能があるかだって?


 僕は良周よしちかの質問に困惑しながらも、答えるために慌ててスマートフォンの画面に目をやる。


「えっと……。カット、並べ替え、エフェクト、重ね……だね」


 僕は質問の答えに当たると思われる箇所を閲覧中のサイトから必死に探し、途切れ途切れに言葉をつむぐ。


「オッケー、では次の質問。今答えてくれたその機能を使うと動画にどんな効果を加えられるか、どれか1つでも想像つく?」


 良周よしちかの唐突な質問攻撃でプチパニック状態の僕にはお構いなしに、良周よしちかがまた質問してきた。

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