第36話 ひょろオタとインスタ姫
「ひょろオタは黙ってなさいよ! あんた、
「そこのデブも分かったわね!」
雄太の嫌味で、また機嫌を悪くした綾辻さんが恭平に言った。
「デ……デブ……」
綾辻さんの発言にショックを受けたらしく、恭平は涙目になる。恭平の首筋をたらりと汗が流れるのを僕は見た。まるで蛇に睨まれた
「……ぼ、僕は二次元のメガネっ
恭平が縮み上がりながらそう答えた。
「……はぁ? にじげん? めがねっこ?」
綾辻さんは意味が分からないという表情で、恭平に訊き返す。僕にも理解不能だ。
同士って何だろう?
サークルの事かな?
「……白川さんの事は友達だと思ってます」
恭平が益々縮み上がって言い直す。
「……そう。わかったわ。まあ、いいことにしておいてあげる」
綾辻さんは怪訝そうな表情でそう言うと、フンと鼻で息をする。
何という上から目線。
初めてやって来た他人のサークルでここまで横暴な態度が取れるとは……
ある意味すごい。
「理沙ちゃん。悪いんだけど、私はこれから高橋くんと佐野くんと一緒に書店に行くことになったの。今日はテニスには行けないわ……」
白川さんが会話の隙をみて綾辻さんに話しかける。
綾辻さんは「そうなの?」と残念そうに言い、すぐに心配そうな顔をする。
「用事があるんじゃ、仕方ないわね。でも、杏を男二人と出掛けさせるのは心配な気も……。でもでも、佐野くんが一緒なら安心か……」
綾辻さんが言いながら、心配そうな表情を笑顔に変え、
そんな綾辻さんに
そのやり取りを見ながら、僕は『……僕も一緒なんだけどな』と心の中で思った。
どうやら綾辻さんの中で僕は頼りにもならなければ、信用が置ける存在でもないようだ。それに僕は『高橋』と呼び捨てで、
もしかしたら僕は男の数にすら入っていないのかも……。
急にそんな考えさえもが頭に浮かぶ。僕はどんどん気持ちが落ち込んでいくのを感じた。
これ以上考えるのは自分自身の精神衛生上、非常に宜しくない!
そんな気がし始める。
「じゃあ、そろそろ出かけましょ! 理沙ちゃんもサークルに行かなきゃ!」
僕が一人落ち込んでいると、胸の前でパチンと手を打って白川さんが言った。
僕はその音で我に返る。
白川さんは雄太と綾辻さんを出来るだけ早く引き離したいのだろう。それには僕も賛成だ。
「そうだね! 早く行って、早く帰ろう!」
白川さんの意図を察したのだろう、
綾辻さんもそんな二人に釣られて「……そうね」と応じた。
「そうだ、そうだ。インスタ姫、早く出てけッ」
雄太が
「私だってアンタと同じ空間に、これ以上居たくないわよ! さよなら!」
綾辻さんはそう雄太に怒鳴ると、踵を返しドアに向かう。そして入って来た時と同じようなバンッという大きな音をさせ、勢いよくドアを開けた。元気が良いのにも程がある。ドアが壊れたとしたら、きっと彼女の所為だ。
開けたドアの向こうにショートヘアで地味な服装をした女性が立っているのが見えた。彼女はドアが開く音に驚いたのか、大きく目を見開いて僕たちを見た。
通りすがりの人を驚かさせてしまった!
僕は慌ててサークル室の中から「お騒がせしてすみません」と言って、その女性に頭を下げる。彼女も「……いえ」と言って頭を下げ返してくれる。
そんな僕たちにはお構いなしに、綾辻さんは肩を
「じゃあね、杏。気を付けて行ってきてね」
綾辻さんは白川さんにニコリと微笑んで上品に手を振る。
あんな豪快にドアを開けた後では、正直そんな手の振り方をしても印象は誤魔化せない。そんな上品な手の振り方は彼女には不似合いに感じた。
まあ、本人は上品だろうが粗暴だろうが気にもしていないだろうが……。
白川さんは苦笑いしながら「ありがとう」と綾辻さんに応じ、同じように手を振り返す。
白川さんは上品だ!
やはり日ごろの
僕は心の中で、自分も
白川さんが手を振り返すのを見届けると、綾辻さんは満足そうにニッコリと微笑む。そして廊下の方へクルリと向きを変えると、歩き出した。
「行くわよ、
サークル棟の出口に向かいながら、綾辻さんが言う。
先程の地味な服装の女性が「はい」と答えて、綾辻さんの後に続く。
「あれ? あの女の人って綾辻さんの連れだったの?」
僕は二人の背中を見送りながら、驚いて言った。
「うん。鈴木さんは理沙ちゃんのボディーガードだから」
白川さんが僕の質問に答えた。
「……ぼ、ボディーガードがいるの? 綾辻さんに?」
僕は驚いて白川さんに訊き返す。
「理沙ちゃん、お嬢様だから。うちに理沙ちゃんが遊びに来る時も、送り迎えに彼女が来てくれるわ」
白川さんが頷いて僕の質問に答える。
お嬢様っていうのは皆、ボディーガードがいるものだろうか?
いや、そんなことは無いはずだ!
ボディーガード付きなんて、彼女はとんでもない大金持ちの令嬢に違いない!
僕はそう確信した。
「あの高慢ちきな態度にも納得だろ?」
雄太が
確かに納得だ。きっとボディーガードを連れ歩けるような身分の彼女に意見できる人は少ないに違いない。僕は心の中で雄太の発言に同意する。
それにしても……
「それにしても、どうして二人はこんなに仲が悪いんだ?」
僕は綾辻さんが居た間中、疑問に思っていたことを雄太に訊ねる。
雄太は「……それは」と言って、椅子に座り直すと腕腕組みした。
「テニスサークルの体験会でアイツとベタベタしてた
雄太が不満げに僕の質問に答える。
「他の女の子と仲良くしているところを見たからって、水野くんって人が女たらしみたいに言ってしまうのは、どうなんだろう? それは水野くんと仲良くしてる綾辻さんが怒るのも無理もないような……」
僕がそう言うと、雄太が透かさず「1人じゃないんだ。何人もそういう女を見かけたし、みんな親密そうだった!」と訴えるように補足する。
……親密……か。
僕は今度はぐうの音も出ない。
一気に水野くんの女たらし疑惑に真実味が出てきた。注意したくなる気持ちも分からなくはない気がしてくる。雄太の『親密』という言葉にはそのくらいのインパクトがあった。
「そうなの? 私もちょっと水野くんって軽薄そうなところがあるなとは思ってたけど、理沙ちゃんがとっても良い人だって言うから全然気にしてなかった……」
白川さんが驚いた調子で言う。
「インスタ姫。水野にのぼせ上がってて、何も見えてないんじゃない?」と雄太。
「……。もし
白川さんは開け放たれたドアを見つめて、心配そうに呟く。
暫しの沈黙がその場に満ちる。
「ところでさ、インスタ姫って何?」
突然、
「ああ、それは理沙ちゃんがこの大学でインスタグラムのフォロワーを一番沢山抱えてるからよ」
白川さんが
インスタグラムというのは、インターネット上で不特定多数の人と写真を共有するサービスだったはずだ。フォロワーというのは、YouTubeのチャンネル登録者と同じような意味合いのものだろう。
それにしても大学で一番なんて本当だろうか?
誰か
僕は白川さんの言葉に疑問を覚える。
だが
「そうなんだ。女の子はインスタ好きだよね」
「そうね。写真を見るだけでも楽しいから」
白川さんは
「そんなに!」
僕は驚いて声を上げる。先程までの疑問が吹っ飛ぶ。
それってもう大学の有名人どころの話ではない!
YouTubeでもチャンネル登録者が多いYouTuberが企業から商品紹介の案件が来たと言って動画を公開しているのをいくつも観たことがある。でもそれはごく一部の有名YouTuberの動画でのみだ。
要はそれのインスタグラム版ということか……。
綾辻さんが有名人だということを僕は一気に理解する。確かに『大学で一番』の可能性はかなり高い。
僕は急に興味が湧いて、もう少し具体的に聞きたくなった。しかし、インスタグラムの知識があまりに
「すごいね! それは皆がインスタ姫って呼びたくなるのも納得だ」
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