第22話 データ使用量が多すぎる!?

 この『お金会議』の場に僕らはそれぞれ提案を用意する。

 だが、遣りたいことや欲しいものをただ言うだけではない。

 それが何故必要かをそれぞれプレゼンする。プレゼンの結果、3人以上が賛成すると、提案者は欲しいものを手に入れることが出来る。

 もちろん月々のお小遣いの上げ下げもこの場で決定される。


 前回の『お金会議』は3月末に開催された。次の会議は9月末ごろだろう。

 だが、今は6月初旬。いくら自分のお金で買うとはいえ、十数万もするものを会議で報告もせずに購入するなんて、今まで一度もない。

 それで僕は一言くらい両親に言っておくべきだと考えたのだ。


 だが、どう切り出したものか……


 僕が考えあぐねていると父さんのほうから僕に話しかけてきた。


「どうした? 何か困ったことでもあるのか?」

「え!? ……別に困ったことなんかないよ」


 僕は考えを読みすかされた気がして、驚いて否定する。

 父さんは僕の様子をうかがうように見ると「そうかあ?」と言って、プリンをもう一口頬張る。


「何にも無いって感じには見えないな。何か話があるんだろう?」


 父さんはもう一度僕に訊ねた。流石は父さん、息子の事はお見通しだ。


「お兄ちゃんはパソコンが買いたいみたいだよ」


 リビングのテレビでYouTubeを観ていたはずの奏人かなとが、いつの間にか僕の隣に立って、横から口を挟む。そして食卓の上の保存容器を覗き込むと「プリンだ! ぼくも貰うね」と嬉しそうに言うと、一緒に置いてあった空の器にプリンをよそい始めた。

 僕は奏人のその様子から視線を離すと、リビングのテレビに目をやる。

 テレビ画面は真っ暗で電源は落ちているようだった。どうやら、アプリコットのライブ配信は終わったらしい。


「あら、史一ふみかず。パソコンならお父さんのがあるじゃない。無理に買う必要ないわよ」


 キッチンの流しで夕食の後片付けをしている母さんが、後片付けの手を止めて口を挟んできた。


「お兄ちゃんはYouTube用の動画を作れるパソコンが欲しいのよ」


 母の手伝いで洗った皿を拭いていた妹の結衣ゆいまで食卓にやって来て、話に加わる。結衣が歩く度に耳の少し下で切りそろえた短い髪がふわふわと揺れている。


「何でお前らそんな事知ってるんだ?」


 パソコンを欲しがっているということだけでなく、YouTubeのことまでバレている!


 僕は驚いて結衣と奏人を交互に見た。


「『YouTubeに動画投稿する方法』って本、その辺に転がしてるんだもん。奏人のじゃないって言うし。じゃあ、お兄ちゃんくらいでしょ? そんな本を読みそうなのは」


 結衣はわざと目を大きく開いて見せてそう言うと、小首傾げる。首の動きに合わせて短い髪がまた揺れる。結衣は「ねえ、奏人?」と奏人のほうを向いて同意を求めた。

 奏人が「うん」と言って頷く。

 それを聞いて、そういえば良周よしちかに借りていた本をリビングに置きっぱなしにしていたことがあったなと僕は思い至った。


 今度からもう少し行動に気を付けよう。

 誰が何を見ているかわからない。


「YouTubeってどういうこと? それをするのに新しいパソコンが要るの?」


 母さんはフェイスタオルで濡れた手を拭きながら食卓に来ると、訝しげに眉をひそめて言った。夕食の後片付けはほぼ終わったらしい。

 母さんの全身が僕の目に入る。

 そういえば母さんは最近、なんだかすっきりして見える。


 少し前まで、腕や頬がもっとぽっちゃりしていたような……。


 最近、取り入れたダイエットの効果が出ているのかもしれない。


「スマホで撮ったのをそのまま投稿するのでなければ要ると思うよ。うちにあるのじゃ無理だね」


 奏人がプリンを美味しそうに頬張りながら言う。


「そういうものなの?」


 母さんは僕に向けていた視線を奏人に向ける。

 奏人はもぐもぐと口を動かしながら無言で頷いてみせる。


「史一。話したそうにしてたのは、パソコンを買う費用が欲しいっていう頼み事か?」


 父さんが僕に訊いた。


「違うよ! パソコンは自分の貯金で買うつもり。でも、一応話しておこうと思って……」


 僕は慌てて首を振って答えた。

 父さんは「そうか」と言って頷く。その言葉からは否定の意も肯定の意も僕には汲み取れない。父さんは家族を見回すように部屋の中を眺める。


「丁度良い。僕も皆に話したいことがあったんだ。これから臨時で『お金会議』をやらないかい?」

「今から? 別に良いけど……。私は史一が欲しいって言ってるパソコンの事、もう少し聞きたいし」


 母さんが父さんの提案に同意しつつ、僕を見る。


「僕も良いよ。観たかった生放送も終わったし」と奏人。

「私も良いよ」と結衣。


 もちろん僕にも異存はない。願ったり叶ったりだ。


 でも、父さんの話したいことって何だろう?


 僕はそこだけが気にかかった。

 父さんは家族全員に異議がないのを見て取ると話し出した。お金会議の議長は大抵の場合、父さんの担当だ。


「じゃあ、史一のパソコンの話から始めるか?」


 父さんにそう言われて、僕は首を横に振る。


「いいや。父さんの話のほうが気になるよ。僕の事は後で良い」


 僕の言葉に「そうか」と頷くと、父さんは「じゃあ、僕がしたかった話をさせてもらおうか」と言って、僕ら家族を見回すと口を開いた。


「実は携帯電話のデータ使用量の事なんだ」と父さん。

「データ使用量? どうかしたの? 高額な請求でも来そうなの?」


 母が心配そうに眉をひそめていった。


「それがな……」


 父さんは言葉を濁す。


 余程の事があったのだろうか?


 僕はここ最近の自分のスマートフォンの使い方について思い起こす。いつも通りで、大してデータ使用量に影響を与えるようなことをした覚えはない。きっと、僕の事ではないだろう。


 怪しいのは……


 今年の1月からスマートフォンを持ち始めた奏人ではないだろうか。僕はそう推測した。


 奏人は当時、中学3年生。

 それまではガラパゴス携帯と呼ばれる携帯電話、いわゆるガラケーを使っていた。

 最近の中学生は中学入学と同時にスマートフォンを持ち始める事が多くなっているらしいが、奏人はスマートフォンを欲しがらなかった。父さんは買い与えようとしたが、学校に居る間は担任に預けるルールになっていて使えないし、中学校と家との距離は歩いて5分と近いから必要ないと言うのだ。

 その代わりに欲しがったのが、家で使うタブレット端末。

 そのタブレット端末でやりたいことを父さんに熱っぽく力説していたが、僕には何を言っているの分からなかったので、詳細は覚えていない。

 結局父さんは奏人に押し切られてタブレット端末を買い与え、連絡用に通話の契約だけをした自分のお古のガラケーを渡した。

 だが今年の4月から奏人は高校生。

 奏人が通う予定の高校は自転車で30分の距離がある。

 流石にメールなどのやり取りが外出先で出来ないと不便だということになり、ウォーミングアップを兼ね、奏人は今年の1月からスマートフォンを持つことになったのだ。


 きっとスマートフォンを使い始めて半年ほど経ち、奏人の契約の見直しでもしたいんだ。

 奏人は僕以上にYouTubeの動画を観ている。

 きっと動画の見過ぎでデータ使用量が多いとか、そういう話だ。


 僕がそんな予想を頭の中で立てていると、父さんがようやく話し出した。


「奏人のデータ使用量の事なんだが……」


 やっぱりそうだ!

 僕の予想は当たっていた。


 そう思ったのもつかの間、耳を疑う言葉が父さんの口から発せられた。


「父さんや母さんと変わらないんだ。要するにデータ使用量が少ないようなんだ」


 なんだって!

 あんなにインターネットで動画を観ているのに、データ使用量が少ない?

 どういうことだろう。


 僕は思いがけない展開に呆然とした。


「だから奏人。お前の契約を使用できるデータ量がもう少し少ないプランに変更したいと思うんだが、問題ないかい?」


 父さんが奏人に訊ねる。

 奏人はプリンを食べながらコクンと頷く。構わないということだろう。


「ちょっと待ってよ!」


 結衣が話に割って入る。


「どうしてあんなに動画ばっかり観てるのに、奏人のデータ使用量が少ないの? 私とお兄ちゃんと同じプランだったんだよね?」


 困惑した様子で結衣が言った。僕も同感だ。

 僕や結衣よりよっぽどインターネットを使っているはずの奏人のほうがデータ使用量が少なくて済んでいるなんて、納得がいかない。

 父さんは結衣の疑問への答えが出ていないらしく「父さんもそう思ったんだが、明細に書いてあることが正しいはずだしな……」とまた言葉を濁す。

 母さんも首を傾げている。


「だって僕、動画は家でしか観ないもん」


 行き詰った空気を破るように奏人が言った。


「家でしか観なくても、スマートフォンを使って観てるんだからデータの使用量は同じだろ?」と僕。

「そんなわけないよ」と奏人。

「そうなんだよ。現に僕は家で観ることが多くても、少なくても同じくらいデータを使用しているはずだよ。そうだろ? 父さん」


 僕が訊ねると、父さんは頷いた。

 その様子を見て「えー?」と奏人が疑問の声を上げ、黙り込む。何か考えているようだ。


「……ちょっと、お兄ちゃんのスマホ見せて」


 奏人が僕のほうに手を差し出す。僕のスマートフォンを寄こせと言わんばかりに、手を突き出して催促してくる。

 仕方なく僕は自分のスマートフォンを渡す。

 奏人はスリープ状態のスマートフォンを起動し、パスワードを入力する画面を見る。


「そうか。お兄ちゃん、ワイファイの設定をしてないんだね」


 奏人がぼそりと言った。そして、僕たち家族を見回すと「もしかして、みんなワイファイの設定してないの?」と訊いてきた。


 ……ワイファイ。


 僕はその言葉に聞き覚えがあった。


「ワイファイって、パソコンをインターネットに繋げる電波の事だよな?」


 僕がそう言うと、奏人は「そうそう」と言って同意した。


 やはりそうだ。

 奏人かなとが言っているのは、良周よしちかがサークル活動の時に教えてくれたWi-Fiの事だ!


「分かってるなら、何で設定してないのさ」


 奏人が僕を蔑むような目で見て言った。


「だって、あれはパソコンをインターネットに繋げるためのものだろ?」と僕。


 その言葉を聞いて、奏人は「なるほど、分かってるようで分かってないんだ。中途半端だな」と言ってため息をつく。


「Wi-Fiはスマホでも使えるんだよ」


 そう言うと僕や家族にディスプレイが見えるように、奏人は僕のスマートフォンを掲げる。

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