高橋家お金会議

第21話 我が家のプリン

 ある土曜日の夕食後、弟の奏人かなとがリビングのテレビでYouTubeを観ていた。


 我が家ではYouTubeをテレビの大きな画面で見るのが、家族の間で流行している。テレビによってはテレビ自体にYouTubeを再生出来る機能が備わっているものがあって、我が家のテレビはその機能に対応している。

 スマートフォンの小さな画面よりも、大きなテレビ画面でゲーム実況を視聴するほうが格段に迫力があり、僕もテレビでの視聴を気に入っている。この良さを知って以来、我が家ではテレビの争奪戦が日々繰り広げられている。今時珍しい光景かもしれない。

 だが、そうさせてしまうくらい大画面でのYouTubeの視聴は楽しい体験だ。


 ちなみにテレビにYouTubeの再生機能が無くても、再生を可能にするデバイスを別に購入することも出来ると奏人が言っていた。

 そういうデバイスはスマートフォンからデバイスを操作することでテレビにインターネットコンテンツを映し出すそうだ。キャスティングという技術だそうで、我が家のテレビも対応しているらしい。


 奏人はこのキャスティングも行っているようだ。

 僕はいまいち使い方がわからなくて、キャスティングを使ってみたことは無い。

 奏人も僕に負けず劣らずのYouTube好きだと思う。僕の知らないようなYouTube情報をもたらしてくれることが多々ある。


 どうやら奏人は雄太ゆうたが先日観ていたバーチャルYouTuberのチャンネルを視聴しているようだ。

 雄太に観せてもらったときはミュージックビデオのような映像だったが、奏人が観ている動画はバーチャルYouTuberが体をゆっくり揺らしながら、何やら楽しそうに話をしているように見える。


「そのキャラクタ、アプリコットって言うんだっけ?」


 僕が訊くと、奏人はメガネの位置を直すしぐさをして「そうだよ」と言うと「今、チャットで忙しいから話しかけないでよ」とスマートフォンに目をやったまま言葉を続ける。


「テレビで動画を見ながら、チャット? そんなにチャットが忙しいならテレビ消せよ」


 僕は奏人をたしなめて言った。

 奏人は面倒臭そうにスマートフォンから視線を僕に移す。長い前髪が邪魔そうだ。後ろ髪もだいぶ伸びている。そろそろ散髪に行くべきだと思うが、奏人はあまり見た目にこだわらない性格だ。まだしばらく髪を切るつもりはないだろう。


「これはライブチャットだから、動画を見ながらじゃないとダメなんだよ」


 奏人が不機嫌そうに言う。

 ライブと言うからには生放送なのだろうと思い、僕はテレビに映る動画をよくよく観察した。

 動画の内容は以前に募集した質問や相談にアプリコットが答えていくというもので、今まさに撮影中と言った雰囲気ではなく、編集済みの動画のように見える。


「これがライブ?」


 僕が怪訝そうに言うと、奏人がため息をついてテレビの前のソファーから立ち上がると、僕に近づきスマートフォンの画面を見せてきた。


「動画自体は編集済みのもの。でも、この動画はライブとして配信されてて、チャットにアプリコットが来てるんだよ」


 僕は差し出されたスマートフォンのディスプレイに流れるチャットの文字を読む。


 あぷこ命:あぷこ! 結婚して!

 ペコポン:カワイイあぷこカワイイ

 アプリコットチャンネル:あぷこは電子の世界の住人なので、結婚は難しいッ(>_<) ごめんね(/_;)

 ピヨピヨ:あぷこはみんなのあぷこ

 でりしゃあす:カワイイから許す!

 アプリコットチャンネル:お許しが出た~(≧▽≦)


「この『アプリコットチャンネル』って言うのがアプリコット?」


 僕が訊くと、奏人は上目遣いに僕をめ付けた。

 最近、奏人はどんどん背が伸びてきている。僕のほうがまだ少し高いが、そのうち追い越されそうだと僕は内心、冷や冷やしている。

 奏人はスマホを自分のほうに引き寄せ「そういうこと! このチャットにコメントを書くと、彼女の目に留まれば返事のコメントが貰えたりするんだよ。だから、時間が惜しいの! 放っておいて!」と焦燥感のある声で言う。そしてテレビの前に戻るとソファーにドカッと落ちるように座り、テレビとスマホを交互に見ながら、真剣な顔でチャットにコメントを書き込み始めた。


 必死だな。

 よっぽどハマっているんだな。


 僕は奏人のその様子を半ば呆れながら見つつ、台所の冷蔵庫に向かう。そして冷蔵庫から白くて四角い保存容器を両手で慎重に取り出すと、容器の中身を皿に盛り、食卓で新聞を読んでいる父さんの前にそっと置いた。

 それに気づいた父さんは白髪混じりの髪の毛をすっきりと刈り上げた頭をもたげ、組んでいた長い足を解く。


「おッ! 今日はデザートも作ってたのか」


 自分の前に置かれた皿を見て、父さんが嬉しそうな声で言った。


 そう、父さんに出したのは手作りのプリンだ。

 保存容器からプリンをよそうとはどう言うことかと思う人もあるかもしれない。小分けのカップを数個用意して作るのが一般的だろう。

 だが我が家のプリンの作り方は、そうではない。

 僕はプリンを作るのに琺瑯ほうろうの保存容器を使うのだ。誰もが一度は食べてみたいバケツプリンに近い作り方だ。


 琺瑯というのは金属の表面にガラス質の上薬を施釉せゆうし焼き付けたもので、僕が使っているような保存容器、鍋や湯沸かしポットなどに良く用いられている。

 この琺瑯の保存容器が僕のプリン作りに大いに役に立っている。


 プリンはとてもシンプルな料理だ。

 砂糖、牛乳、卵に水という、どこの家にも有りそうな4つの材料があれば作れてしまう。バニラエッセンスも必要だと思う方もられるかもしれないが、玉子の匂いが気にならなければ無くても良いと僕は思う。

 しかし、こんなに手に入りやすい材料で作れるのに家庭で手作りのプリンを食べる機会は少ないのではないだろうか。

 僕が思うにその原因はプリン作りの最初の工程にカラメル作りがあるからではないかと思う。この作業を嫌って手作りプリンを作ることをあきらめてしまう人は多いに違いない。


 カラメルの作り方は鍋に砂糖と少量の水を入れ火にかけ、ぶくぶくと沸騰する砂糖水をとにかく加熱し続けるというものだ。

 鍋を揺すりながら砂糖水がねっとりとしてくるのをひたすら待つ。そのうち砂糖水が薄い黄色になり始め、カラメルらしい茶色になったら、ここで少量の湯を加えてネバネバになったカラメルを湯でばす。

 このカラメルを延ばすために湯を加える作業が、嫌煙される大きな要因の一つだ。湯を入れた瞬間、じゅわっという大きな音と共に鍋からモクモクと立つ煙。

 毎度、火災報知器が鳴り出すのではないかと冷や冷やする。正直心臓に悪い。もっと穏やかな方法があれば、是非知りたいものだ。

 そして、その次に厄介なのが湯で延ばしたカラメルを器に均等に分ける作業だ。

 手早く行わなければ折角のカラメルが冷える。冷えるとカラメルは固まり、鍋に相当量がこびりついてしまうことになる。

 火災報知器が鳴らないかと冷や汗をかきながら作ったのに、鍋にこびりついた分のカラメルを泣く泣く洗い流すなんて、勿体無いにもほどがある。

 このようにカラメル作りには料理をする人間を困らせる要素が多分に含まれている。


 そこで、僕が編み出したのがカラメルを鍋ではなく琺瑯の保存容器で作る方法だ。

 琺瑯は前述したとおり、金属にガラス質の釉薬を焼き付けている。そのため保存容器であるにも関わらず、琺瑯は火にかけることが出来るのだ。

 この特性を生かして、僕は保存容器でカラメルを作る。そしてそのまま冷ましてしまうのだ。保存容器の中で冷めて固まったカラメル。そこへプリン液を注ぎ込み、鍋で蒸す。

 小分けには出来ないが、この方法ならカラメルを無駄なく使え、プリンの水分でカラメルが程よく溶けるので、こびりついたカラメルと格闘しながら鍋を洗う手間も無くなる。

 それに我が家のように家族が5人もいると一回に作る量が大量になるので、1人分ずつ作るより、この作り方のほうが効率が良い。それぞれが食べたいだけ器に装えるし、おかわりも自由だ。


「今日のプリンも上手く出来てるな! カラメルが最高だ」


 父さんが僕が作ったプリンを頬張りながら言った。

 プリンは父さんの大好物だ。正確に言えば、プリンのカラメルが好きらしい。プリンはカラメルのオマケだと豪語してはばからない。それが僕の父さんだ。


 父さんの好物を僕が用意したのには理由がある。これは僕がこれから話す事を出来るだけ好意的に受け止めてもらうためのなのだ。


 出来るだけ好意的に受け止めて欲しい話、それは先日から進めているパソコン購入の件だ。

 勘違いしないで頂きたいが、お金を出してもらおうと思っているわけではない。子供のころから少しずつ貯めてきた貯金で、思っているものが購入できそうなのだ。

 しかし、十数万もするものを誰にも何も言わずに購入することに、僕は後ろめたさを感じてしまった。

 もう大学生なのだから、自分の貯金をどう使おうと勝手だろうと思われるかもしれない。だがこの家で生まれ育った僕には家族に報告せねばと思ってしまう理由がある。


 それは『お金会議』の存在だ。


 我が家は半年に一度、この『お金会議』というイベントを家族全員参加で開催する。

 ここでは両親並びに僕ら子ども達の貯蓄、両親の給与見込み、食費、光熱費、学費、習い事にかかる費用、それぞれのお小遣いなど、思いつく限りの我が家のお金に関する全ての事柄が明らかにされる。

 何故こんなことをする必要があるのかと思われるかもしれない。

 だが、我が家にはここまでしないと達成できない目標がある。


 それは僕たち3人の子ども全員が大学を卒業するという目標だ。


 この目標のために両親は仕事や家計の遣り繰りに奮闘してくれていることを僕ら子どもたちも知っている。子ども3人全員に大学教育まで受けさせるというのは今の時代、なかなか難しい事のようだ。


 だが、そうは言っても旅行にも行きたいし、お小遣いでは何ともならない欲しいものもそれぞれ有る。

 そこでこの『お金会議』の場が必要になってくるのだ。

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