第20話 GPUは無くても良い?

「機械学習っていうのはディープラーニングとも言われているもので、AIに使われるような技術らしいね。マイニングのほうは仮想通貨の取引データの整合性をチェックする報酬として、仮想通貨をもらう行為のことだよ」と雄太。

「仮想通貨が高騰した時は大変だったって聞くよね。店という店からグラフィックボードがマイニングをする人たちに買い占められて、品薄になるは、値段は高騰するはでゲーマー泣かせな状況だったとか……」


 良周よしちかが困ったような、それでいて面白がってもいるような表情で情報を補足する。

 雄太も苦笑いして「そうそう、今は仮想通貨の価格が急落して落ち着いたけど、そんなことがあったね」と言って頷くと「それと……」と言葉を続ける。


「あんまり気にしている人はいないけど、モニタに表示できる色数もGPUによって違ってくるって聞いたことがあるんだけど……」


 雄太が少し自信なさげに言った。


「色数?」


 そう言って白川さんが首を傾げる。


「うん。業務用とゲーム用のGPUでは表示できる色の数が違うって聞いたとこない?」


 雄太は白川さんの問いかけに頷いて応じると、良周よしちかの方を見て言った。良周よしちかが詳しいことを知っているのではないかと期待しているようだ。


「ああ。10bitカラーで出力されるか、8bitカラーで出力されるかっていう違いの事だよね?」


 良周よしちかが答えると「そうそう! 10bit!」と雄太が嬉しそうに言った。期待通りだったようだ。


「10bitカラーはYouTube用の動画作製には必要ないと思うよ」


 良周よしちかが首を振って言う。


「8bitカラーとか10bitカラーって言うのが色数のことなの?」と僕。

「そうだね。8bitカラーっていうのは色数が……1677万色くらいだったっけ? 一般的なモニターの色数らしいね。10bitカラーのほうは10億……何万だったっかな……10億6000万だか7000万だか……」


 良周よしちかは正確な数字はうろ覚えらしく、少しずつ思い出すように途切れ途切れに言う。


「億って……。桁違いっていうか、比べ物にならないくらい違うわね……」


 そう言う白川さんの表情は、驚きを通り越して呆れたといった感じに見えた。


「業務用って言われてるGPUでは10bitカラーでモニタに出力できるから、写真、イラスト、デザイン、映画なんかに携わる人の中には、このGPUを使っている人がいるだろうね」


 良周よしちかは、10bitカラーが必要になりそうな職業を指を折々数えながら言った。


「映画製作ってことは動画だよね? じゃあ、僕らが買うなら業務用って事?」


 恭平が訊ねる。


「写真やイラスト、デザインで業務用GPUが支持されるのは、成果物の最終形態が印刷物の場合に色数が多い方が、パソコン上で印刷に近い色合いでプレビュー出来るからなんだと思う。映画も色は重要だろうね」


 良周よしちかはそこまで言うと、「それに」と言って息をつくと「この10bitカラーの恩恵を受けるには、モニタもソフトウェアも10bitカラーに対応している必要があるんだ」と補足して、話を続ける。


「だから僕らが買うならゲーム用で良いと思うよ。僕らが作るのは一般の人が一般的なディスプレイで見る動画だろ? ゲーム用のGPUの色数くらいを出力出来れば十分なんだよ」


 良周よしちかはそう言うと「有っても無くても良いっていう割には、話が長くなっちゃったね」と言って笑った。

 雄太も「そうだね」と同意して笑う。


「今までの内容をまとめると、エンコードやエフェクトの処理を有料ソフトを使って少しでもスムーズに行いたい、もしくはゲームをやる可能性があるならGPUが必要ってことかな?」


 雄太が良周よしちかが説明したGPUの内容を簡単に纏めてみせた。


「うん。そういうこと。でも、動画の処理ってどのくらい恩恵があるか判断し兼ねてさ。それでゲームの方を優先して、メモではおすすめのGPUをGTX1060にしたんだ。少し前のモデルだから価格も落ち着いているし、調べた感じだと人気ゲームもそれなりに快適に遊べるだけのスペックがあるみたいだから。GTX1050あたりでも良いのかなとも思うんだけど、それだとゲームによっては画質を落とさないといけない場合があるらしくて。YouTubeに動画をアップする可能性があるのに画質を落とすのってどうなんだろう? って思ったんだ」


 良周よしちかは雄太の言葉に頷いて答えた。


「ちなみにGPUのメーカーは僕が知る限りでは2社存在している。僕がメモでおすすめって書いたのはCore iシリーズのCPUと相性が良いメーカーのゲーム用GPUだよ。GPUにもCPUと同じように等級の違いもあるらしいんだけど……」


 良周よしちかはそこで言い淀むと「僕はゲームはやらないからあんまり詳しくないんだよね」と言って頭をかいた。そして「等級については興味があるならそれぞれで調べてみてくれるかな? ゲームのためのGPU情報ならYouTubeでもブログでも沢山の情報があると思うよ」と言った。あんなに雄弁に語っていたのに、良周よしちかはどうもゲーム関係は詳しくないようだ。


「GPUで僕から話せることはこのくらいかな」


 良周よしちかはそう言って話を終えると、僕たちの方を見て「何か質問とかある?」と訊いた。

 すると白川さんが自分の顔の辺りくらいの位置で手を挙げた。質問があるらしい。

 僕たちは彼女に注目する。

 僕たちに質問を聞く体制が出来ているのを見て取ると、白川さんが話し始めた。


「GPUが必要な場合については少しイメージが出来るようになった気がするんだけど、『GPUは無くても問題ない』って言うのは、GPUが無くてもパソコンは動くっていうことなの?」


 白川さんは上げていた手を軽く握って顎に当て、質問する。


 言われてみれば確かにそうだ。

 GPUが無いとどうなるんだろう?

 パソコンとして成立するんだろうか?


「なるほど! 確かに今までの説明には出てこなかったよね」


 雄太が手を打つ。こんな質問が出てくるなんて思いもしなかったとでも言いたげだ。雄太は少し興奮気味に「これは僕から説明しても良いかな?」と良周よしちかに提案する。

 良周よしちかは「是非、お願いしたい!」と言って、お茶をがぶ飲みする。


 今日はしゃべりっぱなしだもんな。


 僕は良周よしちかの喉が少し心配になった。


「大抵のパソコンではGPUが無い場合、CPUに内蔵されたGPUが代わりを務めてくれるんだ」と雄太。

「え? CPUの中にGPUがあるの?」と僕。

「うん。内蔵GPUと呼ばれるタイプのGPUなんだけどね。グラフィックボードに比べて性能は劣るけど、ネット閲覧やオフィス系のソフトを使うくらいなら問題なく出来るから、この内蔵GPUに頼っているパソコンは結構多いと思うよ」


 雄太は僕の質問に頷いて答えると「たぶん、内蔵GPUを持っているCPUが主流だと僕は思うな」と補足した。


「じゃあ、グラフィックボードをつけるとGPUが2つになるっていうこと?」と僕。

「まあそうとも言えるんだけど、内蔵GPUはグラフィックボードを取り付けると基本的に機能しなくなるんだ」


 雄太はそう答えると「だからグラフィックボードが付いている場合、必ずグラフィックボードの出力端子にモニターを繋ぐんだ。内蔵GPU用の出力端子は設定を変えない限り使えないからね。もし、BTOでデスクトップパソコンを買ったり、自作するような機会がありそうなら覚えておいて損はないと思うよ」と教えてくれた。


「それと内蔵GPUは画像処理にCPU用のメインメモリを使うっていうデメリットも知っておくと良いかもね」と雄太。

「メインメモリって今日教えてもらった、あのメモリの事?」と僕。

「そう、あの机に例えていたパーツの事」


 雄太は僕の言葉に頷いて同意する。


「それって裏を返せば、グラフィックボードはメインメモリを使わないってことよね? グラフィックボードは計算をどうやっているの?」


 白川さんが雄太に質問した。


「鋭いね! 実はグラフィックボードにGPU専用のメモリが付いているんだ。だからグラフィックボードを取り付ける場合はメインメモリを画像処理に消費しなくて済むんだよ」


 雄太が嬉しそうに白川さんの質問に答える。どうやら雄太はこのやり取りを心の底から楽しんでいるようだ。


「じゃあ、白川さんが言ったような『GPUが無いとパソコンが動かない』なんて心配は必要ないってことだね。メインメモリを画像処理にも使うくらいで、パソコンは普通に使えるってことだよね」


 恭平がそう言うと、雄太は首を振る。


「それがね、内蔵GPUを持っていないCPUっていうのもあるんだよ。そういうCPUはグラフィックボードを付けないとモニタに映像を出せないんだ。だから白川さんの質問には無くても使えるものが大半だけど、一部使えない場合もあるって答えるのが正しそうだね」


 雄太はそう結論を話すと「こんな質問をされるなんて思わなかったな。ちょっとワクワクしたよ」と笑う。その姿はとても生き生きしているように見えた。彼も良周よしちかに負けないくらいのパソコン好きなのだろうと僕は思った。


「さて、説明はこのくらいで良いんじゃないかな。もう真っ暗だよ。そろそろ帰ろう」


 良周よしちかが僕らを見回し、窓を指さして提案した。

 僕も含めた全員が釣られるように窓のほうを見る。

 確かに外はもう真っ暗だ。腕時計を見ると時計の針は19時半あたりを指している。


「もうこんな時間か……」


 僕はぼそりと呟いた。


「そろそろ帰らなきゃね」と白川さん。

「うん。今日のところはここまでにしよう。これだけ知っていれば、ある程度自分でパソコンを選べると思うよ」


 良周よしちかはそう言うと「どんなものが良いかそれぞれ検討してみて」と言って微笑み「わからないことが出てきたら個別に相談に応じるよ」と言ってくれた。


 僕たちはお互いに帰宅の挨拶をし、それぞれ帰路に着いた。


 僕は帰りの道すがら高揚した気持ちで、今日教えてもらったことを反芻していた。


 今日聞いた話は、僕の知らないことだらけだった。

 僕はアルバイトを始めるくらいの気持ちでサークルに入った。だが儲かる儲からないなんて些末な事に思えるくらい、今日のサークル活動は有意義な時間になった。

 パソコンを買う事になるなんて予想外で、今のところ稼ぐというよりも出費の方が多い。

 だが、もし出費ばかりになったとしても、サークル活動を通して小遣い稼ぎ以上の価値ある何かを手に入れられる確信にも似た予感を僕は感じ始めていた。


 家に帰ったらさっそく教えてもらった通販サイトで、僕に見合ったパソコンを探してみよう! 

 もうすぐ僕は動画づくりの相棒を手に入れることになるのだ!


 そう思うと何だかワクワクしてきた。

 夜道は暗い。

 だが、僕の足取りはいつになく軽かった。

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