第18話 SSDのメリットとグラボの話

「そうね……電源ボタンを押して、冷蔵庫から飲み物を取って来て、少し待つから……、1分くらいかな? ……たぶん」


 白川さんは記憶をたどっているのだろう、途切れ途切れに答える。少し自信なさげだ。

 まあ、それはそうだろう。パソコンの起動時間なんて大抵の人は測ったりしないはずだ。何となく速いな、遅いなと思っている程度だと思う。


「了解。じゃあ、1分っていうのを覚えておいてね。今からSSD搭載のこのパソコンを起動させてみるよ!」


 良周よしちかは「スタート!」と言って電源を入れると、自分の腕時計を見ながら数を数え始める。


 1、2、3、4、5……


 僕も良周よしちかと一緒に数を数える。

 数えながら『多少の速さの違いなんて気になどしない、何の為にこんな事するんだろう?』と疑問に思い始めたその時だった。ノートパソコンのディスプレイにパスワード入力画面が現れた。

 それは大体、23を数えた直後の事だった。


「23秒……。白川さんの記憶が正しいなら3倍近い速さでパスワード入力画面が標示されたね。っていうか、こんな速さでこの画面が表示されるの初めて見たかも……」


 恭平が目を丸くする。

 僕もこんなに速いパソコンの起動は初めて見た気がする。


「すごい! うちのパソコンと全然違うわ!」


 白川さんも驚いている。

 そんな僕たちを尻目に良周よしちかは「じゃあ、パスワードを入力してログインしてみよう」と言いながら、カチカチとパスワードを入力してログインを実行する。すぐさまパソコンの画面にデスクトップ画面が表示された。


「うわ。デスクトップ画面の表示もすごい速い!」


 恭平は先程から見開いていた目をさらに大きく見開いて、感嘆の声を上げた。


「驚いているところ悪いんだけど、パスワードの入力後にデスクトップ画面が表示される速さはスペックが低いパソコンでも同じくらいだと思うよ」と良周よしちか

「え? そうだっけ? こんなに速かったかしら?」


 白川さんが小首を傾げる。


「Windows10には高速スタートアップっていう機能があって、設定を変更していなければ、この機能のおかげでデスクトップ画面はログイン後に比較的速く表示されるんだよ。パスワードの入力画面が表示されるまでの時間も、これのおかげで速くなっているはずだけど、それでもSSDのほうが速いね」


 良周よしちかはそう説明すると「まあ、僕はSSD搭載のパソコンにしてからはこの機能は無効にしてるけどね」と彼にしては棘のある口調で付け加える。


「どうかしたの? なんだか苛立っているみたいだけど?」


 白川さんもそんな良周よしちかの様子に気づいたらしく、驚いた様子で訊ねた。


「この機能、パソコンが不安定になるトラブルの原因になるって言われることがあってね。これが原因と思われるトラブルで、インターネットには繋がらないわ、USBは認識しないわで、メーカーに修理に出す寸前までいったことがあるんだ」


 良周よしちかはそう答えて目を細め、ノートパソコンのディスプレイを眺めながら「まあ、詳しいことはSSDとは関係ないことだからここでは話さないけど、デスクトップが速く表示されても、あんな不具合を起こされたら対策に何時間も掛かりきりにならなきゃならない……」そこまで言うと彼はふうっとため息をついて「こんなんじゃ、デメリットが大きすぎだよ」と不満そうに呟く。そして、次のように言った。


「SSDなら高速スタートアップを使わなくても、今みたいにデスクトップ画面がすぐに表示される。SSDにするなら高速スタートアップは無効にすることを僕としてはお勧めするよ」


 なんだか実感のこもった言葉だった。余程、困った経験をしたのだろう。


「話が脱線してしまって、ごめん。どうかな、SSDの速さを実感できたかな? OSをSSDに入れてパソコンの起動を格段に速くするっていう、この使い方がSSDを使う一番のメリットなんだ。ちなみにSSDを導入するなら今の時点では容量が512ギガくらいのものが値段もこなれていて、おすすめかな」


 良周よしちかは気を取り直したのか、先ほどとは打って変わった穏やかな口調でそう言うと、パソコンのディスプレイを眺めながら「圧倒的な速さだよね。この速さを体験してしまうと、多少の値段の高さには目をつぶってしまうんだろうね」と付け加えた。

 良周よしちかの言う通りだ。先程まで速さの違いなんて検討に値しないと思っていたが、この速さは考慮すべきかも。

 それに高速スタートアップの件でも、SSDにした方が良い効果がありそうだ。このデモンストレーションで、早くも僕は考えを改めた。


「うん。これはすごいよ。ちょっと高くてもSSDにしたくなる気持ちがわかる。僕もSSD搭載モデルにしようかな」


 恭平が興奮して言う。

 それを聞いて雄太が「まあ実は、最近は郊外の家電量販店で売ってるパソコンもSSD搭載モデルがかなり増えてるし、BTOのパソコンもSSD搭載モデルばっかりなんだよね。正直、選ぶしかない状況かも」と苦笑いし「容量を何ギガにするかを悩むくらいしか出来ないかもね」と言った。


「そうなの? 家電量販店でもSSD搭載モデルを売ってるの? 最近、家電量販店でパソコンの売り場に行かないから気づかなかった。」


 雄太の言葉に良周よしちかが驚いたような反応を見せる。彼もその情報は知らなかったようだ。


「うん。この前、近所の家電量販店に行ったら結構安価なモデルでもSSDが使われてたよ」


 雄太は良周よしちかに答えると「あと、たぶんSSD搭載モデルを買うことになりそうだから、先に注意しておくと『SSDは保存容量が少なくなるとパフォーマンスが低下する』っていう特徴があるから、常に保存容量が半分以上空いた状態に保った方が良いよ。SSDはOSと作業中のデータだけを置くようにして、完成したデータはHDDに保存するようにするのが良いと思う」と補足してくれた。

 すると白川さんが目を見開いて「あっ!」と声を上げる。


「そうか! それで佐野さのくんのノートパソコンにはSSDとHDDが1つずつあるのね。SSDの保存領域をできるだけ空けておくための対策なんだ!」


 白川さんはそう言うと胸の前でポンと両手を軽く合わせた。


「白川さんの疑問も解けたみたいだね。パソコンを選ぶ上で知っておいた方が良いSSDの情報はこんなものかな? HDDの説明があんまり出来なかった気がするけど、何かHDDの事で訊きたいこととかあるかな? もちろんSSDの事でも良いよ」


 良周よしちかがそう言って僕らを見回す。


「そうだな、今から動画編集用のパソコンをネットで買うなら必然的にSSD搭載モデルになっちゃうみたいだし、悩んでるのは容量くらいかな。参考に聞きたいんだけど、良周よしちかのそのノートパソコンのSSDは今、どのくらいの容量が使用されてるんだい?」


 恭平が良周よしちかに訊ねる。

 良周よしちかは「ちょっと待って。今、見てみるよ」と言うと、パソコンを操作し始める。そしてパソコンのディスプレイを見つめたまま「70GBくらいだね」と答えた。


「なるほど。じゃあ、512GBモデルなら半分は空いた状態にしておくとすると、使えるのは256GB……。70GBがOSなんかに最初から取られるとすると、動画編集に使える容量は……186GBか」


 恭平が声に出しながら計算していると、雄太が「256GBのSSDなら動画編集に使える領域は……58GBだね」と補足した。


「動画の編集データの容量は使うソフトや動画の長さによって変わるから、一概にはどのくらいの容量だって言えないんだよね」


 そう言って良周よしちかは少し困った顔をして「512GBより容量が大きいものは、まだまだ値段が高いから割に合わない気がするよ」と付け加えた。


「ちなみにHDDは2TBをおすすめって書いたけど、ノートパソコンだと選べる最大容量が2TBが多いっていうだけの理由なんだよね。最近は写真も高画質だし、動画ももちろん容量が大きくなりがちだからね。僕らみたいな用途なら多いに越したことは無いと思う」


 良周よしちかは簡単にHDDの選択理由を話すと「じゃあ、そろそろ暗くなって来たし、最後にGPUの話をしようか」と言って窓のほうを見た。

 僕も良周よしちかにつられて、思わず窓の外を見た。


 本当だ、だいぶ日が陰ってきている。

 話に夢中で全く気付かなかった。


「GPUはCPUのアシスタントだったよね」と恭平。


 また先に言われてしまった……。

 記憶力では僕は彼に全く歯が立たない。


「うん。そうだったね。画像処理が得意なアシスタントだって話したよね。GPUはCPUと同様に計算処理をするパーツなんだ」と良周よしちか

「これって、グラフィックボードの事よね?」


 白川さんがそう言うと、良周よしちかはうーんと小さく唸って「そうだとも言えるけど、そうでは無いとも言えるね」と言うと、ノートパソコンでネット検索を始めた。そして、パソコンのディスプレイを白川さんに見えるように向ける。

 ディスプレイには扇風機の羽のような部品が付いたメカメカしい物体が表示されている。


「これが白川さんの言っているグラフィックボード。GPUっていうのは、このグラフィックボードの中に組み込まれている半導体チップの事なんだ」


 良周よしちかはそう言うと「ちなみに、僕らが個人で手に入れられるのはGPUが組み込まれたグラフィックボードの方だね。GPUを個人で買ったなんて聞いたことないし、GPU単体は個人では買えないんじゃないかな?」と補足した。


「じゃあ、このメモのGPUはグラフィックボードって書くべきじゃないの?」


 恭平が指摘すると、かさず雄太が「それは混乱の素だと思うよ」と口をはさんだ。


「同じGPUを搭載したグラフィックボードがいくつもあるんだ。だからグラフィックボードを指定してしまうと、選べるパソコンの幅を狭めるだけだと思うよ」


 雄太はそう言うと「基本的に同じGPUを使っているから処理性能的には大きな差はないからね」と首を振る。


「じゃあ、なんで同じGPUを搭載したグラフィックボードを複数作る必要があるんだい?」


 僕は疑問を口にする。


「そうだな……、例えば今ディスプレイに表示されているグラフィックボードはファンが2つ付いているだろ? でも1つだけのものもあれば、3つ付いているものもあるんだ」


 雄太がそう言って、ディスプレイに表示されたグラフィックボードの扇風機の羽のような部品を指さした。


「これは使用中に熱くなりがちなGPUを冷やすための部品。想像がつくと思うけど、このファンが多い方がGPUが冷える。でも、ファンが1つ付いているのと3つ付いているのとではパーツの大きさがかなり違ってくるよね?」


 雄太に訊かれて僕は頷いた。

 ディスプレイに表示されている画像のファンはとても大きい。この物体の割合のほとんどがファンだと言っても過言ではないほどだ。

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