第17話 メモリとSSD

「史一、ちょっと高校時代の事を思い出してよ。休み時間の教室の机で君は英語の教科書に載っている長文の翻訳をしているとする。机の上にはどんなものが必要だと思う?」


 雄太が僕に訊ねた。


「教科書、ノート、筆記用具に辞書かな。あと、英文法の参考書とかあると便利かも……」と僕。

「じゃあ、その作業をしているところへ友人がやって来て、君の机で数学の問題集をやりたいと言い出すとする。友人も君の机で作業することは可能かな?」と雄太。

「いやいやいや、無理だろ。高校の個人用の机なんてすごく狭いんだから、英語の翻訳に使うものを置くので精一杯だろ」


 僕は大きく首を振る。


「じゃあ、机が倍の大きさなら? 友人も君の机を使えるかい?」と雄太。

「そうだね。倍の大きさなら一緒に使えると思う」


 僕は同意して頷く。


「だよね。机が広ければ、それだけ同じ机の上で出来る作業が増えるよね。実は、メモリの容量っていうのは、この時の机の広さに似ていると言えるんだ」と雄太。

「机の広さが狭い……、つまりメモリ容量が少ないと作業がやり辛いってこと?」


 白川さんが訊ねた。

 雄太は白川さんの言葉に頷くと「狭いと作業速度が下がるだろうね」と言った。そして「でもね」と言うと「広くしすぎる必要も無いんだよ」と付け加えた。


「そうなの? 今の話を聞いた感じだと広いに越したことは無いのかと思ったけど」と恭平。

「まあね。でもさ、2人で勉強するスペースが机3台ぶんなら都合が良いかも知れないけど、10台ぶん有ったとしたらどうだい? 使いきれるかな?」と雄太。

「うーん。そんなには要らないかな。使わないスペースが出来るだろうね」と恭平。

「そうなんだよ。せっかくメモリ容量を増やしても使わない可能性があるんだ。メモリってまあまあ高価なパーツだから……」


 雄太はそこまで言うと「使わないのに高いパーツを買うのは勿体無いだろ?」と肩をすくめて見せた。


「メモリの容量って、塩梅あんばいが難しそうだね……」


 僕が困惑して言うと雄太は「塩梅なんて言葉、久々に聞いたな。史一、古臭い言葉を知ってるね」と言って笑い、説明を続ける。


「多すぎたり、少なすぎたりしたって話を良く聞くパーツなんだよね。Windows10で主にネットサーフィンに使っていて、たまにオフィスソフトを使う程度なら容量は4GBでも我慢できるかな。複数の作業を同時に行うなら4GBでは厳しいかもしれないね。音楽を聴きながら、レポートを書くとか。そういう使い方をしていると重いと感じるかもしれない。その場合は8GBにするべきかな」と雄太。

「4から8って、急に倍になるのね」


 白川さんは驚いたように言った。


「BTOでは4GBのメモリがダメなら、次は8GBのメモリになっちゃうんだよ」


 雄太は困った顔をして笑う。


良周よしちかのメモでは8GBでは心許ないように書いてあるね。動画編集はオフィスソフトを使うよりメモリ容量が必要ってこと?」


 恭平がメモを見ながら訊ねる。


「編集に使うソフトや編集したい動画の時間によっても変わってくるから。8GBでも問題ない場合もあるし、64GBでも足りない場合もあるよ。もちろんオフィスソフトより断然メモリを使うだろうね」


 雄太が恭平の質問に答える。


「動画編集って、だいぶメモリ容量に幅があるのね……」と白川さん。


「そうなんだよね。こればっかりは使ってみないとわからないところもあるんだ。ただ色んなブログや動画を読んだり観たりした感じでは、YouTube用の動画作成には16GBはあったほうが良いっていう意見が多い。それにBTOでもクリエイティブ用のパソコンはメモリの最低容量が16GBのものが多いね」と雄太。

「さっき64GBでも足りないこともあるって言ってたろ? 16GBで足りなかったら……困るな……」


 丁度良い容量を上手く選べるだろうか?


 僕は少し不安になっていた。


「ああ、それは大丈夫。メモリは後から追加や交換ができるパソコンが多いんだ。だから、パソコンを買った後でも比較的取り返しが効くはずだよ」


 雄太がニコリと笑って「大丈夫、大丈夫」と軽い口調で僕を宥める。


 交換が出来るんだ!


 僕は雄太の言葉で少し気が軽くなった。


「メモリの説明はこんなところかな。処理速度とかも製品や組み込むメモリの枚数とかによって違うけど、違いを体感しずらい場合が多々あるから、これは今のところ知らなくても大きな問題はないと思う。実を言うと僕もあまり気にしたことがないんだ」


 雄太はそう言うと、ふうっと息を吐いて「何か質問あるかな?」と僕らに訊ねる。


「まあ、パソコン購入後でも取り返しが効きやすいってことだし、今のところは大丈夫な気がする」と僕。

「ちなみに超薄型パソコンみたいな一部のパソコンではメモリの増設や交換が出来ない機種もあるから気を付けてね」


 雄太が情報を補足してくれた。そして他に質問が無さそうだと見て取ると、彼は良周よしちかの方を向いた。


良周よしちか。次は『SSDもしくはHDD』の項目だけど、どうする?」


 雄太が良周よしちかに訊ねる。


「メモリの説明をしてくれて、ありがとう。助かったよ。じゃあ、この項目は僕から話そうかな?」


 良周よしちかは笑顔で雄太に礼を言うと、説明を引き継いだ。CPUの件で落ち込んでいたようだったが、気持ちの切り替えが出来たらしい。


「これは例え話に出てきた本棚にあたるパーツだよ」


 そう言って良周よしちかは自分が手に持つメモを僕たちに見せて『SSDもしくはHDD』を指さした。


「資料や成果物を仕舞っておく場所だったね」


 恭平が何気ない調子で補足する。先程も思ったが恭平の記憶力の良さには本当に驚かされる。頭の回転も速い気がする。


「うん。SSDもHDDもデータを保存しておく記憶装置で、ストレージと呼ばれるパーツだ。パソコンで作成したレポートなんかのデータをパソコン内に保存することがあるだろ? その際、作ったデータが実際に収まっているのがこのパーツなんだ。OSやオフィスなんかのソフトウェアもこのパーツに記憶されてるんだよ」


 良周よしちかはそう言うと「パソコンを使っているほとんどの人が一度はこのストレージ容量を意識したことがあると思うんだけど……」と言葉を濁して僕たちの方を見る。


「アレだろ? デジカメで写真を沢山撮りすぎると『容量が足りません』ってエラーが出て、保存できなくなったりしちゃうアレ……。SDカード! あれと同じような使われ方をするパーツってことだろ?」


 先程から恭平の記憶力に負けっぱなしの僕は、挽回したくて必死に答えた。


「SDカードか。SSDはSDカードと同じでフラッシュメモリと呼ばれるものなんだ。なかなか良いところを突いてきたな、史一」


 僕の理解は合っていたようだ。良周よしちかに褒められて、僕は少し高揚感を感じた。


「HDDの容量は、私も家族の共用パソコンを買う時は気にするようにしてたわ。母がパソコンに写真を沢山保存するから……。でも、SSDってあまり聞いたことがないかな……」


 白川さんが発言する。どうやら白川さんはHDDどいうものなのかは分かっているようだ。

 勢い込んで発言し、褒められて喜んでいた自分が何だか少し恥ずかしくなった。


「SSDって言うのは最近主流になりつつある記憶装置で、史一が言っていたSDカードと同じフラッシュメモリの部類に属するんだ。それとUSBメモリもフラッシュメモリの一種だね」


 良周よしちかはそう言うと、自分のノートパソコンを指さして「ちなみに、このノートパソコンにはSSDとHDD、どちらも1つずつ搭載されてるんだ」と言った。


「ストレージが2つ? 私がパソコンを購入したときはHDDが1つ搭載されたタイプのパソコンばかりだった気が……。どうして2つ必要なの? 今まではHDD1つで良かったのだから、HDDかSSDのどちらか1つで良いんじゃないの?」


 白川さんが小首を傾げて訊ねる。


「良い質問だね! 実はSSDはHDDより値段が高いんだよ。1ギガあたりの単価がHDDの2テラモデルと比較すると、SSDの500ギガモデルではHDDの3倍くらいするんだ。HDDの4テラモデルとの比較だと5倍近く違ってくる。だからSSDだけでHDD並みに運用しようと思うとコストがかなり高くなってしまうんだ」


 良周よしちかが白川さんに説明した。


 テラは確かギガより大きなデータ容量の単位だったはず……。


 僕がそんなことを考えていると、恭平が良周よしちかに質問した。


「じゃあ、HDDだけで良いんじゃない? 僕は安くて容量が多い方が嬉しいんだけど」

「うん、そうだよね。安くて容量が多いのはかなり選択の重要なポイントだよね。でも、SSDにはすごいメリットがあるんだよ」


 良周よしちかはそう言うとニヤリと微笑む。


「すごいメリット? 高級品みたいだし、壊れにくいとか?」と僕。

「そうだね、数年前はHDDと比較してSSDは壊れやすいって言う話も聞いたけど、最近はむしろHDDより壊れにくいって言われることが多いね。HDDは落下させると高い確率で壊れてしまうけど、SSDは多少の落下くらいでは壊れることは無いらしい。耐用年数もSSDのほうが長いっていう人もいるね。でも一番のメリットは壊れ難さじゃないんだ」


 良周よしちかはそう言うと「ちなみにHDDより発熱も少なく、消費電力も少ないし、音も静かなんだって。あんまり実感ないけど」と付け加えた。


「今言ったこと以外のメリットがあるってことだよね? ……何だろう」


 恭平は考え込んでいる。僕も何も思いつかない。


「降参! 何が一番のメリットなの?」


 白川さんが音を上げた。


「僕も全然思いつかないよ。有り得そうなことは全部、良周よしちかに言われちゃったし」


 僕がふて腐れて言うと、良周よしちかは「そうかい? もう一つ大事なことがあるじゃないか」と言ってニコニコした。そして、答えを教えてくれた。


「SSDの一番のメリットは書き込みと読み込みの速度がとても速いってことだよ」


 その答えを聞いて、僕も恭平も白川さんも黙ったまま顔を見合わせる。


「速度って、そんなに大事なの? 私は寺田てらだくんと同じで、早さより安くて容量が多い方が良い気がするわ」


 白川さんがそう言うと、僕と恭平はその言葉に大きく頷いた。


「話を聞いただけだと、そう思うのも当然かもね。じゃあ、実際にSSDがどのくらい早いか体感してみるかい?」


 良周よしちかはそう言って、彼はノートパソコンの電源を落とすと、僕らの方にパソコンの正面を向け「ちなみに、白川さんの家族共用のパソコンは電源ボタンを押して何秒でパスワードの入力画面が表示される?」と白川さんに訊ねた。

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