第16話 CPUとメモリを少し

「『700』の部分は同じ世代の中で性能を比較するために使われる数字だ。数字が大きいほど性能が良いんだ。『K』っていう部分は、これがどんな用途に向いているCPUかを表してるんだ。『K』はオーバークロックという通常以上の負荷をCPUにかけて処理性能を高める行為に対応しているデスクトップパソコン用のモデルという意味らしいよ。『X』ならデスクトップパソコン用の最上位モデル。『H』ならノートパソコン向けでグラフィック能力が強化されているモデル。末尾にアルファベットがないものはデスクトップ向けの通常モデルって具合にね」


 良周よしちかは自分が書いた『Core i7 8700K』という文字の該当箇所を指さしながら白川さんの質問に答えると、説明を続けた。


「動画編集にはこのCPUの頭の良さが一番影響するんだ。さっき雄太が言っていた通り、i3でも動画編集は出来なくはない。でも高度な動画編集をする可能性があるなら出来るだけ頭の良いCPUにしておいたほうが良いと僕は思う。CPUの等級が高いほうが編集時間が短くて済むはずだ」

「そうだね。僕もi7がおすすめだな。i9は今のところ初心者が買うような物ではないと思う。4K動画でも作るなら必要だけど」


 雄太はそう言って良周よしちかに同意し「良周よしちか。『4コア/8スレッド以上』ってところについても説明するんだよね? 僕が代わろうか?」と申し出た。


 良周よしちかは雄太の申し出に「有難い! じゃあ、お願いするよ」と言って、カバンからペットボトルを取り出すとゴクゴクとお茶を飲んだ。喉が渇いていたのだろう。話し疲れていたようだ。


「さっき良周よしちかが『作業員は数人で1組になっているのが今の主流』って言ったのを覚えているかい?」


 雄太の問いに僕は頷いた。


「4コアっていうのが作業員の人数を表しているんだ。ちなみに2コアや4コア、6コアっていうのもあるよ」と雄太。

「じゃあ、4コアなら作業員が4人1組になってるってこと?」と僕。

「そういうことになるね。史一はパソコンを使う時、同時に何個ソフトを使う?」


 雄太が僕に訊ねた。


「……そうだな、……ワードとインターネットを同時に使ってるかな」


 僕は言いながら指を折って数える。


「パソコンにウィルス対策ソフト入ってる?」と雄太。

「入ってると思う」


 僕は頷いて答えた。


「じゃあ君の場合、4コアはあると快適だろうね。ウィルス対策ソフトは大抵、常時起動しているから同時に3つのソフトを使う場面が多そうだ。それにもちろんOSも動かしているからね」と雄太が言った。


 OSと言うのはWindowsの事だな。


 僕は先日受けた情報学概論の講義を思い出す。

 確かパソコンの制御をしたり、僕たちが簡単にパソコンの機能を使うことが出来るようにしてくれているソフトウェアのことをOSと言うのだと講義で説明してもらった気がする。 オペレーティング システムの略語だ。


「それって、1つのコアが1つのソフトを制御するってこと?」と恭平。

「基本はそうだね。ただ、スレッド数によってはそうとも言えないんだ」と雄太。

良周よしちかがくれた紙に8スレッドって書いてあったね。これのこと?」


 僕が訊ねた。


「そうそう、それさ。8スレッドあるってことは『余裕があれば8個の仕事を同時にこなせる』ということを意味しているんだ」と雄太。

「作業員は4人しかいないのに?」と恭平。

「4人しかいなくても、仕事によっては余力が有るかもしれないだろ? その余力部分で、4人がそれぞれもう1つずつ同時に仕事をしてくれるとすると……」と雄太。

「8つの仕事が同時進行……」と僕。

「そういうこと! あくまでも余力があればなんだけどね。4つの仕事が大変な仕事なら、4つしか仕事はできない」


 雄太がそう言いながら、大きく頷く。

 僕は腕組みして「なるほどな」と言った。


「どうだい? CPUについて、わかってきたかい?」


 良周よしちかが僕らに訊ねる。


「説明してもらう前よりはだいぶ理解できた気がするよ」と恭平。

「私も理解が中途半端だったって気が付いたわ。勘違いしてたのね……」と白川さん。


 二人とも理解出来たようで、特に質問は無いらしい。

 だが、僕は気になる事が1つあった。


「僕も何となく分かってきたけど、CPUの世代のところが気になるんだ。新品を買う時は気にしなくて良いって言ってたけど、じゃあどんな時に気にするの?」


 僕はおずおずと質問する。


「そうだな。中古品を買う時かな。あと自作をする人は気にするよね」と雄太。

「中古品の方は何となくわかるわ。世代によって性能が変わるから、同じi7でも第5世代と第9世代では性能に差が出るってことね」と白川さん。

「白川さん、飲み込みが早いね! その通りだよ」


 良周よしちかが嬉しそうに言う。優秀な生徒を得て喜んでいる教師のようだ。


「自作っていうのは、どういうこと?」と僕。

「自作っていうのは、自分でパソコンのパーツを買って自分で組み立てをすることだよ。自作パソコンを作る人の中には、少しでもスペックの高いものを作りたいって人が沢山いる。そういう人は自分が使おうとしているCPUの世代をきっちり把握しておく必要があるんだよ」と雄太。

「自作パソコンは奥深いね……」


 良周よしちかがしみじみ言う。


「ちょっと憧れるよね」と雄太。

「パソコンって個人で作れるのかい?」


 恭平が目を丸くして訊ねる。 


「その紙に書いてある部品やパソコンケース、マザーボード、電源、それにOSなんかは個別に入手できるからね。自分でカスタマイズして作っている人は結構いるんだよ」と良周よしちか


 僕と恭平は「へえ」と不思議そうに相槌を打つ。

 僕らは量産品のパソコンの事すら解っていないのに、世の中には自分でパソコンを作ろうなんて人がいるのか。そんな世界があるなんて知りもしなかった。


「じゃあ、次はメモリの説明だな。雄太、メモリも説明を頼める?」


 良周よしちかはそう言うと、雄太の方を見る。


「うん。それは良いんだけど、世代の話をしているうちに世代も結構重要な気がしてきたんだよね……」


 雄太は真剣な面持ちでメモを見ながら言った。そして、メモから目を離すと良周よしちかの方を向いた。


良周よしちかはi7の話をしている時、何世代のi7を念頭に置いてた?」


 雄太が訊ねた。


「そうだな……、やっぱり第8世代かな。巷では4Kの動画もサクサク編集できる第9世代が話題になっているけど、YouTubeを4Kで観ている人はまだまだ少ないと思うんだ。今のところ、フルHDくらいの画質で問題ないはず……。だから価格も比較的手ごろな、第8世代のi7」と良周よしちか

「やっぱりそうだよね。第8世代のつもりで書いてるんだろうと思ったよ。でもさ、第8世代のi5は第7世代のi7以上の処理能力があるって、ネットの記事で読んだことがあるんだよ。このメモの内容だと、第7世代のi7でも良さそうに見えて……。たぶん第7世代のCPUが使われたパソコンを中古以外で売っているってことは無いとは思うんだけど、第7世代のi7って読めてしまうのはどうなんだろう?」

「そう言われるとそうだね。BTOでも第7世代は売って無いんじゃないかと勝手に思ってたけど、アウトレット品やセール品に混じってないと断言は出来ない……」


 良周よしちかはそう言って、顎に手をやり、足元に目を落とす。黙って数秒何事か考えていたが、「よし、わかった!」と言うと勢いよく顔を上げた。


「第8世代以降のCPUってメモに追加しよう!」


 良周よしちかはそう言うと、先ほどCPUの製品名を書くときに使ったペンを胸ポケットから取り出すと僕に渡してきた。これでメモを修正して欲しいということなのだろう。

 僕は受け取ったペンで自分のメモを修正した。その際、さっき良周よしちかが言っていた『ワイファイ搭載必須』という内容も書き加えた。

 恭平は僕のその様子を見ていたようで、僕がペンを渡すと同じようにメモを修正した。メモを修正が終わると恭平は「ワイファイ搭載必須っていうのも書き加えたほうが良いよ」と言いながら、白川さんにペンを渡した。

 良周よしちかは僕らの様子を見ながら「他にも修正が必要かもしれないから、そのペンは持っていて」と白川さんに言うと、メモに目をやり「……確かに、この内容だと第7世代でも大丈夫なように見えるな」と呟いた。一人で反省しているようだ。


「じゃあ、CPUの話はここまでってことかな?」


 恭平が誰にとはなく訊ねる。


「そうだね。良周よしちか、メモリの説明を始めて良いかい?」


 雄太が訊ねると、良周よしちかは「宜しく」とメモに目をやったまま言った。まだ、CPUの事を考えているようだ。


「パソコンの例え話の中で、メモリを何に例えていたか覚えてる?」


 雄太が僕たちに質問して来た。


「えっと……」


 僕は言葉に詰まる。


 CPUが作業員という事しか思い出せない。

 何だったっけ……。


「机だったかな?」


 恭平がさらりと答える。僕は恭平の記憶力に舌を巻いた。


「うん。机だったよね。その机で作業員が仕事をしたり、資料を広げているって話だ」


 雄太は恭平の言葉に頷いてそう言うと、説明し始めた。


「メモリにはRAMとROMがあるけど、ここで言うメモリはRAMと呼ばれるものだ。量販店でパソコンを買う時、スペックが表示されていることが多いけど、メモリについては『メモリ』と書いてあったり『RAM』と書いてあったり、お店によって書き方が違うんだ」


 雄太はそう言うとニコリとして「このことを覚えておくと、お店で混乱せずに済むよ」と補足し、説明を続ける。


「このRAMだけど、一時的にプログラムやCPUが計算したデータを記憶するパーツなんだ。例え話の中で作業員のCPUは仕事が終わると机に出していたものを全て片付けていただろ? あれはメモリが記憶を保持し続けられない特性を、机の上に出した資料や成果物を置きっぱなしには出来ないという様子で表現しているんだ」


 ここまで話すと雄太は右手の人差し指を立てて見せて「そして、もう一つ覚えておかないといけないことがあるんだ」と言って言葉を続ける。


「それは、一度に机の上に出せる仕事と資料の量はメモリの容量によって決まるということだ」


 雄太はそう言うと、僕のほうを向いた。

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