第15話 パソコンのしくみとCPUを少し

「……書いてある意味が……1mmも判らない……」


 恭平が眉間にしわを寄せて書類を見つつ、途切れ途切れに言った。揉み上げの辺りから、たらりと汗が流れる。

 恭平の困惑が手に取る様にわかる。僕も同感だ。


「……」


 白川さんは黙っている。書類に真剣に目を通しているようだ。その表情からは感情が読み取れなかった。

 雄太も白川さんと同様に黙って書類を見ているが、時折うんうんと頷く仕草をしている。彼はこの書類の意味が解るのだろう。


「大丈夫、大丈夫。これから説明するから」


 僕と恭平の不安そうな顔を見た良周よしちかは、ハハハと笑いながら手をヒラヒラさせて言った。あの手のジェスチャーは『心配するな』という意味のようだ。


「あ、そうだ! その紙に『Wi-Fi搭載必須』って付け加えておかないとね」


 そう言うと良周よしちかは、またハハハと笑いながら手をヒラヒラさせる。


「さて、どうしてそんなメモを配ったか説明しても良いかな?」


 良周よしちかはそう言うと、質問がないかを確認するように僕らを見回す。特に誰も話し出さないのを見て取ると、話を続けた。


「本来ならパソコンを購入する際、自分がどんなソフトウェアを使うかをリストアップした上で、購入するパソコンのスペックを決めるべきだと僕は思うんだけど……」


 そこまで言うと良周よしちかは僕たちの方を見て「ちなみに使いたいソフトウェアが決まっている人が居たりする?」と訊ねた。


「動画編集用のパソコンが必要なんだから、動画編集のソフトウェアが必要なのよね。でも私、どんなソフトウェアが必要かはわからない」


 白川さんがそう言って困った風に少し眉をひそめる。


「僕も動画編集ソフトとか全くわからないよ。でも、レポート作成もしたいからワードは使いたい」と僕。

「白川さんと史一とほぼ同じかな。あと僕の場合、YouTubeもパソコンで結構観ることになると思う」と恭平。


 良周よしちかは僕たちの答えを聞いて頷いた。


「そうだよね。動画編集ソフトもこれから選ぶんだよね。だから、僕の方で無料から2万円程度の買いきりの動画編集ソフトが使えるくらいのスペックを調べてきたんだ。それがそのメモ」


 良周よしちかは僕の持つ良周よしちかが言うところのメモを指さして言った。


「パソコンを選ぶのに、何のソフトウェアを使うかを決めている事がそんなに大事なの?」と僕。

「大事だと思うよ。パソコンのスペックがソフトウェアに合っていないとソフトウェアが上手く起動できなかったり、起動できても動作が極端に遅かったり、エラーが出やすくなったりするからね」と雄太。

「値段だけで選んだら使い物にならなかったなんて、良く聞く話だよね」と良周よしちかが笑う。

「パソコンは大抵、スペックの詳細がわかるようになってるから、メーカーから提示されているスペックをある程度理解出来れば、買おうとしているパソコンがどのくらい動くか予想出来るんだけどね。でも、それが難しいよね。僕も初めてパソコンを買ったときは失敗したな」


 雄太はそう言い「値段とサイズ感で選んだんだ。何にも知らなくて。動作がすごく遅くて驚いた」と付け加えると、細い右腕を上げて頭に手をやると、苦笑した。


「パソコンは他の電化製品みたいに『安いけど高い製品と同じくらい使える』っていうのは無いと思った方が良い気がするよ」


 良周よしちかはそう言うと、一呼吸置いて間を取り、話を元に戻した。


「そういうわけで、サークルや大学の講義に使うのに問題ないくらいのスペックをそのメモに書いたつもりなんだ。ワードやエクセルも使えるし、YouTubeも問題なく観れるはずだ。動画編集ソフトを基準に考えて書いたからね」

「僕たちに必要なソフトウェアの中で、動画編集ソフトが一番パソコンに高い性能を求めているってこと?」と恭平。


 良周よしちかは僕の言葉に頷いて「そう考えて問題ないと思うよ。個人で購入するようなもので動画編集ソフトより高い性能を求められるソフトウェアは、僕には思い当らないな。もしかしたらゲームはもっと高い性能を必要とするかもしれないけど、ゲームにはあまり詳しくないんだよね」と言って肩をすくめてみせた。そして彼は次のように僕らに提案した。


「メモの内容を話す前に、パソコンの基本的な仕組みをざっくり説明しても良いかな? その方がメモの内容を理解してもらいやすいと思うんだけど……」


 僕は反対しなかった。

 何せ、渡されたメモをどう活用すれば良いのかも判っていないのだ。基本的な知識をもっと増やす必要がある。他のメンバーも異存はないらしい。


 僕らに異存がないとわかると、良周よしちかは次のような話を始めた。


 机で資料を見ながら仕事をしている作業員がいる。

 この作業員は仕事が終わると成果物と使った資料を本棚に片付ける。

 次の仕事の依頼が来ると、この作業員は本棚から必要な資料を取り出して机の上に出す。そして取り出した資料を見ながら机の上で仕事をし、成果物と資料を本棚に戻す。

 さて、この作業員はアシスタントを連れている場合がある。

 アシスタントの得意分野は画像処理だ。作業員は画像処理の仕事をこのアシスタントに任せることで、依頼された仕事をより早く終わらせることが出来る。

 こんな場面を想像して欲しい。


 これはパソコンが行う一連の動作を擬人化した例え話なのだそうだ。『作業員』はCPU、『仕事をしたり、資料を広げている机』がメモリ、『資料や成果物が置いてある本棚』がSSDやHDDの例えで、『アシスタント』はGPUだという。


「大体パーツの役割はこんな所だと思うんだけど、イメージは伝わったかな? 良くパソコンの説明に使われる例え話なんだ。アシスタントの部分は僕の創作なんだけどね」


 良周よしちかが一気にそう説明し終えると「アシスタントの下り、解りにくいかなあ」と苦笑交じりに付け加えた。


「……解ったような、……解ったように思ってるだけなような……」と恭平。

「うん。擬人化の例えとパーツ名は一致させられたけど、理解したかって言われると……」と僕。

「まあ、そうだよね。今のところは、擬人化の例えとパーツ名が一致してるだけで大丈夫だよ。じゃあ、僕が皆に渡したメモについて見ていこう」


 良周よしちかはそう言うと、メモを手に取る。

 僕らも手に持っていたメモに再度目をやった。


「CPU、メモリ、SSDもしくはHDD、GPUとういう順に書いているけど、これは動画編集に影響する重要なパーツを順に書いたんだ」と良周よしちか

「じゃあ、このCPUっていうのが一番重要ってこと?」と僕。

「そういうことになるね」


 良周よしちかはそう言うと、自分の手にあるメモを僕らの方に向けると『CPU』と書かれた部分を指さし「まずはこれからだ」と言った。


「CPUは作業員だったね」と恭平。

「うん。CPUはパソコンの頭脳だ。CPUという作業員がいなければ、僕たちがどんな仕事の依頼を出しても何も起こらない。しかも、この作業員は頭の良さで等級が付けられていて、作業員は数人で1組になっているのが今の主流だ」

「頭の良さで等級分けするなんて、なんか失礼な話だな」と僕。

「ここでは例えで作業員と言っているけど、CPUという部品の話だからね。少し失礼な内容に見えるのは目をつぶってくれないかい?」


 良周よしちかは困った顔をして笑うと、今度はメモの『CPU』の項目の説明の部分を指さした。


「『Core i5が最低条件。長く使うならi7を選んでおくのが無難』と書いたけど、このi5とかi7が等級を表しているだ。ちなみに数が大きいほど等級が高く、頭が良い。Core iシリーズはインテルが作っているCPUだ。インテル以外にもCPUのメーカーはあるんだけど、BTOでクリエーター向けに販売されているパソコンはCore iシリーズの場合が多いから、今回はCore iシリーズの話だけにしておくね」


 良周よしちかはそう言うと「最近はAMDってメーカーのCPUも安くて性能も良いって人気なんだけどね」と補足した。


「i3でも動画編集は可能だよね。編集にすごく時間がかかるだろうけど。定期的に動画を作る人には、やっぱりi5以上だよね。オフィス系ソフトを使うくらいならi3で良いと思うけど。さっき『初めてパソコンを買ったときは失敗した』って言ったけど、そのパソコンはCore iシリーズより性能が低いセレロンっていう激安CPUモデルだったんだ。オフィス系ソフトを動かすのにも苦労したよ」


 メモを見ながらそう言うと、雄太は「動かないわけじゃないけど、動きがもっさりしてるんだよね」と続け、苦笑した。


「i3やi5って、等級を表すものだったのね。私、世代の事だと思ってた……」


 しばらく黙って聞いていた白川さんが、ぼそりと呟く。


「そういう風に思っている人、結構多いんだよね。年々、スペックの高いCPUが登場して等級も増えて来たから、新しいCPUが発売されたから『i何とか』っていう風に名前が変わったって勘違いしちゃうんだ。ちなみに、Core iシリーズで今一番等級が高いCPUはi9だよ」と雄太。

「世代って言うのは何だい?」と僕。

「CPUは発売された時期によって世代分けもされてるんだ。ちなみに最新は第9世代。第5世代のi5やi7もあれば、第9世代のi5やi7も存在する」と良周よしちか

「i9に第9世代……、確かにややこしい……」と恭平。

「うん。良くわかっていないと最新のCPUが欲しいってだけなのに、最上位等級のCPUを買う派目になるかもね」と雄太が笑う。

「世代の見分け方だけど、例えば……」


 良周よしちかはそこまで言うと、シャツの胸ポケットに差してあったペンを手に持つ。そしてメモを裏返して『Core i7 8700K』と書くと言葉を続けた。


「今書いたのがCPUの製品名。この製品名の8700の千の位が8になってるよね、この部分が世代を意味してるんだ。だからこの製品名のCPUは第8世代だとわかる」


 良周よしちかはそう言うと、ペンを胸ポケットに仕舞いながら「まあ世代によって性能も変わるけど、新品のパソコンを買うなら新しめの世代のCPUが使われているだろうから、そんなに世代は気にしなくても良いと思うよ」と補足する。


「『700』とか『K』っていうのは何か意味があるの?」


 白川さんが良周よしちかが書いた製品名を指さして訊ねた。

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