第13話 スマホではダメですか?

仲村なかむらくん、マッキントッシュのほうでしょ?」


 白川さんが雄太に訊ねる。


「そ、そうそう。そっちのマックだよ。マッキントッシュ!」


 雄太は相当僕の答えがツボにハマったらしく、苦しそうに笑いながら言った。


 マック……、マッキントッシュ……。


 僕はやっと理解した。


「わかったみたいだね」


 雄太は僕の表情を見て言った。


「……わかった」と僕。

「恭平は?」と雄太。

「……マッキントッシュ……」


 恭平は眉を顰め、消え入るような声で呟く。どうやらまだピンと来ていないらしい。


「まあ、今時『マッキントッシュ』なんて言う人は少数派だろうからね。白川さん、良く知ってたね」と雄太。

「お父さんが持っていて、そう呼んでるから……」


 白川さんは躊躇いがちに答える。


「へえ! お父さん、格好良いね! マック持ってるんだ」と雄太。

「仕事用にね。私は触ったこと無いわ。家族と共用のパソコンはWindowsだし」


 そう言って、自嘲気味に白川さんは笑った。


「……マッキントッシュ……」


 恭平には二人の会話は耳に入っていないらしい。まだ考え込んでいる。

 見兼ねて僕は恭平の肩に手を置き、補足する。


「リンゴのマークのノートパソコン、カフェとかで持ってる人を見たこと無いかい?」


 恭平は目を見開き僕の方を見ると「……ある」と言って、「あれ、マッキントッシュって言うの?」と僕に訊いてきたので、僕は徐に頷いた。


 マックとはお洒落で、仕事が出来る人が持っているイメージのあのパソコンの事だったのだ。Windowsしか触ったことがない僕にはあのパソコンをマックと呼ぶより、ハンバーガーショップをマックと呼ぶ方がなじみ深い。


「iPhoneのメーカーのパソコンのことだったのか。言われてみれば、マックって言うんだったね」


 恭平が悔しそうに言った。

 僕は頷くと、恭平の肩から手を離した。


「カフェと言えばさ、最近はカフェでパソコンを使ってる人の中に、サーフェス派も増えてきてるよね」と良周よしちか

「そうそう、僕もそう思ってた! 僕が買うならサーフェスブックだな」


 雄太が目元を手の甲でこすりながら言う。笑いすぎて涙を流していたのかもしれない。


「今だったらツーだろ?」


 良周よしちかが手でVサインの形を作ってみせて言うと、雄太が「もちろんだよ!」と楽しそうに応えた。

 僕にはサーフェスが何なのか全く分からないが、きっとパソコンの事だろう。良周よしちかと雄太は動画に詳しいだけでなく、パソコンにも詳しいのかもしれない。

 なんだか二人で盛り上がっている。


「もしもし、お二人さん。マックがパソコンなのはわかったよ。それで、そのマックが何だっていうのさ?」


 僕は雄太にそう訊いて、良周よしちかと彼の会話に水を差した。


「ああ! そうだったね。えっと……、史一の家の近所にある家電量販店にはAppleのパソコンは置いてあるかな?」


 雄太に質問された僕は良く行く家電量販店の店内を思い起こした。

 入口の自動ドアから入ると店舗の一番奥にあるテレビの売り場まで、真っ直ぐ広く通路が確保されている。

 その通路の真ん中にはセール品のワゴンが一列に整然と並ぶ。通路の右側の手前にはスマートフォンなど携帯電話の売り場に大きくスペースが割かれていたはずだ。携帯電話の売り場の一番通路側の目立つ位置には、いつもiPhoneとiPadが置かれているのも覚えている。

 携帯電話の売り場の奥はテレビ売り場に近づくためか、テレビ録画用のレコーダー売り場があったような……。

 そして、通路の左手にまず見えるのはカメラ売り場だ。

 そのカメラ売り場の左隣にあるのが目的のパソコン売り場だ。


 リンゴマークのパソコンは売っていただろうか?


 僕はパソコン売り場を詳細に思い出そうと、上を向いて目を閉じる。


「……iPhoneとiPadは置いてあるよ。パソコンは見たこと無いかな」


 僕は閉じていた目を開け、雄太の質問に答えた。

 リンゴマークのパソコンが置かれていた記憶はない。


「そうか。残念だけど、動画編集が出来るパソコンは置いていない可能性が高いね」と雄太。

「え? iPhoneやiPadはあるんだよ?」


 僕は不満げに言った。

 同じメーカーの製品が置いてあるのだからセーフだろうと思ったのだ。


「iPhoneとiPadは有名すぎて、家電量販店以外でも売ってるじゃないか。見分けるポイントにはならないよ」


 雄太の僕の質問への答えにぐうの音も出ない。

 確かに、iPhoneとiPadはショッピングモールの携帯電話の売場でも見かけることがある。だが、携帯電話の売場でパソコンを売っているところは見かけたことがない。

 雄太は話を続ける。


「品揃えの良い店っていう君の意見を考慮するなら、動画編集に使えるスペックのデスクトップとノートが1機種ずつ有るかもしれないって所かな。Appleのパソコンを売ってるような量販店なら、1機種ずつってことはまず無いと思う。まあ、あくまでも僕の経験からの判断基準だから必ずそうとは言い切れないけど。結構当たるんだよ」


 まだ納得し切れていなかったが、反論が思い付かないので僕は黙っていた。


「僕もその判断基準、結構当たってると思うよ。郊外の家電量販店の売れ筋は家庭で使われる商品だからね。動画制作用のパソコンのスペックは家庭で使うにはスペック過多だよ。さて、話を戻しても良いかな?」


 良周よしちかがそう言うと、僕と恭平はしぶしぶ頷いた。

 良周よしちかは話を続ける。


「今までの会話で想像はついてると思うけど、3人にはそれぞれパソコンを用意してもらう必要があるんだ」


 僕は先ほどの恭平を真似して挙手する。

 良周よしちかはそれを見て、先ほどと同じように「はい。史一くん、質問どうぞ」と言う。


「動画ってスマホがあれば撮れるだろ、まずはスマホだけで十分なんじゃないか。 パソコンって、どうしても必要なものなのかい?」と僕。

「……まあ、動画自体をスマホで撮るのは全く問題ないよ。まずはスマホで撮影するのが手っ取り早いよね。みんなにも最初の動画はスマホで撮ってもらおうかなって思ってる」


 良周よしちかがちょっと困った顔をして言った。


 良周よしちかの意見の矛盾を付けたのかも。


 僕は言い知れぬ高揚感が湧くのを感じた。


「だろ? 動画なんて撮ったことも無いんだから、まずはスマホだけで十分だよ」


 僕は意気揚々と言い切る。


「でもさ、スマホで撮っただけの動画をYouTubeにアップするのかい? それって、面白いのかな? スマホで撮って何の編集もせずに投稿されてる動画は沢山存在するけど、その中で興味が湧く動画ってどんなものがある?」


 良周よしちかが困惑した表情のまま、僕に訊ねる。

 僕は少し考えて、その問いに答えた。


「事件とか事故や災害みたいなアクシデント。踊り、演奏、大道芸とかのパフォーマンス。ペットの動画とかかな。ペット動画は編集されたものもあるけど……」と僕。

「それって、僕らに撮れるかな? 史一は何か映像にして楽しい特技を持ってるかい? もしくはビックリするような事態に居合わせることが良くあるかい?」


 良周よしちかはそう言うと、僕の目を見据えて「それとも君は動画を撮りたいがためにペットでも飼おうって言うのかい?」と言葉を付け加える。


「そんな訳ないよ。芸は出来ないし、ビックリするような事態に見舞われたことも今のところ無い。それに、動画撮影のためにペットを飼うだって? 馬鹿にしないでくれ! そんな不純な動機で僕は生き物を飼うつもりはないさ」


 僕は良周よしちかに考えを見透かされた気がして、慌てて否定した。実は一瞬、ペットを飼って動画を撮るのは悪くないアイデアだと思ったのだ。


「そうだろ? 『編集しなくても見たくなる動画』は案外難しいと思うんだ」


 良周よしちかが言った。彼の表情にはさっきまでの困惑の色は見て取れなくなっていた。


「でもさ、食事風景をずっと撮影している動画とかもあるじゃないか」


 僕は良周よしちかに反論する。


「あるかもしれないけど、大抵バックミュージックくらいは追加されてないかい?」


 良周よしちかにそう言われて、よくよく思い出してみると、僕が観た動画も音楽付きだった気がする。クリアな音質で、音楽をかけながら撮影したような音ではなかった。あれも編集されたものだったのだろう。

 先ほど感じた高揚感がどんどん縮んでいく。


「……じゃあ、ライブ配信はどうだい? あれは編集ではないだろ?」と僕。

「確かに、YouTubeにはスマホだけでライブ配信出来る機能はあるよ。でも、チャンネル登録者が1000人以上でないと使えない機能なんだよ。まだチャンネルすら作っていないし、1000人に登録してもらうって簡単な事ではないと思う」と雄太。


 自分で言っておいて何だが、スマートフォンだけで動画配信する機能がYouTubeにあるなんて知らなかった。不覚にも『出来るんだ!』と内心驚いた。


 でも1000人!

 スマートフォンのライブ配信だけでYouTubeを始めるという事は出来ないってことだな。


 スマートフォンで撮影しただけで始められる動画ジャンルを探すのは意外と難しそうだ。


 反論できるような動画が他にないだろうか?


 頭をフル回転させているつもりだが、これ以上何も思いつかない。


「それにさ、折角サークル活動として動画を作るんだから、動画編集の仕方も覚えたくないかい?」


 僕が黙って考え込んでいると、見兼ねた良周よしちかが言った。

 そうだ、僕がこのサークルに入ったのは『動画の作り方を学びたい』と言うのが動機の1つだった。アルバイト代わりに収入を得られればなどという打算的な考えがあっての行動とはいえ、動画研究会なんていうサークルに入ったからにはパソコンの1台くらいは用意するべきだろう。


 正直に言うとパソコンはレポート作成とネットサーフィンくらいにしか使ったことがない。レポート作成はスマホの小さな画面ではやりにくいし、大学側からWordドキュメントでの提出が求められているので、必要に駆られてパソコンを使用している。


 レポート作成さえなければ、パソコンなんて必要ない。

 ススマートフォンさえあれば何も困ることはない。


 実は、僕はこんな風に時々考えてしまうような人間だ。

 要するに僕がこんなに良周よしちかの言い分に反論しているのは、急に今まで使ってこなかったパソコンの使用が必須になったのを感じて、尻込みしたからというところが大きい。


「……まあ、そうだね。良周よしちかの言う通り、パソコンは必要かもね」


 僕はまだパソコンへの拒否反応を感じていたが、しぶしぶ同意した。

 恭平も白川さんも反論は無いようだ。


「ちなみに、3人に用意して欲しいのはノートパソコンだ。本当は動画編集をするならデスクトップのほうが良いんだけどね。動画の編集方法を説明するのは大学でになるだろうから」


 良周よしちかが申し訳なさそうに言った。

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