第12話 パソコンを持っていますか?

「ご、ごめん、白川さん。こういうの好きじゃなかった?」


 僕は恐る恐る彼女に訊ねた。


「……」


 白川さんは黙ったままだ。


 これは完全に気分を害してしまっているに違いない!


 僕は大慌てで白川さんに歩み寄る。そして彼女が手にしているタブレットの上端を両手で掴んだ。


「白川さん。本当にこんなの観せて悪かったよ。だから、怒らないで!」


 僕は必死に謝った。

 すると彼女は驚いた様子で僕を見ると「え?」と小さな声を出した。


「あれ? 高橋くん、どうしたの?」


 白川さんがきょとんとして言う。


「どうしたの? って、話しかけても全然答えてくれないから、何か白川さんに悪いことしたかと思って……」と僕。

「え? 本当? ごめんね、ぼんやりしてたみたい!」


 白川さんは慌てながら、申し訳なさそうに言った。


「そうなの? なんだ、じゃあ怒ってたわけじゃないんだね」と僕。

「全然、怒ってないよ」


 そう言って白川さんは首を振る。


「良かった。でも大丈夫? 気分でも悪いの?」


 僕が訊ねると、白川さんは僕にタブレットを渡しながら「ううん、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」と微笑む。

 だが僕は、彼女のその微笑みにぎこちなさを感じた。


 何か悩み事でもあるのだろうか?


 僕が疑問を口に出そうとした時、勢いよくドアが開いた。


「お疲れ! みんな来てたんだね」


 部屋に入って来たのは良周よしちかだった。彼は僕らを見回した。


「全員揃っているならちょうど良い。みんなに話があるんだ」と良周よしちか

「何だい?」と恭平。

「この部屋やこのメンバーにも慣れてきたし、そろそろサークル活動しなきゃなって思ってね。今まで全員揃っては集まれずにいただろう?」


 良周よしちかがハハハと笑って言った。

 そういえば部屋をもらって初めてサークルメンバー全員をこの部屋で見た気がする。食堂でも良く一緒にいるので、毎日全員と顔は合わせているのだが、同じときに同じ場所に全員居るというのは今日が初めてなのかもしれない。


「言われてみればそうだね。まだ活動費も入ってないし、活動費を貰ってから本格的に始動するのかな? くらいに思ってたよ」と雄太。

「僕もそう思っていた。ここに撮影スタジオを作りたいんだろ?」


 僕が訊ねると、良周よしちかは大きく頷く。


「そうそう。みんなが賛成してくれるならだけどね。あ、白川さんには話してなかったね。大学が支給してくれるサークル活動費の5万円で簡易な撮影スタジオをここに作るのはどうかって提案してるんだけど、どう思う? 他に5万円の使い道で良いアイデアがあったら提案してくれてもOKだよ」


 良周よしちかはそう言って、白川さんに発言を促す。


「そうね……。良い使い道だと思うわ。どうせ5万円ではパソコンも買えないだろうし。いて言うなら、Wi-Fi環境があった方が良いかなって思うくらいね」


 白川さんがそう言うと、雄太が「そうだね」と言って話を引き継ぐ。


「白川さんの言うとおりだよ。この部屋、LANケーブルが1本あるだけなんだよ。これを使えばネットには繋がるけど、メンバー5人にLANケーブルが1本じゃあ話にならない」

「そうだな。撮影スタジオより、そっちが優先されそうだね。無線ルーターを1台買おうか」と良周よしちか


 そのやり取りを黙って見ていた恭平が突然「ハイッ」と言って挙手した。その姿を見て僕は小学校の教室を連想した。そして、とんでもなく大きな小学生だなと思った。


「はい、恭平くん。何か質問かな?」


 良周よしちかが恭平のノリに応えて教師のような口調で言った。


「ワイファイとかランとか無線ルーターって、何ですか?」


 恭平は生徒が教師に質問するような口調で訊ねる。

 すると良周よしちかは徐に床に転がっている水色のケーブルを持った。そしてそのケーブルを自分の顔の前に掲げて見せた。先端に透明なプラスチックの部品が付いている。


「これがLANケーブル。LANって言うのはローカルエリアネットワークと言う意味らしいよ。同じ部屋の中のパソコン同士を接続したり、インターネットへの接続もこのLANを使用するんだ。パソコンにこういうケーブルが接続してあるのを見たことはないかな?」


 良周よしちかの説明を聞いて、先ほどから恭平と良周よしちかのふざけたやり取りを見ていたせいか、小学生の頃のことを思い出す。

 そういえば小学校の視聴覚室はインターネットに接続するためのケーブルをパソコンに繋いでいた気がする。あれがLANケーブルだったのかもしれない。


「確かに、そんなのがパソコンに繋がってるのは見たことがあるような……」


 恭平が心もとなげに言う。


「まあ、今はこのケーブルでインターネットに接続できるってことが分かれば問題ないよ。そうだろ? 良周よしちか


 雄太が助け舟を出す。

 良周よしちかは頷いて「問題ないよ」と言った。


「このケーブルでインターネットに接続できるという事だけど、この部屋には1本しかないわけだ。でも、みんなそれぞれ同時にパソコンをインターネットに接続したい事って絶対あるよね?」


 良周よしちかの質問に僕と恭平が頷く。


「1本じゃ足りないよ」と僕。

「そうだろ? だからここで無線ルーターの登場だ」と良周よしちか

「さっき1台買おうって言ってたやつだね」と恭平。

「そう! その機器があればインターネットに繋ぎたいパソコンを複数接続することが出来るんだよ」


 良周よしちかの説明を聞いていて、僕は疑問に思ったことを口にする。


「でもさ、その機器も1台だけなんだよね。どうやって複数のパソコンをインターネットに接続するの?」

「無線だよ。名前にちゃんと入ってるだろ? って。ちなみにこの無線ルーターが使用する無線の方式のことをWi-Fiと呼ぶんだ」と良周よしちか

「ここでワイファイの登場か!」


 何だか嬉しそうに恭平が言う。

 良周よしちかは恭平の言葉に頷くと、言葉を続ける。


「Wi-Fi技術を利用した無線ルーターの電波でパソコンとやり取りをすることで、インターネットに接続できる。そしてその電波をキャッチできるパソコンがあれば、その電波に複数のパソコンを接続することが可能になるんだ。最近流行りのスマートホームも基本的にはこの方法を使って、家の中の電化製品を繋いでいるんだと思うよ。どうかな何故複数台接続できるのか理解できたかい?」


 良周よしちかが僕に訊ねた。


「うーん。分かったような、分からないような……。まあ、無線ルーターは1台あれば良いっていうのは分かった」と僕。

「何だか心もとないな」


 良周よしちかはそう言って苦笑いした。


「良いんじゃないの? そのくらい分かっていれば。あとは実際に使ってみながら理解すれば良いと思うな」


 雄太が言う。どうやら彼は実践派のようだ。


「そうだな。実際に使いながらのほうが説明もしやすいしね」


 良周よしちかが雄太に同意する。


「僕もふわっとだけど、わかった気がする!」


 恭平は元気にそう言うと言葉を続ける。


「いやあ、パソコンとかインターネットに全然詳しくなくて、教えてもらえて良かったよ。ごめんね、話を逸らしちゃって」


 恭平の言葉に良周よしちかは首を振る。


「全然問題ないよ。むしろこの話になって良かったよ。これから話す内容にも関係するからね」


 良周よしちかはそう言うとニヤリと笑った。


「さて、では本題に入るよ。活動費の5万円の使い道はほぼ決まってしまったわけだけど、サークル活動をするにあたってかなり重要になるものを皆には準備してもらう必要がある」


 良周よしちかがメンバーの顔を見まわした。


「みんな、パソコンは持ってるかい? たぶん、雄太は持ってるよね」


 良周よしちかの言葉に雄太は頷く。


「まあね。僕はもうYouTubeに動画投稿しているからね」と雄太。

「ちなみにデスクトップ? ノート?」


 良周よしちかが雄太に質問する。


「デスクトップもノートも1台ずつだよ。デスクトップだけでも良かったんだけど、大学の講義用にノートパソコンが必要だから。折角だからノートパソコンも動画編集が出来るスペックのものを買ったよ」


 雄太の答えに良周よしちかは満足そうに頷いた。


「じゃあ、雄太はOKだ。他のみんなは自分のパソコンを持ってるかい?」


 良周よしちかの問いに僕と恭平、それに白川さんは顔を見合わせる。


「僕は自分のパソコンは持ってないよ。レポート提出が必要なときは父さんのノートパソコンを借りてる」と僕。

「買おうと思ってるところだよ。今はレポートは大学の情報技術室で書いてるんだけど、不便でさ」と恭平。

「私も自分のパソコンは持ってないわ。パソコンは家族と共用なの」と白川さん。


 良周よしちかは僕らの答えを聞くと、ニコニコして言った。


「良かった! まだ3人ともパソコンを買ってないんだね!」

「何が良いんだよ。パソコンを持っていて欲しかったんじゃないのか?」と僕。

「だよね。雄太が持ってるのは良くて、僕たちが持ってないのも良いって、意味が分からないよ」と恭平が僕に加勢する。


 良周よしちかはニコニコ顔のまま僕らを見る。


「だって、君たち動画編集が出来るパソコンの買い方なんて知らないだろ?」

「そんなの家電量販店に行けばいくらでも売ってるだろ」


 僕は鼻息荒く言う。

 恭平も頷く。


 パソコンなんて歩いて5分くらいの所にある家電量販店で売っている。うちにあるパソコンもその店で買ったものだ。デスクトップからノートパソコン、タブレット、見た目の美しいインテリアのようなものまで、多種多様な商品がいつも陳列されている。


「売ってるところと、売っていないところがあるんだよ」


 そう言ったのは雄太だった。


「……え、……そうなの?」


 僕は雄太の言葉に驚いて、勢いを削がれた。


「郊外型の家電量販店では大抵、注文しないと買えないと思うよ」と雄太。

「でも君、売ってるところもあるって言っただろ? 案外僕のうちの近所の店舗は売ってる店かもしれないじゃないか。結構品揃え良いんだよ」


 僕はちょっとムキになって雄太に反論する。

 雄太はちょっと困った顔をした。


「たぶん無い店だと思うけど……。そうだ! じゃあ、僕が勝手に判断基準にしていることがあるから、それについて質問させて」


 雄太の申し出に「いいよ」と僕は同意した。


「その店、マック売ってる?」と雄太。

「え? マクドナルド?」


 僕は素っ頓狂な声で訊き返した。


「マクドナルドは好きだけど、家電量販店と一緒にあるのは見たこと無いな」と恭平。


 僕と恭平はお互いに顔を見合い「なあ」と言って、頷き合う。


高橋たかはしくん、寺田てらだくん。たぶんそのマックじゃないと思うわ」


 隣で白川さんが何だか複雑な表情をして、おずおずと僕らの答えを否定した。

 雄太がケラケラと笑いだす。

 良周よしちかも後ろを向いて肩を小刻みに揺らし始めた。

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