第10話 5人目の加入者

「なるほどね……」


 良周よしちかはそう言うと、腕組みして椅子の背もたれに体を預ける。


「動画の作り方が知りたいだけなんて、虫が良すぎるでしょ。それでサークルに参加する前にちゃんと訊いておこうと思って……」


 白川さんは俯いたまま言った。

 彼女のその言葉が僕の心をチクチクと刺す。僕がサークルに参加した理由は彼女の理由と大差ない。僕も動画の作り方については知識ゼロの状態だ。動画の作り方は追々、良周よしちかに教えてもらう気満々だ。


 ……虫が良すぎる。

 そうか、そんな風にも考えられるんだな。


「良いんじゃないのかな? なあ、史一ふみかず


 良周よしちかが僕に同意を求める。


「良いも何も、この理由がダメなら僕は動画研究会には居られないよ」


 僕は頭を掻きながら言う。ばつが悪い。

 良周よしちかはそんな僕の様子を見て頷く。


「そういうわけだから、問題ないよ。YouTubeには興味ないかもしれないけど、YouTube用の動画を作ることには興味があるってことだよね?」


 良周よしちかが白川さんの方に向き直って訊ねる。

 俯いていた彼女は顔を上げて答える。


「ええ。動画の作り方やYouTubeとテレビでは何が違うのかということにも興味があるわ」

「YouTubeとテレビの違い?」と僕。

「YouTubeもテレビも映像コンテンツでしょ。でも、全然別物だって思わない?」


 白川さんは僕の方を向くと、小首を傾げて見せた。


「プロが作る動画と素人が作る動画の違いとか?」と僕。

「そういう違いもあるけど、もっと根本的な違いがある気がするの」


 白川さんはそう言うと、もどかしそうに言葉を続ける。


「その違いが何なのか、このサークルで私なりの答えが見えてくるんじゃないかなって……」


 YouTubeとテレビの違いか。

 コンテンツとして面白ければ、どちらでも良いのではないだろうか?


 僕はYouTubeを好んで観るが、決してテレビが嫌いと言うわけではない。どちらも気に入ったコンテンツを観ているだけだ。最近はYouTubeに好みのコンテンツが多いからYouTubeばかり観ている。それだけのことなのだ。


 好みのコンテンツの数が、彼女の言っているYouTubeとテレビの根本的な違いなのだろうか?

 いや、彼女が言っているのは、そんなことではない気がする。


「白川さんが言いたいことは、何となく分かるよ。でもサークルに入ることで、その疑問に明確な答えが出るとは保証しかねるね」


 良周よしちかは苦笑いして言葉を続ける。


「だけど、わからないことや知りたいことがあれば、何でも訊いて。分かる範囲でなら喜んで答えるよ。それが白川さんの疑問を解く手がかりになれば良いな」と良周よしちか

「それだけで十分よ! ありがとう、佐野くん」


 良周よしちかの言葉に、白川さんは微笑んで頷く。


「ちなみにYouTubeにはあまり興味がないって言ってたけど、白川さんが持っているYouTubeに対するイメージってどんなもの?」


 良周よしちかが白川さんに訊ねた。

 白川さんの表情がさっと曇る。


「正直に言うと、YouTubeにあまり良いイメージが無いの。YouTubeが人気だってことは知ってるわ。でも私はテレビで情報を得ることのほうが多いの。だから事件や悪ふざけの動画をテレビのニュースとして見ることが多くて……」


 白川さんはそう言って、申し訳なさそうに僕と良周よしちかを交互に見る。

 僕は白川さんのYouTubeに対する印象に驚いた。

 僕だって白川さんが言うような事件や悪ふざけをニュースで知ることがある。でも、YouTube事態に嫌悪感を抱くことはない。あんな事をやっているのはごく少数の人たちなのだ。

 だが、確かにYouTubeが良いことでニュースに取り上げられることは少ない。テレビで取り上げられるのは事件性のある過激な動画、事故や自然災害などその場に居合わせた人が偶然撮った動画などだ。

 YouTubeを観ない人がこれをYouTubeの実情と感じてしまっても仕方ないのかもしれない。

 僕は大好きなYouTubeをそんな風に見ている人も居るのだと知って、少し悲しくなった。


「もしかして、白川さんはYouTubeをやってるご家族のことが心配なの?」


 良周よしちかが白川さんに訊ねる。

 白川さんは目を大きく見開いて良周よしちかを見た。図星だったのだろう。


「そうね。きっと心配なんだわ。だから知りたいのかも……。YouTubeは恐いものではないって確信が欲しい……」


 恐ろしいものではない確信。

 果たしてそんなものを彼女は見つけることが出来るだろうか?


 僕は先日の動画研究会定例会でメンバーと話し合った内容を思い出す。

 全てを思い出すことは出来ないが、気を付けるべきことがいくつもあったのを覚えている。


「恐いものだってことになったらどうするの?」


 僕は思わず白川さんに訊ねた。

 彼女が僕を見る。


「……わからない。でも恐いものであってもなくても、家族と話し合うことになると思うわ」


 白川さんは真剣な面持ちでそう僕に答えると、言葉を続ける。


「今は決定的に私の知識が不足している所為で、まともに議論にもならないの」


 彼女は悲しげに眉をひそめる。


 まともに議論にならない……か。

 そうかもしれない。


 何も知らず、何となく心配だと言うだけでは話のしようが無いだろう。ニュースで知った程度の知識では「大丈夫? 危ないことはしないでね」くらいの事しか言えないに違いない。


「面白い!」


 急に良周よしちかが大きな声で言った。

 僕と白川さんは驚いて良周よしちかの方を見る。


「白川さん、君って面白い人だね!」と良周よしちか

「面白い? ……そうかしら?」


 白川さんは困惑しているようだ。


「普通、家族のことが心配だからと言って、サークルに入ってやろうなどとはなかなか思えないよ! こんなに家族思いの人には出会ったことがない!」


 良周よしちかが言う。そう言われてみれば良周よしちかの言う通りかもしれない。自分の為ではなく家族とはいえ他人のためにサークルに入ろうなんて、僕なら絶対に思わない。


「……それは……」と白川さん。


 良周よしちかの言葉に一瞬、白川さんがたじろいだ様に僕には見えた。


「……それは、インターネットでトラブルになると、家族にまで被害が及ぶことがあるって訊いたことがあって……」


 彼女は言いながら、また俯く。


「そうだね。そういう意味では他人事とも言い切れないか」


 良周よしちかは白川さんの言葉に頷く。納得したようだ。

 僕も彼女の言い分は正しいと感じた。

 僕も身元が分かる形での動画投稿をするのなら、家族に断りを入れて始めたほうが良いのかもしれない。うちの家族も白川さんと同じ様に不安を感じるかもしれないのだから。


 でも……

 出来れば白川さんにはYouTubeにも良い側面があることを知ってもらいたい!


 僕はそう思った。


 僕はYouTubeの良い面も沢山知っている。

 それを伝えれば、きっと彼女もYouTubeを好きになってくれるはずだ!


「白川さんが何を思って動画研究会に入りたいと言ってくれたのかは、良くわかったよ」


 良周よしちかはそう言うと徐に席を立つ。


「白川さん、是非うちのサークルに入ってよ!」


 良周よしちかは白川さんにそう言うと、座ったままの僕を見て「なあ、史一ふみかず」と僕に同意を求める。


「もちろんだよ! 白川さんが加入してくれたら、僕もすごく嬉しい!」


 僕も慌てて立ち上がりながら言う。


「ありがとう。そう言ってもらえて、とても嬉しいわ。私、YouTubeに対してネガティブな事しか話せなかったのに……」


 白川さんがホッと息をついて言った。


「いや、むしろ白川さんのそういう視点がうちのサークルには必要だよ。これから宜しく!」と良周よしちか

「こちらこそ宜しく。改めて自己紹介させてもらうわね。白川しらかわあんです。高橋くんも宜しくね」と白川さん。

「宜しく」と僕。

「じゃあ、サークルの連絡事項を送ったりすることになると思うから、連絡先を聞いておいても良いかな?」


 良周よしちかは机の上に置いてあったスマートフォンを手にして言った。

 良周よしちかの提案に「もちろん!」と言って白川さんも自分のスマートフォンを手に取る。

 そして、僕たち3人は連絡先の交換をした。


「そう言えばさ」


 ひとしきり連絡先の交換が終わると良周よしちかが口を開いた。


「白川さんの家族はどんな動画をYouTubeに投稿してるの?」


 良周よしちかの言葉で僕もはたと気づく。確かに、白川さんの家族にYouTubeをやっている人がいるという事だけで、どんな動画を投稿しているのかはまだ聞けていなかった。


「それは……」


 先ほど家族のためにサークルに入る理由を聞かれた時と同じように、白川さんがたじろぐ。


「それは私の事ではないから、話して良いのか分からないわ……」


 白川さんは申し訳なさそうに言った。


「それもそうだね。ご家族もあまり知られたくないって思っているかもしれないしね」


 良周よしちかが彼女の言葉に頷いて言った。

 そうなのだ、YouTubeをやっているのは白川さんではない。彼女が言いたがらないのも仕方がないように思えた。


「ごめんね……」


 白川さんが僕と良周よしちかを交互に見ながら言った。


「構わないよ。僕の方こそ無粋なことを言って申し訳ない」と良周よしちか


 白川さんの家族のことは少し気になるが、彼女が加入してくれることでメンバーは5人になった。なかなかサークルらしい人数になってきたなと、僕は嬉しくなる。


 ……ん? 5人目……?


「あああああああああああああ!」


 僕の大声に良周よしちかと白川さんがぎょっとしてこちらを見る。


「ど、どうしたんだよ……。びっくりするだろ? 史一」


 良周よしちかが目を丸くして言う。


「高橋くん、大丈夫?」


 白川さんも心配そうに僕の顔色を窺う。


「……5人だよ」と僕。

「は? 5人? ……あ……」


 良周よしちかも気づいたようだ。

 白川さんは訳が分からないといった様子で小首をかしげている。


「そうか! これで今年度の新サークル受付に間に合うんだ!」


 良周よしちかは嬉しくて、今にも飛び上がりそうな勢いだ。


「これでサークル棟に僕らの部屋が貰えるんだね!」と僕。

「二人ともどうしたの? でも、何か良いことがあったみたいね。良くわからないけど、おめでとう」


 白川さんは僕たちの覇者ぎっぷりに困惑しつつ、パチパチと拍手してくれた。


 僕たちは遂にサークルメンバーを5人集め、サークル棟の部屋と活動費5万円を手に入れる目処を付けることに成功した。


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