第9話 赤いメガネのデストロイヤー?
「ゼラチンもコラーゲンも似たようなものらしいよ」と
「そうなの? 知らなかった。ちょっと調べてみようかな。コラーゲンって表示のある美容食品ってどれも高いし、ゼラチンのほうがきっと安いよね」
白川さんが楽しげに言う。だいぶ
「どうだい、案外詳しいだろ?」
「そうだね。意外だったよ。でも僕たちが話していたのはゼリーの作り方じゃない。紙パック入りのジューズで作るゼリーの話だったんだ」と僕。
「確かに、そう言ってたっけ。私、ゼリーの作り方ばかり考えてた」と白川さん。
要点が掴めないという表情の
「紙パックのジュースでゼリーを作ると1リットルくらいゼリーが出来ちゃうでしょ? どうやって保存しておくのかっていう話をしてたの」
「え? 1リットル? それは多いな」と
白川さんは「そうでしょ」と
「じゃあ、答えを言おうか?」
僕が提案すると二人は頷いた。
そろそろ次の講義室に着く。
この話題をやめても、白川さんが
僕はそう踏んだのだ。
それに二人が出会ってしまった以上、成り行きに任せるしかないと諦めてもいた。所詮、僕はこの恋路には関係のない部外者なのだ。
「答えは『作ったゼリー液を紙パックに戻し入れて、冷蔵庫で冷やし固める』でした!」
僕は少し投げやりな気分で言う。
僕の答えを聞いて
白川さんはまだピンと来ていない様子だ。小首をかしげている。
僕は彼女に説明する。
「ゼリー液にするためにジュースは、全て鍋とか温め可能な器に移されてるはずだろ? するとジュースの紙パックは空っぽになるよね。それで、出来上がったゼリー液をその空の紙パックに戻せば、冷蔵庫の扉の飲み物スペースで冷やせるだろ? 出来上がったら好きなだけ紙パックからお皿に
白川さんは「そういうことか!」と言って、胸の前で手を合わせた。何度か見た仕草だ。この仕草が彼女の『分かった』のジェスチャーらしい。
「確かにその方法ならスペースの節約になるな」と
「だから『紙パック』って言ったのね」と白川さん。
「そういうこと。紙パックじゃないとダメなんだ」と僕。
「良いことを聞いたよ。帰ったら
僕は成り行きに任せることにしたものの、やはり『遠子』という名前が
「遠子さんって、佐野くんの奥さんのこと?」
白川さんが遂に
来た!
僕は体に緊張が走るのを感じた。
僕は白川さんと
「そうなんだ。良く知ってるね! そうか、
「あれ? どうしたんだ、
「本当ね、大丈夫? 高橋くん」
白川さんも心配そうに僕を見た。
「そ、そんなことないよ。気にしないで……」
それだけ言うので精一杯だった。本当は緊張で胃が痛い。
「そう? それなら良いけど……」
白川さんはまだ心配そうな顔をしている。
僕は「本当に大丈夫だよ」と言って、彼女になんとか笑って見せる。
彼女は「体調が悪いなら言ってね」と言ったが、なんとか納得してくれたようだ。
「それにしても、
彼女は僕から
「僕がかい? 近寄りがたい? そうかな?」
「うん。話してみて、印象は変わったけどね。佐野くんの周りって男の人ばっかりで話しかけづらくって」と白川さん。
「そう言われてみれば、確かに周りは男ばかりかも……」
「でしょ? だからずっと話しかけたかったんだけど、勇気が出なかったんだ」と白川さん。
「なるほどね。それで? 僕にどんな用なの?」と
僕は居ない者の様に黙って二人のやり取りを見ている。
「うん。実はね……」
彼女が真剣な顔で要件を話しだそうとした時、講義開始のチャイムが廊下に鳴り響いた。
「大変!」
彼女はそう言うと僕たちを見て「この話は後で! 急ぎましょう!」と言った。
僕と
そして3人で駆け出した。
僕はこの時、急に白川さんを気の毒に思った。
彼女の話の邪魔をチャイムがするのは、本日2回目だ。しかも僕もチャイムと一緒になって妨害するものだから、彼女はずっと話したいことが話せないでいる。
僕の前を走る白川さんの背中を見ながら、僕は『邪魔ばかりして、ごめんね』と心の中で彼女に謝罪した。僕はもう彼女の邪魔はしまいと心に誓った。
◆
僕たち3人はこそこそと講義室に入った。
有り難いことに担当講師は僕らを一瞥しただけで、咎める事はなかった。
僕らは隣り合って席に着く。
「高橋くんも佐野くんもこの講義が今日の最終講義だよね? さっきの話はこの講義が終わったら」
白川さんが僕の右隣で声を潜めて言った。
「了解、問題ないよ」
白川さんに
◆
講義が終わり、ほとんどの学生は足早に講義室を出て行った。僕と
「二人とも残ってもらってごめんね」
白川さんは席を立ち、まだ席に着いたままの僕と
いつの間にか講義室には僕たち3人だけになっていた。
僕は静かになった講義室を眺め、そして急に気が付いた。
白川さんは僕に用事は無いはずだ。
彼女にとって僕の存在は話の邪魔になるのでは?
これから告白しようという時に他人がいては、言いたいことも言えないだろう。
僕はもう彼女の邪魔をしないと決めたのだ。ここはさり気無くこの場を去ろう。何があったかは明日、
「白川さん、
僕はそう言って、席を立とうとする。
「待って、出来れば高橋くんにも居てほしいの」
白川さんが慌てて言う。
告白の場に僕が居ても良い?
何を考えているのだろう。
僕には見当もつかなかった。
「……良いの? じゃあ、お言葉に甘えて……」
僕は椅子に座り直す。
白川さんが居て良いと言うのならいさせてもらおう。修羅場になる展開だって有り得るかもしれないと若干不安に思っていたので、彼女からの許可は願ったり叶ったりだ。
もしもの時は、僕が2人の間に入ろう。
僕が座り直すのを確認すると彼女はすうっと深く息を吸い込んで吐き出した。緊張を和らげようとしているようだ。
遂に僕が今日一日阻止しようと奮闘していた言葉を彼女が口にするのだ。
僕も緊張で手が汗ばむ。
「実はね、佐野くんが作ったサークルに参加させてほしいの」
一瞬の静寂が訪れた。
僕は彼女の言葉を理解するのに数秒かかった。
「え? そんなこと?」
僕は想定外の彼女の発言に拍子抜けした。
隣の
「どうしたんだ? 間抜けな顔して」と
「いや、別に何でもないよ!」
僕は慌てて首を振る。
そして自分が大きな誤解をしていたことに気が付き、体が熱くなった。
「大丈夫? 顔が真っ赤よ。やっぱり体調が悪いんじゃない?」
白川さんが心配そうに言う。
「いや、本当に何でもないんだよ。僕のことは気にしないで……」
僕は動揺を見せまいと無理やり笑顔を作って答えた。
なんて間抜けなんだ!
僕はとんでもない思い違いをしていたようだ。思っていた事を言葉に出さなくて本当に良かったと心の底から思った。
深刻そうな顔をしていたから、僕はてっきり……。
まさかサークルに入りたいなんていう話だとは思いもしなかった。
……ん?
サークルに入りたい?
「……サークルって動画研究会のこと?」と僕。
白川さんが「そうよ」と答え、頷く。
僕は
良周も驚いた顔をしている。
「白川さん、YouTubeに興味あるの?」
そう訊ねたのは
白川さんはその言葉を聞いて、急に困った顔をした。
「実は、YouTubeにはあまり興味がないの」
再び静寂が訪れる。
「え?」
「は?」
僕と
意味が分からない。
動画研究会に入りたいのにYouTubeに興味がない。
どういうことだ?
僕らの腑に落ちないという心持が顔に出ていたのだろう、白川さんは僕と
「変よね。だから佐野くんに相談してから、正式に加入させて欲しいってお願いしようと思って……」
白川さんが困った表情のまま、そう言った。
「ごめん、理解が及ばなくて……。白川さん、動画研究会はYouTubeに動画投稿するのが主な活動になる予定なんだけど……。YouTubeに興味がないなら、どうしてうちのサークルに入りたいの?」
当然の疑問だと僕も思った。
YouTubeに興味のない人がYouTubeに動画投稿するのが主な活動目的のサークルにどんな用があるというのだろう。
「実は、家族がYouTubeで動画投稿しているの。それが大変そうで……。私も手伝いたいんだけど、何にも分からなくて……。家族に教えてもらえば良いのだろうけど、忙しそうで教えてって言い出しにくくて……」
白川さんは話しながらどんどん悲しそうな顔になり俯く、そして話を続けられなくなってしまった。
「家族に頼らずに動画制作を学びたいってわけかい?」
白川さんは俯いたまま頷く。
僕は二人の会話を聞きながら、彼女が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます