赤いメガネの白雪姫
第5話 白川さん
5月末の新サークル受付終了まで、気づけばあと半月になっていた。1ヶ月もあれば1人くらいと思っていたが、今のところ5人目のメンバーは見つかっていない。
サークル活動自体はまだ開店休業状態だ。
活動用の部屋も無いし、メンバーは皆1年生。大学生活の細々した準備でバタバタしている。
そのため本格的なサークル活動は、5月末の新サークル受付終了以降に始めようという話になっている。
「もう1人見つけないとやばいよね」
僕は次の講義が始まるのを待ちながら、スマートフォンでスケジュールアプリを立ち上げて言った。
「そうなんだよな。あと1人なんだけど……」
「
「僕の人脈の無さを舐めるなよ」と僕。
僕らは示し合わせたかのように同時にため息をついた。
そろそろ講義が始まる。
ノートをとる準備を始めよう。
僕はスマートフォンを見るのをやめ、椅子にひっかけたリュックから筆記用具を取り出そうと後ろを向いた。
その時だ、僕は一人の女子学生と目が合った。
彼女は驚いたように視線をそらす。話をしたことはないが、同じ学科の
同じ学科と言っても200人近く1年生がいる。正直、その中で名前を知っているのはほんの一握りだった。白川さんはその数少ない僕が名前のわかる学生の一人だ。
白川さんはいつも俯きがちで、彼女のかける赤い太縁のメガネの印象ばかりが強い。黒く艶やかな長い髪を右肩のほうへ寄せ、緩くシュシュでまとめている。正直、俯きがちなのと赤いメガネの所為で、彼女の顔が上手く思い浮かべられない。メガネは目立つが、どちらかというと大人しくて目立たない学生だ。
では僕が何故彼女を知っているかというと、僕が受講しているある選択講義を彼女も受講しているからだ。
この大学では1年生は一般教養が多く、必要単位が取得できるよう自分で選択して受講する。
受講できる一般教養は学科ごと決まっている。同じ学部なのだから受講する講義が被るのは当たり前なのだが、僕が受講した『西洋美術史』は受講生が8人しかいない。そのため担当講師との距離が近く、講師は講義中によく受講生の名前を呼んでは質問する。
そのような理由で、僕はこの『西洋美術史』を一緒に受講している学生の名前は全て覚えてしまったのだ。
ちなみに
「今日も白川さんと目が合ってしまった」
僕がぼそりと呟く。
「またか。最近、よく目が合うんだっけ? 彼女、お前に気があるんじゃないか?」
「それはないと思うな」と僕。
「なんでわかるんだ?」と
「何となくだよ」
僕ははぐらかすようにそう言った。
実は僕には彼女と目が合う理由がわかるような気がしている。
たぶん、彼女は
僕はこのように考えていた。
そのうち彼女も他の女子学生たちと同じように訊いてくるに違いない「佐野くんって彼女いるの?」と。
そして僕はいつものように
なんだか想像しただけでうんざりしてくる。
僕は慌てて馬鹿馬鹿しい考えを中断した。
講義が終わり、僕は一人で次の講義室に向かうために筆記用具を片付けていた。
筆記用具の片づけが終わり、僕は椅子にひっかけてあったリュックを掴むと講義室の出口に向かった。
「高橋くん」
僕は呼び止められ、振り返る。
声の主は白川さんだった。白川さんに名前を呼ばれたのは初めてだ。彼女も僕と同じで西洋美術史の受講生の名前を全員覚えているに違いない。
「高橋くんって次の講義は情報学概論?」
僕が黙っていると、彼女が質問してきた。
「うん。そうだけど……」と僕。
「私もそうなんだけど、一緒に行かない?」
白川さんは少し緊張した面持ちで言った。
「構わないよ。じゃあ、一緒に行こうか」と僕。
「ありがとう……」
白川さんは僕に礼を言うと僕の隣に小走りに走り寄り、歩きだした。
歩きながら、僕は『ついに来たな』と思っていた。
きっと彼女は
僕は白川さんに気づかれないように気を付けながら横目で彼女を見た。
遠くから見ていても綺麗な黒髪だと思っていたが、近くで見ると彼女の白い肌とのコントラストで髪が黒々と艶やかに際立って見えた。そこにメガネの赤が彩りを添える。
……白雪姫……
僕は彼女を見ていて、童話のお姫様を思い出した。
童話の白雪姫は頬と唇が赤いという事だったが、僕の隣を歩いている彼女は差し詰め『白雪姫メガネバージョン』と言ったところだろうか。遠目では派手だと思っていた赤いメガネも、近くで見ると彼女に良く似合っている。この色を選んだもの納得だ。体格が小柄で華奢なところも、僕のイメージするお姫様像に近い。
ただ童話に出て来るキラキラしたお姫様と違って、彼女の纏う雰囲気はどちらかというと地味な印象だ。
「高橋くん」
僕がそんなことを考えているとも知らず、赤いメガネの白雪姫が僕に話しかけてきた。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」
僕の様子を窺いながら、彼女はそこまで言うと言葉を切った。
「僕にわかることなら」
僕が答えると彼女は僕から目を離し、前に向き直る。歩くときも俯きがちだ。彼女は自分の足元ばかり見ている。今は僕がいるから良いが、1人でいる時もこのような姿勢で歩いているなら危なっかしい。
僕はいつも以上に周りに気を配りながら歩いた。彼女は自分の足元に視線を落としたまま話し出した。
「高橋くんって、佐野くんといつも一緒にいるよね?」
やはりそうきたか!
予想通り彼女も他の女子学生たちと同じ目的で僕に近づいて来たんだ!
僕はそう思った。
「まあね。仲の良いほうだとは思うよ」
僕は平静を装い、彼女の質問に返事をしながら彼女を見る。
彼女は困ったような、思いつめたような表情をしていた。その表情からは彼女の真剣な思いが読み取れるようだ。
今までに無いパターンだ。
僕は胃の辺りがざわつくのを感じた。何だか今まで対応してきた女子学生たちとは雰囲気が違う気がする。
今まで僕に
当然だろう。僕は彼女らの思い人ではないのだから。僕にそんな素振りを見せても何のメリットもない。
むしろ僕に気づかれるという事は、自らアピールする前に
前述のような理由、もしくは本当に軽い気持ちからか彼女らはとても気軽な雰囲気で僕に
しかし、目の前にいる白川さんは違う。彼女からは『これから真剣な話をしたい』と思っているだろうことが手に取るように伝わってくる。
彼女はこういう駆け引きが苦手なのだろうか?
いや……、もしかして僕にわざと暴かせて
もしそうなら彼女はかなりの恋愛上級者だ。
その時だ、白川さんが次の言葉を発しようと僕を見る瞳が彼女のメガネ越しに見えた。潤んでいる。何だか今にも泣き出しそうだ。何か話したそうだが緊張からか言葉が出ないと言った様子だ。
これでは恋愛上級者というより恋愛初心者じゃないか!
何だか彼女のその様子から目が離せない。
この表情は僕に見せるべきものではない。
本命の相手との本番に奥の手としてとっておくべき
「本当は佐野くんに直接聞けば良いのだけど、勇気が出なくて……。高橋くん、ちょっと相談に乗ってもらえるかな?」
白川さんが上目遣いに僕を見て言った。彼女の言葉はほぼ予想通りだった。
だが僕は今とても困惑している。
果たして白川さんにいつもの対応をする事は正解なのか?
そう思ったからだ。
このままではきっと彼女は遅からずあの言葉を口にする。
『佐野くんって彼女いるの?』と。
きっと彼女は真剣にそう訊いてくるに違いない。
その際、いつも通り
今更ながら僕は、これまで対応してきた女の子たちに申し訳なく思い始めていた。
きっと表情にこそ出さなかったが白川さんと同じ様に真剣に
何だか嫌な気分になった。罪悪感で居たたまれない心持だ。
僕は他人の気持ちに鈍感すぎた。
せめて、これからは出来るだけ傷つけない対応をするようにしたい。先ずは今は目の前にいる白川さんだ!
どうすれば白川さんを出来るだけ傷つけずに
因みに
僕の見解ではあるが
よって白川さんを出来るだけ傷つけず、且つ彼女に
さて、どうすれば目指すゴールに無事到達出来るのだろうか?
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