第4話 良周

「じゃあ、次は史一ふみかずの番だな。お前も何か質問があったりするか?」


 良周よしちかが言った。

 雄太ゆうた恭平きょうへいがこちらを見る。


「質問はないかな。今日は新しいことがいっぱいで、これ以上は処理しきれないよ」


 僕は首を横に振ってみせた。色々と考えさせられることが多く、今は一刻も早く今日知ったことを持ち帰って良く考えてみたい。そんな気ぶんだった。先ほど良周よしちかに教えてもらったインターネットリテラシーの診断にも挑戦してみたい。


「じゃあ、自己紹介で良いかい?」

「僕には加入するかしないかを訊かないのか?」

「もしかして、今の話を聞いて恐くなったのか?」


 良周よしちかに言い当てられ、僕は一瞬言いよどむ。図星だ。


「そ、そんなことはないよ。もちろん加入するつもりさ」


 虚勢を張ってみせると、良周よしちかはそれを見透かしたようにニヤリと笑った。


「じゃあ、自己紹介で構わないじゃないか」と良周よしちか


 僕はしぶしぶ「まあね……」と同意した。

 僕はふうっと息を吐いてから、雄太と恭平のほうに向き直った。


「僕の名前は高橋たかはし史一ふみかず。僕もみんなと同じで1年だ。YouTubeを見るのが趣味で、それを知っていた良周よしちかに誘われて加入することになったんだ。まだどんな動画を作りたいかも決まってない。もしかしたら一番の初心者かもしれないけど、これから宜しく」


 僕は言い終えるとばつの悪さを誤魔化すために、頭を掻きながら小さくお辞儀した。


「高橋くん、君のことは何と呼べばいいかな? 史一ふみかずで問題ないかい?」と雄太。

「もちろん! 名前を呼び捨ててくれるので構わないよ」と僕。

「良かった。僕も相当初心者だと思っていたから、他にも動画投稿未経験者がいてくれてホッとしたよ」と恭平。

「僕もだよ。今日は色々知らないことばかりで焦ったよ」


 僕は恭平にそう返事した。


「僕は少し投稿経験があるから、僕の出来る範囲で君たちをサポートするよ」


 雄太が僕と恭平に言う。

 雄太と恭平はとても気さくに話しかけてくれる。今日一日で良い友達が二人も出来た。僕はそう感じていた。

 僕はこんな機会をくれたことについては、良周よしちかに感謝しなければならない。


「じゃあ、最後は良周よしちかだな」


 僕がそう言うと良周よしちかは「そうだね」と頷いた。

 良周よしちかは短い髪を右手で整えるような仕草をしながらおもむろに立ち上がる。

 雄太は痩せ型、恭平は肥満型。良周よしちかは体格的にはどちらかというと痩せに近い標準体型だ。身長は僕と同じくらいなので、170センチメートルといったところだろうか。きっちりとアイロンのかかった清潔感のある水色のカジュアルシャツが良く似合っている。顔立ちもなかなか整っている。しかも、サークルを立ち上げようとしている姿からもわかると思うが、行動力もリーダーシップもある。人当たりも良いほうだ。そんな風体の為か本人は気づいていないが女子学生から人気があるらしい。


 何故僕がそんな本人も知らないことを知っているのかというと、僕が良周よしちかつるんでいることが多い為だ。

 良周よしちかがモテそうだと言うことはみんな何となくわかるらしい。そのため彼女らは良周よしちかにアプローチをする前に、先ず僕に次のような質問をしに来るのだ。


『高橋くんって佐野さのくんと仲が良いよね。佐野くんって彼女いるの?』と。


 佐野というのは良周よしちかの名字だ。

 そして僕は彼女らの質問にいつも同じ回答をする。すると決まって彼女らはとても驚き、それ以上良周よしちかとの距離を詰めようとはしなくなる。

 こんな場面に入学以来、僕は何度も遭遇していた。

 因みに入学以来、僕と仲良くなりたいと言ってくれる女子学生は特にいない。こんなに目立つ良周よしちかと一緒に居るのだから彼女らの視界に少なからず僕も入っているはずなのだが……。

 僕はそんなことを考えながら、良周よしちかの自己紹介に耳を傾ける。


佐野さの良周よしちか。1年。今、YouTubeに投稿する動画を鋭意作成中。僕はガジェット紹介の動画を投稿していきたいと思っているんだ。これから宜しく! ちなみに、僕のことも名前で呼び捨ててくれ」

「ガジェットか。良いね!」と僕。

「ガジェットって何だい?」


 恭平が訊ねる。


「YouTubeでガジェット紹介って言うと大抵は便利な電化製品をレビューしてるイメージだな」と雄太。

「そうそう。便利アイテムくらいの意味らしいけど、良く観るのは電化製品の紹介だね」と僕。

「へえ。でも電化製品を買ってレビューするなんて、お金がかかりそうだね。大丈夫かい?」と恭平。

「まあ、最初のうちは本当に必要で買ったものやリサイクルショップで安く手に入れたもので挑戦してみるつもりだよ。電化製品ではない便利アイテム紹介もやってみたいんだよね」


 良周よしちかはそう言うと、食堂の柱に掛かっている時計に目をやる。


「結構自己紹介に時間がかかってしまったね。みんなまだ殆ど昼飯に手を付けてないんじゃないか? サークルの現状については食べながら話そう」


 良周よしちかはそう言うと席について箸を手に取った。

 僕たちも各々おのおの、昼食に手を着け始める。

 僕と雄太は弁当と総菜パンの昼食なので少々食べる時間が遅くなっても特に問題ない。

 良周よしちかはというと食堂の肉うどんをすすり始めた。きっとだいぶ冷めてしまって、麺も延びたに違いない。かわいそうにと思いながら僕は弁当の玉子焼を口に運ぶ。

 恭平はどうだろう。彼も食堂で昼食を注文していたはずだ。そういえば、彼が食堂の注文の列から帰って来てからカレーの美味しそうな匂いがしている。

 僕は隣の席の恭平に目を向ける。が、恭平の目の前の食器は空っぽだった。


「え! 今食べ始めたばかりだったよね?」


 僕は驚いて恭平に訊いた。


「ん? まあね。僕、早食いなんだ」


 恭平はそう言いながら紙ナプキンで口元を丁寧に拭いた。

 早食いなんてレベルではない。目にも留まらぬ早さだ。この調子で食べる場面を動画にしても、とんでもなく短い動画しかできないだろう。動画のためにももっとゆっくり食事をすることを彼は覚えるべきかも知れない。

 僕が恭平の食べっぷりに呆気にとられていると、良周よしちかが話し始める。


「食事をしながらで良いので聞いてくれ」 


 良周よしちかは自分もうどんを咀嚼しながら話し続けた。


「現在のサークルメンバーはここにいる4人だ。まあ、4人でもサークルとして活動することは、この大学の規定上問題ない。だが、5人以上加入者を集めると年間活動費5万円とサークル棟に部屋がもらえるんだ」


 そう言えば、僕をサークルに誘った際も良周よしちかは5人集めたいような事を言っていた。あれはこの事があっての発言だったようだ。


「なるほど、それは出来れば貰っておきたいね。大学がサークルに部屋や活動費を提供してくれるなんて珍しいね。大抵はどこの大学でも自分たちで会費なんかを集めて運営しているのに」


 雄太が総菜パンを頬張りながらそう言った。


 中学、高校の部活は部室を学校側が提供してくれるし、部費もある程度は支給してくれる場合が多い。しかし大学のサークルは基本的に学生が自分たちの裁量で活動している。よって活動に必要な費用は自分たちで賄う。その代わり自由度も高い。

 因みに、大学にも部活動はある。部活動は大学に公認されている場合も少なくなく、設備面でもサークルより優遇されやすい。真剣に活動している人が多く、そのぶんお金がかかる場合もある。OBなどから支援を受けることができれば、部員が払う活動費が押さえられる事もあるが。コンクールや大会という目標に向けて真剣に活動しているため、自由度は低くなる傾向もある。


「この大学はサークルに寛容みたいだね。サークル活動を活発にやっていると就職にも有利なこともあるだろうという判断らしい。そのかわり、活動報告を年に一回は提出する必要があるみたいだ。活動報告が大学側に認められないと次の年は活動費は出ないし、部屋も取り上げられてしまう」


 そう言い終わると、良周よしちかはうどんを啜った。


「なるほど、遊んでるだけのサークルはそうやって弾かれるのか」と僕。

「そういうことみたいだね」と良周よしちか

「活動費はともかく、部屋をあてがってもらえるのは助かるね」と雄太。

「活動費だって助かるだろう?」


 恭平が雄太に訊ねる。


「動画を作るのには色々機材が必要でお金がかかるから、5万円ではそんなに足しにはならないよ」


 雄太がそう恭平に答えた。


「そうなのか? 実はどんな機材が必要かもまだわかってないんだ」と恭平。

「僕も全くわかっていないんだよね。5万円ってそれなりの金額だと思うけど」と僕。

「動画を撮ったり編集したりする機材を買うという意味では、5万円では難しいね」


 うどんのどんぶりを置きながら良周よしちかが言った。どうやら昼食を食べ終えたらしい。彼は言葉を続ける。


「だからサークルの部屋がもらえたら、その部屋にみんなの撮影スタジオを作る足しにしてはどうかと考えているんだ。まあ、最終的には活動資金がもらえた時点で加入済みのメンバーで話し合って決めれば良いとは思うけどね」

「なかなか良いアイデアだね。僕は今のところそういうものがなくても動画を作れているけど、スタジオがあれば使ってみたいよ」


 雄太は乗り気だ。

 僕にはまだピンとこなかったが、なかなか良いアイデアのようだ。

 僕は弁当を頬張りながら、なんだかワクワクし始めている自分がいることに気づいた。

 サークルメンバー同士で話し合うことでどんどん方向性が見えてきている気がする。それぞれがそれぞれの動画を作るサークルなんて纏まれるのか? 僕はそう思っていた。でも、その疑問は今の彼らの姿を見て吹き飛んだ。同じような目標をもった人間が集まることで情報を共有し、切磋琢磨し合えるサークルになるかもしれない。


「とにかく、まずはもう一人加入してくれる人を見つけなければ5万円も部屋も手に入らないんだ」


 良周よしちかの言葉に僕は現実に引き戻される。そうだった、現在のメンバーは4人。今のままでは1人足りない。


「だから君たちの周りでYouTubeとか動画制作に興味がある人が居たら紹介してほしい。僕のほうでも誰かいないか探してみるから」


 良周よしちかの言葉に雄太が「わかった。今は思い当たらないけど誰かいないか考えてみるよ」と返事した。

 恭平は「そんな人いるかな?」と自信なさげだ。

 良周よしちかは自分も探してみると言っているが、探して引き入れられたのが僕なのだろう。他に彼の周りに動画が好きそうな人物がいただろうか。僕には思い当たらない。もちろん僕の周りにも。


「新サークルの受付は5月末までなんだ。それまでにはもう1人メンバーを集めたい」と良周よしちか


 今日はもう4月下旬。猶予はあと1ヶ月と言ったところか。まあ、1ヶ月もあれば1人くらい何とかなるだろう。


 その後、僕らは取り留めもない話をしながら昼食を済ませ、各々おのおの午後の講義に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る