第3話 大柄な男

 僕はどんなYouTuberになりたいんだろう?


 細身の男、仲村なかむら雄太ゆうた良周よしちかのやり取りを聞いていた僕は、YouTubeに投稿するという事のメリットとリスクについて、もっと考えるべきだと感じ始めていた。


「さて仲村くんの自己紹介が終わったわけだけど、君は何かサークルに加入する前に訊きたいことがあるかい?」


 良周よしちかが大柄な男に訊ねる。


「そうだなあ……」


 大柄な男は天井に視線を泳がせる。

 僕は隣に座るこの男が何を言うのかと、彼をまじまじと見た。

 彼は髪の生え際に汗をかいている。僕らがいる食堂はエアコンこそ今の時期は稼働していないが、別段気温が高いとは思わない。むしろ寒いくらいだ。この気温でも汗をかく人があるのだなと少々驚いた。大柄、大柄と言っているが失礼を承知で言わせてもらえれば、彼は太っている。太った人は真冬でも汗をかくと聞いたことがある。

 僕は彼の汗が流れるのを見ながら、あれは本当なのだなとどうでも良いことを考えていた。


「今の2人の会話を聞いていて思ったんだけど、YouTubeに動画を投稿すると他にはどんなリスクがあるんだい?」


 どうやら大柄な男も僕と似たようなことを感じていたらしい。動画投稿のリスクについては僕も知っておきたいところだ。


 良周よしちかは何と答えるだろう?


 僕は良周よしちかに注目した。


「その他のリスクか。僕も全部わかっているわけじゃないけど、知ってる範囲でならいくつか話そうか?」

「出来ればお願いしたい」と大柄な男。

「僕も聞いておきたい!」


 僕も大柄な男に賛同して言った。


「僕は君が言った以外に知っていることがあれば、補足しよう」


 仲村雄太は顔の横あたりで控えめに手を挙げて言った。

 良周よしちかはその言葉に頷く。


「頼もしいね!じゃあ、補足は仲村くんにお願いしよう」


 良周よしちかのその言葉を聞いて、仲村雄太が言う。


「雄太でいいよ。みんなも僕のことは良ければ雄太って呼んでくれ」


 彼はそう言って、僕と大柄な男を見た。

 僕らは頷いて了承する。


「わかった。じゃあ雄太、補足があればよろしく」


 そう言うと、良周よしちかは動画投稿のリスクについて次のように話した。


 動画投稿に限ったことではないが、SNSで顔出しするなら個人情報がある程度漏えいすることを覚悟する必要がある。ニックネームで投稿していても知り合いが動画や写真をみれば、その人には本名がわかってしまう。その知り合いにインターネットリテラシーが不足していれば投稿者の個人情報がSNSなどで拡散されてしまうことだってあり得るだろう。そしてその流出した情報を目にするのは善人だけではないことを覚えておくべきだ。

 顔出しにはもう一つリスクがある。それはストーカー行為の被害者になり得るという事だ。顔出しすれば視聴者は投稿者に親しみを持ち、ファンになってくれることもあるだろう。だが世の中には画面を通して一方的に見ているだけなのに、親しみ以上のものを感じて付きまとい行為を行う人間が残念ながら存在する。そして、付きまとう人間も流出した個人情報をもちろん見る可能性がある。自分がこのようなストーカー行為の被害者になり得ることを理解しておくべきだろう。

 顔出しをしていなくても危険なことは他にもある。インターネット上の自分の行為が、炎上やサイバーストーカーと呼ばれる人々の目にとまり、ある種の正義感による過剰な攻撃の対象になることがあることも覚えておいたほうが良いだろう。この炎上とサイバーストーカーは動画投稿などSNSを使っていなくても巻き込まれる可能性があるが、動画投稿者はその対象に大変なりやすい。

 一度投稿した動画は永久に消せない可能性があることも知っておくべきだ。インターネットに投稿した時点で誰かにダウンロードされ、あとから考え直して消そうと思っても時すでに遅しという状況になっている可能性もあるからだ。もし、のちのち自分が投稿したものを黒歴史だと感じたり、感情的だったと後悔しても遅いことがあるのである。動画にしろ文章にしろ、インターネットへの投稿はよく考えて行うべきだ。

 また、YouTubeとは関係ないかもしれないが、SNSへの写真の投稿にも気を付けたほうが良い。写真には位置情報が含まれている可能性がある。また、位置情報を削除していても背景に映り込んだものがヒントになり自宅を割り出されるということも実際に起きている。

 むやみに自分のスケジュールを投稿するのも良くない。『○日から旅行に行きます』イコール『○日は家にいません』と言っているようなものだ。こういう行為が窃盗事件を招く恐れもある。どうしても投稿したいなら予定が終わってから投稿するべきだろう。同じような理由でリアルタイムな出来事を投稿する行為も危険をはらんでいる。


「一部YouTubeとは直接関係ないものもあったけど、こんなところかな? 補足はあるかい?」


 良周よしちかは一気に話して少々疲れた様子で、雄太に訊ねた。


「うん。大丈夫だと思う。細かいことを言うと、最近は写真はもちろんだけど、動画も鮮明に撮れすぎるから手のひらを見せるような行為もやめておくべきだね。何故かわかるかい?」


 雄太は隣の大柄な男に質問した。

 大柄な男は急に質問されて慌てながら、自分の手のひらを見た。慌てた為か、手のひらをじいっと見つめるその顔を汗がつーっと首もとまで流れる。


「……もしかして、指紋?」と大柄な男。

「正解!写真や動画で指紋を読み取れてしまうことだあるんだ。同じように目の虹彩や顔自体だって機器によってはパスワードの代わりに使われたりするだろう?」

「なるほど、そういう生体認証のようなものを使っている人は注意が必要なんだね」と僕。

「そういうことになるね。きっとこれ以外にも僕たちの知らない無数のリスクが存在する。自分にわからないことがあることを自覚しておいたほうが良いと思う」


 雄太は真剣な表情で僕に同意して言った。

 話をしているうちに僕は何だか少し恐ろしくなってきた。いつも楽しく使っているインターネットには沢山の危険も潜んでいるようだ。


「ここに居るみんなはそんなことはしないと思うが、自分が投稿したものが犯罪の証拠だったり、犯罪そのものだったりして警察のご厄介になったり、裁判の証拠になったりする話も聞くね。ああいうニュースを聞くと、せめて最低限のインターネットリテラシーは持ち合わせておきたいものだと思うね」


 良周よしちかがしみじみ言う。


「そういえば、ちょくちょく言ってるけど、そのインターネットリテラシーっていうのは何だい?」


 大柄な男が良周よしちかに訊ねた。


「ちなみに君はどんなことだと思うんだい?」


 逆に良周よしちかが大柄な男に質問した。


「インターネットを使う上でのマナーみたいなものかな。あってるかい?」


 良周よしちかの質問に大柄な男が答えた。


「そうだね。それも含まれているよ。でもマナーは実生活とインターネットとで分けて考える必要はない気もするな。実生活でされて嫌なことはインターネットでされても嫌だし。もちろんその反対も駄目だと思うね」と良周よしちか

「そうかマナーは人間関係があればどこにでも存在し得るんだな。場所は関係ないのか」と大柄な男。

「でも、相手の顔が見えないぶんインターネットではマナーを忘れがちだ。だから君の言うとおり、インターネットは普段以上にマナーに気をつけるべき環境なのかもしれないね」と良周よしちか

「じゃあ、マナーに気を付けるという僕の考えは問題ないんだね」


 大柄な男のその言葉に良周よしちかは頷いた。そして、補足する。


「僕の理解ではインターネットリテラシーというのは、道理や法を順守しつつ安全にインターネットを使うための知識や能力のことだ。君の言ったマナーは『道理』に含まれるかな。そして『安全に』という部分については、さっきまで話していた動画投稿のリスクの内容がそれにあたると考えていい。『法を順守』というのは雄太の自己紹介の前に話していた肖像権なんかがそれにあたるはずだ」


 僕は自分がインターネット上で何となく行っていた善いこと悪いことの判断に、名称があるという事実に驚いた。そして疑問が湧いてくる。


良周よしちか、君はさっき『最低限のインターネットリテラシー』と言っていたよな。最低限なんて言うからには『このくらいは知っておくべき』というものが存在するのかい?」


 僕は質問する。


「存在するだろうね。でも残念ながら僕も追いかけきれているとは言えないよ。インターネット上では日々新しいサービスが生まれている。今までの常識が明日にはひっくり返る可能性を秘めた社会に僕たちは生きているんだ。僕たちはせめて、新しいサービスを使う際にはまずそのサービスについてのリスクを検索して調べたり、自分なりにリスク評価をしてからサービスを使い始めるべきかもね。ちなみに、どうしても今のインターネットリテラシーのレベルが知りたければ『インターネットリテラシー チェック』でキーワード検索すれば子供向けの診断サイトくらいは見つかると思うよ」


 良周よしちかが僕の質問に答え終わると、今度は大柄な男が訊ねる。


「それってなんだかキリがないな。今、頑張って理解しても1か月後には知っておくべきことが増える可能性があるってことだろ?」

「そういうことになるね」


 良周よしちかが大柄な男に同意する。


「僕のおすすめは日々のITニュースのチェックかな」


 そう言ったのは雄太だった。雄太は話を続ける。


「ニュースサイトによってはITではなく情報だったり科学って分類されていることもあるね。そのあたりのニュースをチェックしておくと良いと思うよ。アプリの脆弱性ぜいじゃくせいや新しいサービスの情報、ITにまつわる事件なんかをニュースとして教えてくれるからさ」

「総合ニュースじゃ駄目ってことかい? ニュースはそこしか見ないんだけど」と僕。

「総合ニュースは回転が速いからね。必要なニュースが載ったとしても見逃すことも多いと思うよ。それに総合ニュースに載らないような記事でも、YouTubeをやってるような人間には重要な記事があったりするしね」と雄太。


 雄太の話を聞き終わると大柄な男は腕組みして「なるほどな」と言った。


「そんなわけで今話した以外にも投稿者としてYouTubeを始めるなら知っておいたほうが良いことは、今後も山ほど出てくるだろう。まだ話せてないこともあるかもしれない。だけど二人ともそろそろ頭が疲れてきたんじゃないかい? この話は今日のところはこのくらいにしないか?」


 良周よしちかが提案した。


「そうだね。ちょっと頭を使いすぎて疲れてきたよ」と僕。

「じゃあ、ここで改めて訊くよ。君は動画研究会に加入してくれるかい?」


 良周よしちかが大柄な男に言った。

 大柄な男は腕組みしたまま僕たちを見回し、良周よしちかのほうを向いた。


「そのつもりで来たからね。もちろん加入させてもらう。それにこのサークルなら今のような情報も君たちから得られそうだ。そこにも興味が湧いたね」


 大柄の男はそう言うと、腕組みをほどいて話を続けた。


「僕は寺田てらだ恭平きょうへい、1年。恭平きょうへいと呼んでくれ。趣味は食べ歩き。YouTubeでグルメ系の動画投稿をしたいと思ってるんだ。動画はスマホで撮影するくらいの知識しかないんだけど、加入させてもらえるかい?」


 恭平きょうへいが話し終えると、良周よしちかは「もちろんだよ! 歓迎する!」というと恭平きょうへいの目の前に手を差し出す。

 恭平きょうへいが差し出された手を握り返すと良周よしちかは嬉しそうに「宜しく!」と言いながら握手した手をぶんぶんと振った。


「リスクとか危険性の話ばかりになっちゃったから、嫌になってしまったんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ」と良周よしちか

「まあ、少し恐い気もするのは確かだね。でも今の話を聞いて、YouTubeだけじゃなく他の全てのSNSでも同じなのだろうなって感じたんだ。だから無闇にYouTubeだけを遠ざけても意味がないと思ったんだ」


 恭平きょうへいの言葉に僕はハッとした。

 実はみんなの話を聞いて、僕は少しYouTubeを恐いと感じ始めていたのだ。

 でも恭平きょうへいの『全てのSNSでも同じ』と言う言葉で目が覚める思いがした。この恐ろしさから逃れるには全てのSNSから離れる必要があるのだ。果たしてそのようなことが可能だろうか? そして、それは正しい行動だろうか? そうやって今は全ての危険から逃げおおせたとしても、今後どうしてもSNSの活用が必要になったとき僕はどうするのだろう。

 逃げ出したツケが未来に回ってくるのではないか。


「大学では学べないことがこのサークルで学べそうな気がするしね。新しいことに色々挑戦してみたいんだ」


 恭平きょうへいが続けて言う。


 彼はなんて向上心の高い人なのだろう。

 それに比べて逃げ腰になっている僕のなんと情けないことか!

 できない理由に捕らわれて、恐ればかりを募らせている僕とはまるで違う。

 何事に対しても恭平きょうへいのように有りたいものだ。

 恐れを感じることももちろん必要だが、僕も果敢に挑戦する心を養うべきかも知れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る