第2話 細身の男

「今日は3人とも貴重な昼休みに集まってくれてありがとう!」


 良周よしちかはそう言うと、僕らを見回し「それでは第一回、動画研究会定例会を行います」と、かしこまって宣言した。

 すると僕の隣の席に並んで座っている2人が、やる気なさげにパチパチと拍手する。彼らが良周よしちかが昨日言っていたサークルメンバーのようだ。


 ここは拍手をする場面だったのか。


 僕は早くもサークルの雰囲気に付いていけていないようだ。だが付いていけないくらいで丁度良いのかもしれない。

 実はこの定例会は学食で開催中なのだが、学食を利用しに来た一般の学生たちが拍手の音に驚いて、何事かとこちらをジロジロと見ている。

 そうなのだ、拍手をしない僕がおかしいのではない。こんな場所で定例会なんてものを始めようとしているのが間違っているのだ。


「早速だけど今日の定例会の議題は、今の動画研究会の状況報告とサークルの仲間同士の顔合わせだ」


 良周よしちかは周りの視線など物ともせず話を続けた。なかなか肝が据わっている。僕は思わず感心してしまった。


「そういうわけで昼食でも食べながら話をしようか。みんな、昼飯は用意して来てるかい? ちなみに、僕は学食で何か買ってくるよ」


 良周よしちかはそう言って、食券機のほうを指さした。

 すると僕の隣に座っていた大柄な男が「僕も」と言って席を立つ。

 大柄な男が席を立つと、彼の隣にいるもう1人の姿が見えた。小柄で細身なその男は、テーブルに置いたレジ袋から総菜パンを取り出している。

 僕はというと、弁当持参だ。

 細身の男が僕のほうに振り向く。


「君は弁当なんだね。実家暮らしかい? 僕は実家を離れて悠々自適だとは思ってるけど、食生活だけは実家の時が良かったな。黙っていても飯が出てくる」

「まあね。でも、この弁当は自分で作ったし、うちは家族で家事を分担してるから、僕は一人暮らしのほうが楽になれるかも」

「へえ! 君、料理が出来るのか。最近の男って感じだね。料理が出来るとモテるんじゃない?」


 そうなのか?

 料理が出来るのが女性へのアピールポイントになるとは思いもしなかった。


「残念ながら、彼女はいないよ。料理が出来る男はモテるのかい?」


 細身の男の言葉に俄然興味をそそられ、僕は質問し返した。


「そうじゃないかな? 今は女性も外で働く時代だし。結婚するつもりで付き合うなら、料理が出来る男のほうが良いと思ってるんじゃないか?」


 なるほど。

 確かにそうかもしれない。


 僕が細身の男の考えに感心していると、細身の男は「でも……」と言いながら顎に手をやり、言葉を続ける。


「やっぱり一番モテるのは、しっかり稼ぐ男らしいよ。少し前にテレビで見たんだけど、最近の女性の憧れの職業は専業主婦なんだって」


 少々困り顔で細身の男がそう言った。


「料理が出来る男よりも?」


 僕がそう訊ねると、細身の男は申し訳なさそうな表情を作って「たぶん」と言って頷く。


「何だか世知辛いね」


 僕が弱弱よわよわしくそう言うと、細身の男も「そうだね」と同意の意を示してくれる。

 モテ期到来かと一瞬感じたが、どうやらそうはなりそうもない。


「お互い好き同士なら、それだけで幸せだと思うんだけどな」


 ぼやくように思ったままを口にすると、僕はため息をついた。


「そんな風に思ってくれる相手に出会いたいものだね」


 細身の男はそう応じると、僕と同じようにため息をつく。


「そうだね。ちなみにそんなことを言うって事は、君には彼女が……」


 僕はそこまで言って口ごもる。

 言い始めて気づいたが、流石に初対面の相手に訊くような事ではなかったと、気がついたのだ。


「もちろん、いないよ! 彼女いない歴イコール年齢さ! だから実のところ、僕は専業主婦になりたいって言われても良いから、そろそろ彼女が欲しいね!」


 僕の言いかけた言葉を推測して、細身の男は気分を害した様子も無く答えてくれた。

 だが、こんな事を言わせてしまった僕は何だか申し訳ない気持ちになる。


「何だか変な事を訊いて、ゴメン。この話題はそう。何だか悲しい気持ちになって来たよ」


 僕がそう言って謝罪すると、細身の男は笑いながら頷いて同意を示してくれた。


 丁度そこへ良周よしちかと大柄な男が昼食のお盆を持って帰ってきた。

 僕と細身の男は大柄な男が座りやすいように少し横へ避ける。

 大柄な男は「ありがとう」と言いながら僕らの間の椅子に座った。

 良周よしちかも「待たせたね」と言いながら僕の斜め向かい、大柄な男の正面の席に着いた。


「じゃあ昼飯を食べながら、まずは自己紹介といこうか」


 そう言うと良周よしちかは僕らを見回し、右手を大柄な男のほうへ差し出す。


「じゃあ、君からお願いして良いかい? 名前と学年、もう動画を作っているならどんな動画を作っているかも教えてもらえるかな?」

「ちょっと待て、良周よしちか。彼らは知り合いじゃないのかい?」


 僕はちょっと面食らった。僕以外はみんな知り合い同士だと思っていたのだ。


「いいや。初対面だ。メールでやり取りしただけだからな」

「メールって……。じゃあ、どうやって彼らはこのサークルのことを知ったんだい?」

「それは、これを見てだよ」


 そういうと、良周よしちかはテーブルの上に置いていたファイルからA4サイズの紙を1枚取り出すと僕に差し出した。僕は紙に書かれた文字を読んだ。


『動画研究会発足! メンバー求む! YouTubeなどに興味のある人大歓迎! 詳しくは下記のメールアドレスに連絡ください。』


「これは、ポスターか。こんなの作ってたのか。知らなかった。じゃあ、君たちはこれを見て良周よしちかに連絡を取ったのか」


 僕の言葉に隣の席の二人が頷いた。良周よしちかの行動力には恐れ入る。


「自己紹介する前に訊いておきたいことがあるんだけど……」


 細身の男が発言した。


「動画研究会に入ろうってくらいだから、みんなYouTubeには詳しいと思ってる。それであってるかな?」


 細身の男はそういうと、僕らを見回した。

 僕らは彼の言葉にうなずく。


「僕はYouTubeに顔出しして動画を投稿するつもりはないんだ。でもサークル活動を始めれば、きっと君たちには僕がどんな動画を投稿しているか判ってしまう。僕はYouTubeにどんな動画を投稿しているかをサークル外の人に知られたくないんだけど、そのあたりは考慮してくれるかい?」


 どうやら彼は僕のような動画も作ったことのない初心者とは違い、すでに動画投稿をしているようだ。

 この場合の『顔出し』というのはテレビ、雑誌、インターネットなどで自分の顔を公開する行為のことだ。大抵の人気YouTuberは顔出しして投稿している。

 僕は顔出ししているYouTuberの動画を観ることが多いので、自分も動画を作るなら目指すのはそういう動画だと思っていた。そのため彼の『顔を出さずにYouTube動画を作る』という言葉に少なからず衝撃を受けた。

 そして改めてどういう動画がそれにあたるかを考えてみた。


 すぐに思い当ったのはゲーム実況やソフトウェアの使い方などの解説動画、それにバーチャルYouTuberなどもこれにあたるだろう。どれも万人受けはしないが、一定のコアなファンがいるか、もしくは必要に駆られて閲覧する一定の視聴者がいそうなジャンルだ。


「それは、僕らに君がどんな動画を作っているかを人に話さないで欲しいという事かい?」


 良周よしちかが訊ねた。細身の男は頷く。

 それを観て、良周よしちかは小さな声で「なるほど……」と言って続けた。


「それは難しいと思うね。僕たちがそれを受け入れたとしても今後サークルに新しいメンバーを迎える際にはどうするんだい? それを認めてしまうと、君の要求を飲める人しか入れないサークルになってしまうじゃないか。それにこのサークルに入っているというだけで、周りは君のことを『YouTubeに動画を投稿している人』と認識してしまう可能性もある。どうしても知られたくないなら、残念だけど君はこのサークルに入らないほうが良いかもしれないね」


 僕は驚いた。サークルメンバーは多ければ多いほど有難いだろうに、良周よしちかは無難なフォローは入れなかった。

 細身の男はテーブルに目を落とし顎を指でさすりながらしばらく黙る。そして彼は良周よしちかのほうを向き直って言った。


「確かに君の言うとおりだ。今まで一人で活動してきたから思いもしなかったよ。部外者に知られずに活動するというのは、一人で活動する場合にしかまかり通りそうにないね」


 そういうと、細身の男はもう一度テーブルに目を落とし、そのままの格好で言葉を続ける。


「それでも、動画を撮影する際には配慮が必要だと思うんだ。サークルに加入することで学内の人たちに知られてしまう可能性については、ある程度覚悟が必要だという事は判ったよ。でも、他人の動画に映り込むのを避けたいというのは配慮されるべきじゃないかな。そういう事には気を付けるつもりはあるのかい?」


 なるほど確かに、動画に映り込みたくない人を映すのは何か問題がありそうな気がする。これに関しては細身の男の言う通りで、僕にもかかわる問題だと思った。


 僕はまだどんな動画を作るか決めてはいない。

 僕のYouTube視聴経験上の話だが、顔出ししている動画のほうが視聴回数が多い気がする。投稿者の顔が見えるほうが視聴者も親しみが湧くからかもしれない。

 だが顔出しには身元が割れるというリスクが伴う。大抵の顔出しをせずに動画投稿したいという人たちは、このリスクを軽減したいのだろう。視聴回数が顔出しするより落ちるかもしれなくてもだ。

 それなのに他人の動画に映り込んでしまっては、顔出しをしないことを選択した意味がなくなってしまう。


「君が言いたいのは肖像権のことだね。確かにそれは動画を作るうえで守られるべきだね。それはこのサークルの約束事としてサークルメンバーになる人間には厳守してもらおう」


 良周よしちかがそう言って僕らを見回し同意を求めた。


「良いと思うよ」と僕。

「むしろその方が僕も安心できるよ」と大柄な男も頷く。


 僕と大柄な男の同意を確認した良周よしちかは、細身の男のほうに向き直って言った。


「さて肖像権については大まかにだが尊重するという事で決着がついたけど、君はどうする? サークルに加入するのはやめておくかい?」


 そうなのだ、肖像権を守ることと細身の男が自分の活動を知られたくないというのとでは問題が全く違う。活動を知られたくないならサークルに入るべきではないという良周よしちかの意見は僕も正しいと思う。


「僕は出来ればそれなりに知名度のあるYouTuberになりたいと思っているんだ」


 細身の男がテーブルに落としていた視線をもう一度良周よしちかに向けて言った。

 良周よしちかが頷く。


「君に言われたことをさっきから考えていた。知名度が上がれば自分以外の誰かと関わることになるんだよな。そうしたら結局、僕のあずかり知らぬところで僕の活動が知られることになるんだ」


 細身の男は自分に言い聞かせるように続ける。


「そもそも僕の目標が達成できるなら起こってしまうことなんだ。そのことに気づいたよ。だから僕はこのサークルに入ることにする」

「本当に? 良いのかい?」


 良周よしちかは彼が加入しないと答えると思っていたらしく、驚いた様子で言った。


「それから……これだけ話してしまったし、先に自己紹介してもいいかな?」


 細身の男は大柄な男に訊ねた。


 そうだった、大柄な男の自己紹介からの予定だった。


 僕はすっかり何をしていたのかを忘れてしまっていた。

 大柄な男は「構わないよ」と言った。


「僕は仲村雄太なかむらゆうた、1年だ。スマホゲームが趣味で、ゲームのプレイ動画をYouTubeに投稿してるんだ。これから宜しく」


 細身の男、仲村雄太はそう言うと頭を下げた。


 そして、僕は彼の自己紹介を聞きながら考えていた。YouTubeに投稿するという事は大なり小なり自分個人のプライバシーに関わることなのだと。


 僕はどうすべきだろうか?

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