第2話 卯の花腐し

 じっとりとした汗が背中を流れていく。パタパタと君がにおいを飛ばしてくる。今すぐその足にかぶりつきたいという気持ちをなんとか抑えて濡れた背中を見つめる。まさか、君の後ろの席になるなんて。

 席替えをしてから早三日。最初こそ喜んだものの近すぎるのも考えもので、前に足を投げ出す癖のある君は、私をなかなか喜ばせてはくれなかった。こんなことならもっと遠くの席だったらよかったのに、とプリントを回す目の下のほくろを睨んだ。

 気にくわないこともあるけれど席が近くなれば自然と話すこともあるわけで私は青井君に認識された。可もなく不可もなくという最高の印象で。目的を果たすためにはまず近づかなくてはいけない。第一関門は突破した。舌なめずりをして、また、あの日の感覚を思い出し喉が奮えた。

 じっとり雨が降り、髪の毛がまとまらないと嘆く女の子の声が聞こえる。ロング派かショート派か。よくある話題で盛り上がっていた。私は君に出会ったあの日から髪を伸ばし続けている。きっと引っ張りやすいだろうからと。へらへらと「俺はショート派」などと君がのたまうまでは。翌日ばっさりと髪を切った私をみて革靴をしまい損なった君は目を丸くしていた。ああ、今日も湿ったつま先が愛おしい。

 都合のいいことに私の好意を薄々感じ始めているらしい青井君が連絡先を聞いてきた。夏だからみんなでどこか行こうってさ、と。どこかに行こう。海に行くならサンダルだろうし、遊園地でも買い物でもきっと青井君は革靴を履いて来ないだろう。適当に返事をしながら言い訳を考え始めていた。 

 塩素のにおいが鼻をかすめる。寝癖がどこかへいっちゃったね。チャイムのなる一分前、なかなか予定を合わせない私に痺れを切らしたのか頬杖をつきながら君が口を尖らせる。

「一日くらいいいじゃん」

塾があるから、とみんなに伝えていた。本当だ、もちろん毎日ではないけれど。暑いのが苦手だから夏は外に出たくない。家でアイスを食べていたいのと私も青井君の真似をして頬杖をつき口を尖らせる。こちらを向いて投げ出していたつま先が私の足にコツンと当たる。どくりと心臓が動き出した。チャイムが鳴り始めたのと同時に口が勝手に動き出す。喉が震えて青井君の顔が少し赤くなる。肩の上で揃えられた髪がはねて踊った。

 夏休みが始まって一週間が経った。約束の日だ。鞄の中の数学と英語の宿題が重かった。待ち合わせ場所のコンビニの前には落ち着かない様子の青井君が汗をかきながら待っていた。短く整えられた爪、私より一回り大きな足がサンダルを履いていた。中で待ってればよかったのに、と声をかけると何か言いながらコンビニの中へと誘導された。ああ、もう少し。正直アイスなんてどれも同じに見えたけれど新発売と書いてあった物を足早にレジへ運んだ。

 

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今日も踏まない青井君。 fumire @fumire

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