第3話 卒業する君へ
空が橙色に染まっていく。別にいつだって見ていた風景だ。やがて空は光りを失い、暗く沈んで街明かりを際立たせる。そう、いつだって見ていたはずの、ものだった。
なのに、どうしてこんなにも――
「――何してんの」
背後から声を掛けられる。振り返ると、僕の友人である佐城が呆れたような顔で立っていた。
「あっ、ちょっと待って。俺これデジャヴだわ」
佐城はこめかみを押さえて、何かを思い出そうとする。僕は佐城が何か言い出すまで黙っていた。
少しすると、佐城は大声で「あっ!」と言うと、勢いよく手のひらに握りこぶしを立てた。
「一年の頃の佐藤だ! 懐かしい! あの時はこうやってよく空見てニヤニヤしてたよ」
「そうか? 全然覚えてないぞ」
「マジで? あの頃は毎日のようにやってたのに」
全く覚えていない。そうか、言われてみればそんな気がする。いや、やっぱり分からない。
「で、佐藤は何がしたかったの? こんな時間まで学校に残って」
佐城の質問に僕は少し考える。いや、本当は考えてなんていない。考えることなんてない。僕がなんで今ここにいるのかなんて分かりきったことだ。
「なぁ、佐城、色々あったよな。三年間」
「なんだよ、急に」
僕は空を見た。たしかに、佐城の言う通り懐かしい感じがする。
「いや、少しだけ……な」
佐城と僕は普段通りの足取りで学校を後にする。こうやって二人で帰るのは久しぶりだ。
!「卒業式泣くと思う? 俺は泣く」
「泣かないだろうな」
僕の言葉に佐城は「泣かなそうだわ」と言って笑った。悲しくはない。入学した瞬間から卒業があることは分かっていたし、この生活に思い残すこともない。
「そういや、青春部って卒業式の日なんかするの?」
「何かはするんじゃないか。僕には分からん」
青春部は九月に引退した。しかし、青春部の活動は割と目立つので、何をしているのかは大体分かる。この間もジャージ姿で野球をしているのを見かけた。おそらく意味はない。
「俺さー卒業寂しい……ってどした?」
突然、立ち止まった僕に佐城が心配して声を掛けた。僕はもう一度、空を見た。少しずつ日が沈んでいる。
そうだ、この空気を感じたかった。この思い出を、三年間を、僕たちを縛る過去にしないために。僕たちの背中を押してくれる思い出にするために。
「思い出したよ。お前、一年の頃、自分のこと、ワシって言ってたよな」
「あっ! この野郎! また言いやがった! 一年の頃じゃなくて、三年の夏までワシだったよこんちくしょう!」
僕は佐城から逃げるように走り出した。大声で、大声で、大声で笑い叫びながら。この瞬間を永遠に感じられるように。
「ちくしょう! 楽しかったなぁ!」
「そうだなー!」
追いかけてくる佐城も僕に負けないくらい笑っていた。大声で、大声で、大声で――
卒業する君へ――届けるように。
卒業する君へ 大石 陽太 @oishiama
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