放射冷却

Scene.29

 放射冷却


 厳格な戒律のある教会の寄宿舎で彼は育った。

 そこは彼にとって天国のような場所だったと言う。

 その寄宿舎では身よりのない子どもたちを保護し、教育を施し、聖職者として社会へと送り出していた。その慈愛に溢れた場所のシスター達は“悪さ”をした子ども達を“反省会”と称して鞭で打った。他の寄宿生の前で、少年も少女も関係なく身にまとっている服を全て脱ぐように告げられる。そうして、十字架の前に引き立てられて、懺悔の言葉を子どもたちは唱えさせられるのだ。

 その後、冷淡な蝋燭の炎の中、全裸の状態で拘束された少年の身体が鞭で打たれる。背中や腕、脚に這い回る鞭の痕は赤く腫れていた。その反省会は毎日のように開かれていた。時には、一度に三人ということもあった。相手が少女だった場合、顔の上に跨がり、オーラルセックスを強要する若いシスターもいた。

 異常だとは思わなかった。

 寄宿生の教えの中には聖者が受ける苦行について明記されていたし、何より僕はそれが待ち遠しかったから。誰かが鞭で打たれて悲鳴を上げるのを見るのも、自分がそうなるのも、僕は大好きだった。寒い地方だったから、冬は堪らなかった。冷え切った礼拝堂には讃美歌よりも悲鳴がよく響く。白く滑らかな肌を這う赤い傷は、あまりにも痛々しかった。そして、あまりにも、美しかった。

 薄暗い礼拝堂の中で、その虚ろな瞳の中で、彼は情熱を燃やしていたのだ。鞭で打たれ、涙を流しながら、悲鳴を上げ、赦しを請う、あどけない少年や少女を見つめながら。

 マスターベーションを覚えたのもそこでだ、と彼は笑った。

 他の者には苦痛だったが、夢見がちな彼にとっては“享楽”だったのだ。

 いつしかその空想は独り歩きを始める。

 彼が見習いとして人生を歩み始めた頃、ロリータコンプレックス嗜好のスナッフビデオを観賞するのが日課だった。そういう類いの雑誌も集めた。その内、ナイフで自らの肌を裂いた。こう した自傷行為も最初は教えの中の聖者の行う苦行のつもりだった。白い肌に滲む血と痛みは、夢のようなあの頃を鮮明に思い出させてくれる。でも、直ぐにそれ では満足できなくなった。

 ――次は自分の空想を、あの頃を、もっと完璧に再現したい。

 否、あの頃以上に。

 そうして、彼の欲望は、小さい子を引き裂きたいというものに変質していく。

 一度、破裂したらその衝動は抑えがきかなかった。

 身寄りのない子どもや、家出した子どもを教会に招き入れては、殺した。

 生きたまま。

 身体中を引き裂いて。

 なるべく死なないように。

 再びあの悲鳴が聞けるように。

 道具にはこだわった。感触や傷の形を楽しみたくて、様々な形状の刃物を集めるのが趣味になった。一瞬の鋭い痛みも、徐々に強さを増す鈍い痛みも、彼を喜 ばせる悲鳴を奏でてくれる。コレクションが増える度に、その新しい刃で少年や少女の身体を切り刻む空想が肥大化するのだ。刃を入れる度に響いていた悲鳴は 段々と消え入り、いつしか何も言葉を発しなくなる。その時間が何よりも幸福だった。刃物の先端を白い肌に突き立てると、弾力のある皮膚はたわんでいく。 徐々に力を込めていくと、何かが破れる感覚がして、その穴から真っ赤な血液が溢れ出すのだ。お気に入りの感触だった。

 牧師という職業と、教会という場所は彼を救っていた。子どもを保護しても、誰にも怪しまれることはなかったのだから。死体はノー・マーク――無記名――で墓地に埋葬して仕舞えばいい。

 神は彼に微笑んだのだ。

「神よ。今日という日に感謝します」

 そう言って、彼はナイフを振り上げた。

 ナイフの柄にデザインされた血まみれの天使は、幽かな微笑みを称えている。



 氷の都トロイカ。

 治安の悪いこの街では、失踪者や家出人は珍しくない。しかし、彼らを救うべき教会の、その扉の向こうには天使のような怪物が潜んでいるのだった。

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