スカーレット・ニードル

Scene.28

 スカーレット・ニードル


 ネオンに彩られた夜の中央区画。

 その地下に広がる歓楽街の一角が、今日は俄かに騒がしい。黒いジャケットを纏った赤い髪の色男が、イングラムの銃爪を絞ったのは大勢の観客で賑わう映画館の中だった――

 映画はクライマックス・シーンを迎える。

 スクリーンの中では、雪に凍りついた滑走路を走る、テロリストたちの乗ったジェット旅客機が離陸を始めている。今夜のヒーローはその機体から漏れ出したジェット燃料に、ライターを投げて火を放った。そのシーンの直後、彼は右隣りにいた髭面の男の頭にイングラムの銃口を突きつけた。

 巨大な炎を上げて派手に吹っ飛んだジェット機よろしく、髭面の男の頭の残骸とポップコーンが飛散する。

「クソッタレ!」

 映画の主人公と同時に、赤髪の男が吐き捨てた。

 館内が血塗れになったのはそれから直ぐのこと。彼は手当たり次第に、見境なく観客たちへ銃口を向け、トリガーを絞った。かの独裁者ヒトラーも真っ青の虐殺劇だ。白いスクリーンに赤い血が飛び散る。逃げ惑う人々が出入り口に押し寄せると、彼はその群集にイングラムの銃口を向けた。

 悪魔みたく笑って。

 薄暗い室内で、マシンガンの閃光が瞬く。悲鳴と銃声に揺れるスクリーン。激しいビートに狂い踊り、次々と頽れる群集は人形――マネキン――じみている。

 血の匂いが漂う、静まり返った館内を散策していた彼は、ロビーのテーブルの下、椅子と椅子の間に隠れていた幼い子どもを見つける。

 彼は怯える少年の額に銃口を添え、にこやかに囁いた。

「Peek a Boo(見ぃつけた)」

 銃声ひとつ。水風船みたく、小さな頭は弾け飛んで。

 ケラケラ、と彼は笑った。

 愉しい土曜日の夜は短い。彼が女の肩を抱いて映画館を後にした時、辺りは真っ赤だった。肉の塊と、赤い水溜まりと、呻き声。狼の遠吠えみたく、地上ではサイレンの音が寒空に木霊していた。

 そうして夜は更けていく。


 氷の都トロイカ。

 年間を通して雪を降らせる空は晴れることが少ない。時として陰鬱な曇り空は、人を狂気へと走らせるのだった。

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