I have a Pure dream

Scene.27

 I have a Pure dream


 真っ赤な爪が夜景の中に浮かぶ純白の鍵盤を弾いた。辺りに、ピアノの旋律が広がる。

 トロイカ中央区画、ホテル・ハーマンの最上階の展望ラウンジ。

 普段は観光客やビジネスマンがグラスを傾けるその華やかな場所を、今宵は黒いスーツを纏った屈強な――柄の悪い――男たちが占拠していた。その中央、 巨きな漆黒のキャンバスを彩るトロイカの街灯りをショートグラスに浮かべ、彼はサファイアの瞳を伏せる。その瞳の蒼さは救世の希望に溢れていた。慈悲深く、 そして、凍える様に、寒々しい。

 彼と同じテーブルには、彼の傘下のマフィアのボスたちが顔を揃えている。

 スキンヘッドの男がショット・グラスをテーブルに置いた。

「マッド・バニーが西側に着いたらしいぜ」

「それでシャウクロスの娼館が潰されたって訳か。カーチス、お前の管轄だろ」

「知らねェーよ」

 カーチスと呼ばれた金髪の男は、ウイスキーをグラスに注ぎながら「どうせ気まぐれだっての。あの兎は金で動くからな」

「なら、さっさと札束積んで引き入れちまえよ」

「ウチはお宅らみたく、資金が豊富にあるわけじゃねーんだよ」

「言い訳か、坊や。らしくねェーな」

「そう言うんなら地上の遊技場、少しは分けてくれませんかねェ、カンビアッゾさん」

「お生憎様だが、お前に譲れる様な粗野な野球場は持ってなくてね」

「気取りやがって。アンタの御自慢のサッカー場、守ってやってんのどこの誰か解ってんのか?」

「不満なら俺がお前の野球場を買い取ってもいいぞ」

 三人の言い争いを見かねて、鷲鼻が立ち上がる。

「やめないか、君たち。酒が不味くなる」

「どうすんだよ、鷲鼻。今の内に、西側の奴らを潰すってのも考えるべきじゃねェーか?」

「それで平和になると思うか? 結局、同じような小競合いを繰り返すだけだ。今くらいのバランスが丁度いいのさ。ケンカなら好きにやらせればいい。それに西側も地下のゴミを覆う蓋だと思えば中々に有用だ」

 彼は笑った。青い目を鈍く光らせて。

「でも、何なら、奪い返すくらいはしてほしいけど」

 カーチスはソファにもたれ掛かって天を仰ぐ。

「奪い返すって……。そんな余分な兵隊なんていねーよ」

「まったく……。君たちは連携って言葉を知らないのか?」

 セシルが溜息をつく。「カンビアッゾ、貸してやれ」

「あ? 何で俺が」

「じゃあ、俺が出よう」

 いつも冷ややかなその青い目が、一瞬、輝いた。

「最近、少し退屈でね」

 平和とは退屈なものだ。いや、そんなものは存在しないのかもしれない。現に、この世界から戦争というものが消えることはない。国家間に限らず、人は身近なコミュニティーの内部ですら、自分と意見の違う人間を忌み嫌い、対立し、排斥しようとする。そして、排斥したら、また新たなスケープゴートを祭り上げ、排斥しようと躍起になる。

 その繰り返しだ。

 人間は敵を作り出すことでしか団結できない愚かな生き物なのだろうか。それならば、今のこの街のように、硬直状態を維持することが、最も現実的で理想的な平和ではないだろうか。

 鷲鼻は、この街を良く知っている。小さな衝突の中で多少の犠牲は出るが、それは仕方の無いことだ。その少ない犠牲で、排斥の連鎖を抑止できるのだから。平和や自由には、いつも尊い犠牲が必要だ。恐れるべきは争いが起こることではなく、争いが終わることなのだ。

 彼はサファイアブルーのグラスを傾けた。

 トロイカの焔は今日も、その中で燃えている。


 氷の都トロイカ。

 大小様々な悪党が入り乱れるこの街では、争いが潰えることはない。しかしそれこそが本質的な平和と呼べるのではないだろうか。

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