Hey. Taxi!


Scene.16

 Hey. Taxi!


 ガキの頃は庭に干された白いシーツをマントみたいに羽織って、ブラウン管の中のスーパーヒーローを気取っていた。時に傷つき、時に躊躇い、時に迷い、葛藤しながらも誰かを守るために戦い続ける彼らは、それがフィクションだと気がついてからも、俺の中のヒーローで在り続けた。そんな俺が警察官になろうと考えたのは不思議なことではない。友人には、自殺行為だと止められたが、俺は今でも毎日よろしくやっている。俺は悪人を捕まえるために仕事をしているわけではない。

 だから、今も立派なお巡りさん――巡査――という訳だ。

 この前、イカレた女にイングラムを突き付けられた時は冷や汗をかかされたが、あんなことはそうそう起きるものじゃない。

 運が悪かっただけ、そう思っていた。

「ねェねェ、おにーさん。オニオン・ジャックまで乗せて」

 悪夢だった。

 そいつは、あの時と、まるで同じ様にショッキングピンクのイングラムをアイスキャンディーみたいにちらつかせて、九歳の少女みたく満面の笑みを浮かべている。

 最悪だ。

 溜め息をついて、彼はブラウンの髪を掻き上げた。

 中身は別として、外見は何ともかわいらしい女の子だが、ドライブの相手としては最悪だ。今も彼女は助手席で手榴弾をお手玉にしながら、彼を手玉に取っている。

「おにーさん。お名前は?」

「ジャンカルロ・メルカダンテ」

「ジャンでいい?」

「ああ、好きにしてくれよ」

「ねェねェ、知ってたら教えて。この前のシャムロック。どこの仕業だったの?」

「あー、あれ。声明出した組織は無し。今のところ、薬のやりすぎで狂った奴らの乱射事件って扱いだ」

「まったく。これだから軍警は……」

「すみませんね。どっかの誰かさんが実行犯も買い物客も店員も見境なく殺しちまったもんで。どの死体が実行犯かも不明。だから、今は目撃証言集めてるよ」

「ほんっと。どこの誰だろうね、それ。お茶目な困った奴だなン」

「……聴取くらいさせろって話。あ、そーいえば、何人かは死体の腕に竜の刺青があったらしくてね。多分、それが乱射魔じゃねェーかってさ」

「へえ……。ドラゴン、のね。なあ、その竜には羽根が生えてたか?」

「さあな。実際に見たわけじゃないからな。何か心当たりが?」

「……ねェーよ」

 雪の落ちる西区画キッチンストリートのイタリアンレストラン、オニオン・ジャックに一台のパトカーが乗りつける。その助手席からウサ耳フードの少女が降りた。

 店に入る前に彼女は運転席の窓を開けさせ、車内の警官に告げる。

「そういえば、地下の奴ら、あたってみた?」

「いや……。つーか、手ェ出せないよ、あそこは」

「あっそ」

「おい、マッド・バニー。何か判ったら教えてくれよ。これ、俺の番号」

「ナンパ?」

「そういう趣味はねェーよ」

「そういうことにしといてやろう。あ、そうだ。イルゼでいーよ。じゃネ、バイバーイ」


 氷の都トロイカ

 暴力が支配するこの街では、道を歩くあどけない少女にさえ注意しなければならない。時として油断は、最悪の悲劇と、屈辱的な従属を生むのだった。

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