ゆりかご
Scene.17
ゆりかご
「花は何故美しいのでしょう」
「散るからではないですか?」
「儚さ、ということですね?」
「ええ。そうかもしれません」
にこやかに、牧師は答えた。
新雪、降り積もる深夜。
蝋燭の炎が、暗夜の中に教会を浮かび上がらせる。その淡く、滑らかな光は、いつかの時代に失われた救世の希望に似ていた。窓の外、闇の縁。ゆっくりと、淡い色の雪が流れていく。
祭壇に立つ若い牧師の前には、黒いミンクのコートを羽織った女が座り、紅茶の入った銀のマグカップを両手で持っていた。浅紅の鏡には、体温を失った様な、冷たい顔が浮かぶ。
「何処から来られたのですか」
「棺の中から、と言ったら?」
「私は嫌いではありませんよ」
「冗談? それとも死体が?」
「冗談の方に決まっています」
「本当に不思議な牧師さんね」
「そう、よく叱られてますよ」
「私は不思議な人好きですよ」
特に貴方のような人は……。
新月の夜、彼女は見つけてしまったのだ。埋葬されたばかりの、幼い少年の墓を掘り返した時、全身を刃物で傷つけられ、棺の中で無惨に凍りついた美しい天使の亡骸を。
許せなかった。
死体とは、美しくあるべきなのに……。
でも、それ以上に、この古典美術染みた氷像を創った人間に興味を持った。陶器のような、冷たく白い肌に描かれた赤い肉の線が、この上なく美しかったのだ。荊に捕まった天使は、全身を引き裂く刺に悲鳴を上げながら、涙と血を流して、ゆっくりと冷たくなっていく。その亡骸は、どんなに美しいだろうか。凍えるような 蒼白の肌は、毒々しく赤い全身の傷は、痛々しく絡まる緑の荊は……。
出血し、段々と体温を失っていく唇は、どんな悲鳴を上げるのだろう。きっと、賛美歌よりも、それはそれは美しい囁きに違いない。一声、聞いただけで、発狂して仕舞う様な……。
そう、茨の中で痛みに苛まれながら、悶えながら、苦しみながら、徐々に冷たくなって、凍りつく天使というのは――
墓地の暗がりの中。
自然と、女の細く美しい指が下腹部へと伸びてゆく。
「命は何故美しいのでしょう」
「隣に、死体があるからです」
氷の都トロイカ。
年間を通して雪と氷に覆われたこの街では、気温は常に氷点下を下回る。時としてそれは、棺の中の死体を永遠に留めておくのだった。
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