Shangri-La
Scene.09
Shangri-La
「私が殺しました」
放たれては落ちる雪に、ふと、自分自身を重ねることがある。そういう存在だからかもしれない。そう、マフィアなんてものは、殺して、殺されるというレールの上に乗っている。かつてシカゴの暗黒街を牛耳ったアル・カポネの様に、華やかに悪党を気取り、安らかにベッドの上で死ねる人間は稀有だ。
結末はいつも、残酷だった。安い鉛弾に撃たれて、冷たいコンクリートの上に寝転がって、無様に死んでゆく。どんな大悪党だろうと、大抵はそういう結末を迎えるのだ。
マティーニのグラスを持ち上げる。彼の左手にはポーランド製のオートマチック。ウヰスキーとリボルバーなんて、ウェットな生き方はクールじゃない。ドライでなければ、この世界で生きるのは不可能だ。それに、開拓時代の英雄譚なんてものは、スクリーンの中だけの御伽話である。今はゴールドラッシュに誘われ、馬に乗って荒野を駆け回るような優しい時代ではないのだ。
現に、宙を舞っている間の雪は、渇いている。
それがどうだ。
地に落ちた瞬間、あんなに固くなって仕舞うではないか。
「誰に頼まれた?」
「答えられません」
「そうか。何故だ」
「殺し屋ですから」
「上出来だよ、君」
プロフェッショナルとは、そういうものでなくてはならない。クライアントから信頼されてこその仕事だ。死を目の前にしても、その流儀を変えてはならないのだ。脚を組み直した。
喉が、渇いただろう。
彼は、目の前の暗殺者にカクテルグラスを手渡す。震える指がそのグラスを掴んだ。
直後、ガラス片が四散する。
男はラドムの銃爪を引いたのだった。冷たく、白い大理石の床に、胸を撃ち抜かれた死体が転がる。散花したガラス片が黒いスーツを飾った。それは薄暗い室内の、オレンジ色の光の中で、ダイアの様に輝いている。
使い捨ての殺し屋に贈る花束にしては……。
「豪華すぎる、か」
ひとときの悲しみも直ぐに凍りついてドライになる。そうなっては、また繰り返すのみ。また乾いた雪が降って、地に落ちて溶けて、いつしか消える。悲しむだけ悲しんだ人々は再び武器を取り、流血を生む。
そういう世界なのだ。
常に、この街は、渇いている。
氷の都トロイカ。
暴力が支配するこの街の実力者は、常に命を狙われている。時にその恐怖は、心を凍らせ、氷のような冷たい処刑を生むのだった。
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