Fried Kitchen

Scene.08

 Fried Kitchen


 今、通り過ぎようとしていたイタリアンレストランから響いて来た銃声に、思わず男は身を屈めた。強盗か、食い逃げか、マフィアの抗争か、はたまた大袈裟な痴話喧嘩か……。店内の状況を考えれば考えるほど、その候補は増えてゆく。世界平和なんて言葉は、この街のどの辞書にも載ってない。此処はそういう街なのだ。ある朝、突然自宅の庭先で銃撃戦が始まっても不思議ではない。

 しかし、何にせよ、撃ち合うなら他所でやってほしい。

 また行き着けの店が潰れて仕舞う。煉瓦の壁にもたれながら、紙タバコをくわえ、黒いコートの男はマッチを擦った。炸裂音が響く。刹那、顔の真横の窓が吹き飛んだ。白い雪に砕けたガラスが突き刺さる。そこから、悪趣味な色のイングラムとシュマイザーを両手に携えた白いコートの女が、無邪気に笑いながら飛び出した。

 ふと、彼女は右を見て。

「ヘイ、旦那。こんなとこで一服してたら頭ぶっ飛んじゃうゾん」

「これ、君がやったの?」

「私はお食事中。こんなとこで撃たれる因縁はないね」

「……そ。なら、さっさと片付けちゃってよ。これから食事なんだから」

「アッハハ! 災難だね、おっさん」

「まったく。ここんとこはツキがない」

「期待しててよ。本日のメインディッシュは新鮮レアな死体にございますってね。付け合わせのスープに脳ミソ入ってるかも! ミソ・スープってやつ?」


 ――イカれてやがる。

 やれやれ、また面倒なのに巻き込まれた、と男は新しいマッチを擦った。

 女は窓から中を覗き込み、トリガーを引き続ける。デフォルメされたウサギの顔のフードの耳が彼女の背中でふてぶてしく揺れていた。そんな彼女を横目に、 彼は空を見上げる。珍しく青空が広がっていた。こういう日は決まって厄日なのだ。晴れているのをいいことに、いい歳した物騒な奴らまで子供みたく外に出たがる。

 紫煙と共に、彼は溜め息を吐いた。

 そんなとき、彼の隣で撃ち合っていた白いコートの少女が男の肩を突く。彼女は無表情で男の方を向いて言った。

「RPG」

 二人の顔が青くなる。

 脱兎の如く、彼らは窓から跳び退き、地面に伏せた。その窓から、ロケット弾が勢い良く飛び出し、向かいのカフェを直撃する。お気の毒に、大損害だ。

 全くツイていない。やはり、厄日だ。そう思わなければ、やり切れない。今日がたまたま一週間の内で最も運が悪い日だった。朝のニュースの星座占いは、そんなに悪くなかったはずなのだが……。占いなんて、その程度のものだろう。

 しかし、室内で対戦車用の兵器をぶっ飛ばす奴の気が知れない。

 やはり、イカレてる。

「お返しだー!」

 どこから持ち出したのか、頭のネジをそこら中に散らかした少女はカール・グスタフ無反動砲を構えていた。しっかりと肩に担いで、地面に膝を立てて、よく狙って。そう、完璧。

「方向良し、視界は良好。さらば、お気に入りの味! グッバイ、イタリア!」

 硝煙立ち込める店内に向けて、その凶悪な弾頭を発射した。

 ある晴れた日のキッチンストリートの、イタリアンレストラン『オニオン・ジャック』から轟音が轟く。

 爆煙と共に色々なものが窓やドアから飛び出してくる。

 ナイフやフォーク、砕けた皿に、手首や、脚、首もだ。

「お嬢ちゃん。それは戦車に使うものですってママに教わらなかった? 御蔭で終わったみたいだけどさ」

「手榴弾より人道的でしょ?」

「……まあね」


 氷の都トロイカ。

 年間を通して白夜の多いこの街では、昼夜の感覚が曖昧になる。時としてそれは夜の魔物を光の中へ歩ませるのだった。

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