二人のいた世界

舘野かなえ

二人のいた世界

 雨の音が屋根をうつ。

 ここには、私と彼の二人しかいない。きっと誰も入ってこれはしない。そもそも、はじめから私たちしか、もうこの世界にはいないのかもしれない。

 ともすれば、ここはディストピアだ。

 私たちに希望はない。この世界に新たな命は芽吹かない。時が過ぎれば、彼の命も尽き、土に還るのだろう。


 彼は言う。

“信仰も、宗教も、神様も、すべてはそもそもヒトの作り物で、この世界にあるのは、全て人工物なんだ”

私は問う。

“じゃあなぜ、人はそんなものを作ったの”

 彼は言う。

“生きることは、苦痛の塊で、そしてその苦しみは、架空のイデアを謳わなければ乗り越えられないものだったから”

 わたしは、彼の言っていることがよく分からないまま、音になるか、ならないか、分からない声と共に頷いた。


 ガラス張りの天井は、ただ鈍い色の雲を写すだけだった。いつかおとぎ話で聞いた、太陽というものは、いつになれば帰ってくるのだろうか。大昔の人々は、それを神様だと思っていたらしいけど、太陽というのは、そんなに綺麗なものなのだろうか。

 私は、綺麗なものを見たことがない。見たことがないから、綺麗という感覚がわからない。この部屋にあるのは、知らない人の顔が描かれた紙切れや、金属製の丸いコインばかりであった。

 私にとって、価値のあるものは彼の体温だけだった。決して綺麗じゃない彼の肌の温もりは、この世界で唯一、本物だと思えた。全てを作り物だと嘯く彼も、彼自身だけは、作り物だとは言わなかった。

 彼の肌に手を伸ばす。すると、彼は私の手を握ってくれた。

 私は、優しさという感情を知らない。彼以外の人を、知らないから。けど、大昔の、せんそう、というものをしていた人たちよりは、きっと彼は、優しいのだと思う。


“ずいぶん長い間、ボクの、気まぐれに付き合わせてしまったね”

 彼は、いつもより細い目をして、私に言った。そんなこと、気にしなくていいのに。そもそも私は、そのために作られたのに。

“もういいんだ、ありがとう”

 そうして彼は、私の頭を優しくなでた。何かが、途切れたのを感じた。

 薄れゆく意識の中、私は、独りぼっちの彼を、どうか陽の光がまた照らすことを願った。

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二人のいた世界 舘野かなえ @lovely_mijinko

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