いくよ、おねいちゃん
#33
「で、どんなひとなの?」
と、リエは聞いた。
「どんなって?」
エリは答えた。
「やさしいとか、格好いいとか、お金があるとか、そういうのじゃないエ子の印象を聞きたいの」
「印象……」
「マダムから全部聞いてるのよ。エ子だって、マダムから私に筒抜けるのを承知で、ハバナで会ったんでしょ?」
ハバナ、とはマダムのいるあのレストランの名前だ。正式名称を「レッドフォードズ・ハバナ」という。最初のオウナーが昔見た映画にあこがれてつけた名前だという。
窓の外は晴れていた。梅雨の晴れ間。夏を思わせる強い日差しが小さな漁港に注いでいるのが見える。
双子の姉妹は、姉であるエリの古い日本家屋で、一緒に昼食をとっていた。
今日は姉妹で一緒に支度をした。といってもごく簡単なものだ。きぬさやの胡麻あえ。梅干しとシラスの冷や奴。ベトナム風にナンプラーをかけた焼きビーフンをメインとした。煮立てた香りの高い麦茶を冷やしてグラスに注いだ。今日はリエがクルマだったので、アルコールをやめておいた。
呼吸の合った双子の作業に、この古い家の大きな台所はよく機能した。
テーブルに料理を並べ、ふたりはきちんと手を合わせて「いただきます」をしてから食べ始めた。
「柏木さんのことね」
軽い口調で、エリは答えた。
「柏木、というのね。ずいぶん大柄な人なんだって?」
「180以上あるかな」
「うわ」と、リエは顔をしかめた。「大男じゃないの。熊みたいな野生的なタイプ?」
「どうだろ」と、エリは冷や奴を口に含みながら思案した。「最初の時はずいぶん野性的だったと思ったけど、二度目に会ったときは別人みたいに紳士だったわ」
「入れ替わりの激しいキャラみたいね。三度目の時はきっと童貞みたいになるわよ」
リエの含み笑いをエリは涼しい笑顔でやり過ごした。
それは、当たらずとも遠からずだったからだ。
●
二度目に柏木と寝た翌日、エリはまた柏木のホテルに出かけて行った。
日中は仕事で多忙だったが、夕食を一緒にとり、その日もまた彼の部屋に行った。
肌合いの良さが、自然とふたりを求め合わせた。
今夜もまた、電気を全て消してカーテンを閉めようとした彼に、
「すこし明かりを残しておいて。あなたと見つめ合いたいの」
とエリは告げた。
彼は背中でその言葉を聞き、すこしためらった後、カーテンを開けたまま、部屋の照明を絞った。
ありがとう、とエリは言いながら彼の背中に抱きつき、両脇から入れた手で、喉元から順にシャツのボタンを外していった。彼の匂いと彼の体温が、急かすようにエリを掻き立てていった。
されるがまま、柏木はにその場に立っていた。
そしてエリは彼のシャツをはだけると、アンダーシャツも脱がせ、その広い背中をあらわにした。
盛り上がった筋肉が隆々とそびえるような背中。そこには、あの日見た、モンステラの刺青が、右の肩から肘にかけて、二の腕を取り巻くように描かれていた。
エリはその刺青に、人差し指を触れる。
「―――なぜこんな不思議な刺青を?」
と問うた。そして彼の肩の素肌に口づけした。ほの暗い部屋の中に、エリの口づけの音がちいさく響いた。
柏木はエリに向き直ると、その目を見た。
「昔、すこしの間、やくざな仕事をしていた。その名残さ」
「やくざな仕事?」
「兵隊みたいなものだ」
そして、大柄の身をかがめ、エリに口づけした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます