#32





 ●





 そして、彼が腰を下ろし、エリの中にそのが射し込まれた。

 ゆっくりと侵入し、そのまま深々と奥まで貫かれた。


 ああっっ!!


 漏らした声は、エリのものか、柏木のものか、もはや区別がなかった。

 充分にあたためられた身体は、そのクライマックスに向けて急な登坂を走り始める。

 腰を深く押し付けられると、彼の身体が自分の下半身をしっかりと受け止めている気持ちがする。ヘアを絡ませあい、エリは深々と柏木を飲み込む。


 太い柏木の幹のカタチを、エリの中が形として記憶してゆく。柏木そのものを包み込み、きつく絞り上げる。彼が腰を打ち付けるたび、身体が突き動かされるような快感が走る。

 時にきびしく、時にやさしく。

 あらゆる深度で、柏木はエリの身体を貫いた。

 先端のクビレがエリの内壁を往くたびに、声が漏れ、思考が消え去ってゆく。

 まるで自分をガードしている様々な理性を、一枚ずつ脱ぎ捨ててゆくように。

 頭の中は、いまこの時この瞬間だけになってゆく。

 身体を打ち付ける、目の前のパートナーのことだけに。

 それはエリに途方もない幸福感をもたらした。

 そこには、性的なテクニックや技術の介在する余地は全くなかった。

 ただ、気持ちのままにつながり、やがてふたりの境界線さえも消えてしまうような瞬間が訪れた。


 その時、あの柏木の目を、エリは不意に思い出した。

 最初の時の、底深く悲しみをたたえたような目を。


 刹那、切なさに胸が詰まった。

 この人も、きずを負っているのだ、と知れた。柏木の大きな背中に、エリは両手をまわした。


「きて…」


 彼を抱きしめたまま、エリはそう言った。


「ああ…」


 彼はそう答える。


 柏木は長いストロークで、腰を振り始める。

 エリの奥から、時間をかけて抜けるギリギリまで幹を引き出す。そして今度は一気に奥の壁を先端でつらぬく。

 そのストローク運動に、エリの身体が急激に反応する。

 快感が大きな雪崩のように身体を駆け抜けてゆく。

 あの時、先生の前でしたのと同じように、制御できない何かが腰の奥からやってくる。


 あああっ!

 気づいたときには、エリは股間からサラサラの液体をほとばしらせていた。

 柏木はいったん幹を引き抜くと、手でエリの突起をさすった。

 エリは我慢できず、何度も激しく吹き出した。

 そしてその一時の絶頂が収まると、柏木はもう一度、自らを挿入した。

 エリの太ももを胸に抱え込むような体位で、その幹を激しく打ちすえる。

 その体位だと、あまりに深く、彼がなかに入ってくる。

 エリは瞬く間に上り詰めた。


 あぁ。

 ああああぁ!


 柏木のあえぎ声がかすれる。


「エリ!」


 名前を、呼ばれた。

 はじめて、名前を、呼ばれた。

 その瞬間、エリはエクスタシーに達した。

 一緒に逝こうと思ったのに、自分一人が達してしまった。

 そう思ったが、


 くぅっ!


 切ない声を漏らしながら、


「あぁ…。ごめん」


 と言って、柏木も身体を痙攣させた。

 エリの中で、彼の幹が一気に膨らむのが分かる。そして胎内に彼のエキスが激しく吐き出される。その勢いがエリをさらに高ぶらせる。


「わたしも…!!」


 キツく、彼を絞り取るように、エリが締め付ける。

 ふたりの体液が混濁し、そこにふたりの意識も溶けていた。


 夜が、静かにベッドに降りてきていた。





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