#24




 ただ、


「職場に通う客とセックスしたのは初めてだったよ」


 と二度目のホテルで彼が言ったように、見境のないようにみえるその女漁りも、本人だけが理解しているルールにのっとっているのだという。

 しかしエリは、職場の客云々の話はおそらく嘘だろうと思っている。エリだけを特別扱いしているのだと思わせる、彼なりの不思議な紳士感なのだろう。


 スローセックスのことはヤマギシから提案された。こんなに相性がいいのなら、一度試してみたい、と。

 強い瞬間的な絶頂感ではなく、弱いが身体が溶けるような陶酔感。それを求めて念入りにボディータッチを続け、挿入してからも激しいピストン運動などせず、ずっとこうして挿入したままおしゃべりしたり、キスしたりを続けてゆく。

 その目論見は見事に当たり、ふたりの最近のセックスはいつも、こうしてリラックスしたムードで行われる。


 郊外のラブホテルの窓には分厚い遮光カーテンが引かれている。でも、それを開け放ち、すりガラスから入ってくる午後の光を浴びながらする、ゆったりとしたセックス。

 そこには甘い陶酔感と多幸感が漂い、互いが互いの生涯のパートナーだったら、とつい夢想してしまうような雰囲気に包まれる。

 けれどインスタントなセックスだけのつながりだからこそ、こんなファンタジックな時間が持てることも、大人のふたりは知っている。


 ヤマギシの手がエリの乳首に触れる。

 甘いしびれがバストから腰に広がり、またキュンと奥が締まる。そのタイミングに合わせ、挿入したままの幹を、クイっともたげさせるヤマギシ。


「やぁ…っ」


 自分でも気づかぬうちにギリギリまで登りつめていたエリは、その小さな刺激で強く反応してしまう。

 ギュッと、水に濡れた布を絞るように、エリの奥がヤマギシの幹を捉え、強く締め付けてゆく。


「おぃ……っっ!」


 ヤマギシが焦って声をあげるものの、


「あぁ…あぁぁ…」


 エリは荒ぶる身体を止めることができない。

 その締め付けにヤマギシは逆らうことができず、


「くぅぅっ!」


 鋭い声とともに、エリの奥に先端をキツく押し込んでくる。


 往復のピストン運動でなく。

 ただ、奥の奥に熱くたぎったモノを、深々と。


 それだけで、ふたりともがエクスタシーを迎えてしまう。身体が仰け反り、性器同士を深々と結合させ。身体はありえないくらい発熱し、視界も、音も途切れる。

 ヤマギシの先端からはほとばしるエキス。それを貪欲に搾り取るエリの奥。

 頭のなかには陶酔感だけがあり、あふれる快楽の奔流にふたりは飲み込まれる。

 それは普段の絶頂感とは異なる回路で身体を駆け巡り、ふたりをどこか遠い世界へ連れて行くかのような錯覚を覚えさせる。


 永遠にも思えるような一瞬が過ぎ去った後、ヤマギシは脱力し、エリにもたれかかる。


「重く…ない?」


 エリもヤマギシの体重を受け止め、そのままベッドに受け流す。彼女は首を振って、負担がないことを伝える。


「スゴかったね…」

「……うん」


 エリの言葉に、ただ頷くしかできないヤマギシ。


 とても素敵なセックスだった。

 心を預けられないのが本当に残念だ、とエリは思う。


「ねぇ、……あなたと会うの、もう終わりにしてもいい?」


 ヤマギシのエキスと幹を奥に包み込んだまま、エリはそう、告げた。





 ●





 オレンジ色の夕暮れ前の陽射しが、パティオに深く、斜めに差し込む。

 そこに淡い夕立が降り始めた。

 幾千幾万もの小さな雨粒が、陽射しを受けながら金色にきらめく。その雨滴は、パティオのプールに落ち、さざめく波紋となって水面をいくつも波立たせる。


 プールの向こうにはエレベーターがある。

 そこに受付台があり、このレストランの正門となっている。

 まだ開店前の受付には人気がなく、ただ突然の夕立に濡れていた。

 その向こうで、エレベーターの扉が音もなく開く。

 そして、背の高い、スーツ姿の男が現れた。


 エリは席を立つ。

 パティオのプールを挟んでこちら側と向こう側で、ふたりの目があった。

 エリは片手をあげる。

 男は軽く頷くと、上着を頭の上にかぶる。

 そして金色の雨をよけるように首をすくめながら小走りに駆けだす。プールサイドの脇を。エリに向かって。


 エリの元にたどり着くと、彼は笑顔を見せた。


「よく俺の連絡先が分かったな」

「テレビで見かけたのよ。そこからはネットであなたのことを調べて、微博(中国版Twitter)のあなたのページにたどりついたのよ。国連職員の柏木さん」


 柏木、と呼ばれた男はエリの前の椅子に腰かけた。彼は苦笑していた。


「―――俺は君のことを何も知らない」

「何もかもお見通しかと思ったわ」

「名前も、好きな飲み物も、な」


 そこにマダムがやってきた。


「いらっしゃい。まだ開店前だから、何も出せませんけど」


 マダムは営業用の微笑と声音で、柏木と呼ばれた男を迎えた。





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