第1話

 数多の雪が地上に降り注ぎ、荒れ果てた大地は真っ白に染まっていた。

 何も無くなった大地に、私は立っていた。雪だけでなく、様々なものを失って、私は色々な意味で凍っていた。

 ただ、そこにはもう一人いた。彼は、私を抱きしめてくれた。暖かかった。

「君は、生きてくれ。君を育ててくれた両親のためだけでなく、私のために」

 何で、そんなことを言ったのだろう。両親のためというのは理解できたけど、彼のために生きるというのは、どういう意味だろう?

 私には分からなかった。ただ、彼の真摯な眼差しは、あまりにもまぶしくて、私は自然と頷いていた。


「……ちょう、生徒会長」

 教室の机に伏せている私の耳元で、私を呼ぶ声が聞こえる。けど、十二月の寒さを吹き飛ばしてくれる暖房が、心地良い温度にしてくれているので、起きたくない気分だ。

「――美奈陽。お疲れのところ申し訳ありませんが、これから会議の時間ですよ。起きてください」

 ああ、そういえば今日は、明日――12月14日に予定されている、復興ボランティアについての会議だった。起きなくちゃ。

 私は顔を上げた。

「おはよう、メイさん」

「おはようございます、美奈陽」

 メイは、健やかな笑顔で私を目覚めさせてくれた。

 水無月メイ――国立新緑しんりょく高校の2年生で、生徒副会長。私の補佐をしてくれている。

 身長は私より少し低いけど、スタイルは私より少し良い。ライトブルーの髪をポニーテールにした、グラマーな美人。

 優しく、時に厳しい――本当の〝優しさ〟を知っている、非常に有能な人。その気質から男女問わず人気があり、あまり他人と話さない私でも、彼女とは話す機会が多い。

「それじゃあ、行きましょう」

 メイと一緒に、生徒会室へと向かう。


 私は、さい美奈陽みなひ。新緑高校の2年生で、生徒会長を務めている。両親は10年前に亡くなり、去年の春までは施設で暮らしてきた。今は、学校の寮で一人暮らし。

 均整のとれた体型で、出るべきところはある程度出ているし、締めるべきところは締めている。身長は170センチ程度で、女としては大きい方だけど、ただそれだけ。スカートは規定の長さだし、外に出ることが多いので、髪は日焼けして茶色がかっているショートカット。

 特徴と言えば、それぐらいかな? ――ああ、そういえば、友人と呼べる人がいない。表面的な付き合いはあるけど、親しい人はいない。

 それは、〝世界の崩壊日〟から復興が完了するまでの10年間、私は一人で生きてきたから。


 日本は、政治家が満足に活動しないことから、大半の土地が無法地帯になっていた。ひどいところでは略奪が横行していた。弱い者が虐げられ、強い者が生きるという弱肉強食の世界。

 両親が亡くなり、また孤児が入所できる施設のほとんどがなくなっていたので、私を護ってくれる人は誰一人としていなかった。

 私は、〝世界の崩壊日〟に出会った〝神〟から現れた青年に、もう一度会いたかった。その一心で、私は生きてきた。貰ったペンダントを肌身離さず持ち、使えるものは何でも使い、生きるためには何でもしてきた。

 だからこそ、私は何でも一人で解決してきた。もちろん、一人にできることは限りがある。だけど、他人に頼らないことで、裏切りを受けることもないし、油断や甘えというものを覚えずに済む。

 そのせいか、必要以上に人と親しくすることを避けてきた。施設の人とも、まったくやりとりはない。今では施設に名前を登録してあるだけで、学校が長期休暇の期間に入っても、去年から一度も戻っていない。

 でも、後悔はしていない。他人から見れば、私が一人ぼっちの哀れな小娘に思えるとしても、それが私なのだから。そして、最後に頼れるのは、やはり自分なのだから。


 それから、今私がいる場所は、A県新緑町の国立新緑高校。A県に唯一ある高校。

 10年前――西暦2030年。未知の機械による侵略によって、日本の半数以上の都道府県が壊滅した。A県も多大な損害を受け、大半の市町村が消えた。しかし、新緑町は、奇跡的に損害が軽微な場所だった。

 そして、現在――新西暦10年12月の日本は、10年が経ったというのに、未だに復興を遂げていない。他の国は、その半分以上が復興を完了しているというのに。

 その違いは、決断力にあった。

 全世界は、規模の大小の差はあるものの、多くの道路が荒れ果てていた。そのため、大型の工作機械を運用することができず、復興作業は主に人の手によるところが大きかった。

 でも、鹵獲した〝使い魔〟を解析して得られた知識によって、科学技術が格段に進歩した。非常に高性能なパワードスーツや、人間よりも遙かに効率よく作業する、〝使い魔〟を基にした人型ロボット〝リバイブ〟。これらは場所を選ばず、また従来の大型工作機械を遥かに上回る成果を上げた。

 そういった機械が開発され、大半の国の復興はわずか一年程度で完了したが、日本は、そうはいかなかった。

 パワードスーツの類の開発は、日本が最初に成功したが、その活用ができなかった。政治家たちは、他の国がやっていないことや、敵の技術だからということで、頑として復興に役立つ機械の製造に力を貸さなかった。

 仕方なく、民間の手だけで復興に取り組むが、機械の量産体制が整っていなかったこともあって、中々進まなかった。

 結果として、日本が復興を果たすまでには10年の歳月がかかった。しかし、復興できたのは損害が軽微な都市――A県を含めたわずか10程度の都市だけ。かつて原子力発電所の事故で汚染されたB県や、〝世界の崩壊日〟で完全に消失した残る30余りの都市は、未だに復興がなされていない。

 そこで、私は政府に期待せずに、学校としてできることを考えた。次の冬休みに暇な人たちをかき集めて、各地に手伝いに行くことを計画した。今日の会議は、その計画を練りこむためのものだ。

 ただ、会議には、私にとって悩みのタネが二つある。一つは予算。そして――


 生徒会室に着くと、そこには既に、他のメンバーがそろっていた。

 会計の陣守人じんもりとと書記の団涼姫だんりょうひは、席に座らずにイチャついていた。

「かいちょー。遅すぎませんかー? 生徒の模範たる会長がそんなんで良いんですかー?」

 涼姫は、私の方を見ながら嫌みを言ってきた。

「ちょっと、団さん。会長だって、色々忙しいんだから仕方ないだろ?」

「だってー、あたしたちもう20分も待ってるんだよ? ちょっとぐらい言ったって良いじゃない。そうでしょ、守人君?」

 たしなめてくる守人に涼姫が抱き着く。

「や、やめてよ団さん。これから会議なんだから」

「えー、だったら、会議が終わってからなら良いんだよね?」

「そういう意味じゃなくて……、ていうか胸が……」

「胸が、なーに?」


 これが、もう一つの悩みである。

 陣守人。――私の幼馴染で同い年。身長は私と同じか少し高いくらいで、一言で表すなら地味。性格は真面目で、制服を着崩すこともなければ、染髪やピアスをすることもない。短く切りそろえた頭髪で、清潔感のある格好。細かい所に良く気が付いて、私も結構助けられてきた。優しくて好感の持てる人物だけど、押しに弱く、優柔不断なきらいがある。

 彼は私の自宅の近くに住んでいたけど、〝世界の崩壊日〟の少し前にA県に引っ越してしまった。去年、新緑高校に入学した時、たまたま同じクラスに割り当てられていたので、入学式で再開した。私とは違って家族が存命で、幸か不幸かで言うなら、比較的幸せな男だろう。他人とは表面的な付き合いしかなく、友人がいない私に声をかけてくれる、数少ない人物。

 団涼姫。――同じく2年生で、守人とは対照的に、垢抜けた女。背は私より低く、多分160センチ強ぐらいだろう。髪は金髪をツインロールにしていて、両耳にピアスをつけているし、スカートは非常に短い。

 けど、彼女は見た目に似合わず、中々に使える人材だ。私の視界にいる時は遊んでいるようにしか見えないけど、会議では建設的な意見を出すこともある。

 ただ、なぜか彼女は、私に絡んでくる。最近では、守人にまでアプローチをかけている。

 正直なところ、なぜ彼女が守人に手を出すのか理解できない。涼姫はスレンダーな美人で、いわゆるモデル体型だ。おまけに父親が政治家、母親が資産家で、引く手数多なのだ。

 加えて、私とは違って人付き合いが上手く、今までにも良い男とたくさん付き合ってきたらしい。なのになぜ、彼女の気質からして、一緒にいても楽しいとは思えない守人に手を出すのか。

 いや、そんなことは些細なことだ。問題なのは、生徒会室で、あんなにべったりとくっついていることだ。さすがの私も、沸点に達した。

「あ、あなたたち、真面目な議論をするこの部屋でイチャつくなんて、どういうつもり!?」

「す、すみません、会長」

 守人は涼姫を突き放し、席に着く。

「お堅いかいちょーですね。別に、ちゅーとかしてたわけじゃないのに……」

 ベロを出しながら、同じく涼姫も座る。

「はあ……。それでは、会議を始めます」


 会議は、おおよそ1時間ぐらいで済んだ。

 今回のお題は、応募のあった人員の派遣先の決定と、具体的な作業内容の確認だ。

 人員は、総勢千人ほどの新緑高校の内、三割近い人が参加してくれることになっている。

 それから、作業については、瓦礫の撤去は既に完了しているので、主に産業の復興の手伝いである。産業については、ソーラーパネルの設置と、石油を造る藻の培養プラント建設の手伝いである。共にパワードスーツの使用ができるので、企業の専門家の指示があれば、学生である私たちにも手伝いができる。

「それでは、以上で会議を終えようと思いますが、何か意見はありますか?」

 最後に、私は意見を募った。

「特にありません」

 三人は同じ回答をした。

「では、これで終わります。この件については今回で最後になります。明日からの活動でもよろしくお願いします」

 会議の終了を告げると、守人は逃げるように生徒会室を後にし、涼姫は彼を追いかけて行く。

「お疲れ様でした、美奈陽」

 メイが、コップを差し出してきた。そこにはコーヒーが入っている。

「ありがとう、メイさん」

 コップを受け取り、一口……熱くて、私は息をかけて冷ましながら、ゆっくり飲んでいく。

「ちょっと、聞いても良いですか?」

「何かしら?」

「会計と書記の二人のことです。なぜ、あの二人を生徒会に置いておくんですか? 美奈陽もあの二人に対しては、嫌気がさしてるんじゃありません?」

 いつも私のサポートに徹している彼女にしては、珍しい発言だった。私は少し驚くが、すぐに納得した。私が動くにあたって、彼らは私を苛立たせていることに違いない。そのまま置いておくのは、確かに不思議に思える。

「まあね。ただ、陣君や団さんは、それなりに働いてくれているからね。それに、私とはまったく違ったタイプの人間がいた方が、私だけでは見えないものが見えることもあるだろうし」

「そういうものですか」

「ええ、そういうもの」

「なるほど。とりあえず、納得しておきます。ですが、もう一つ、よろしいですか?」

 もう一つ? 今日の会議で他に何かあったかな?

「美奈陽は、どうして会長をしているんですか? 美奈陽の能力でしたら、この学校でくすぶっていなくても、飛び級してバリバリ活躍できると思うんですが。それに、さっきの話に戻りますが、あの二人のような人を相手にすることが多くて、気苦労が溜まるんじゃありませんか?」

「過大評価だよ」

 メイの評価は、大変ありがたいものだ。だけど、私はそれほど大した人間ではない。

「確かに、あなたの言う通り。会長なんて面倒な仕事をやる人は、物好きだとは思う。だけど、ただ勉強しているだけでは、成長できない」

「成長?」

「そう。たとえ勉強ができたって、それだけじゃあ面白くない。様々な他事にも興味を持って力を出す。それでこそ、私は成長できると思う。よく言うでしょ? 社会に出て学校の勉強はあまり役に立たないって。社会で求められているのは、抽象的であまり好きじゃないけど、熱意なんだって」

「……確かに」

「色々な経験をして――学ぶ。そうして人間として大きくなることで、ようやく〝神様〟と話ができる。私はそう思うよ」

「〝神様〟?」

「ううん、何でもない。それじゃあ、お疲れ様」

 そう言って、私は生徒会室を後にした。


 〝神様〟――か。

 帰り道。私は歩きながら、思い返す。あの〝神〟に乗っていた青年を。

 腰まで伸びた緑色の髪をしていて、長身。知性と品格を漂わせた風体。何よりも印象的なのが、大切な人を失ったことによる、寂しくて、悲しそうな表情。自分も悲しんでいるはずなのに、彼は別れ際に、優しさが溢れる笑顔を、最後に見せてくれた。

 私はその在り方に――憧れている。幼い頃の記憶だから理由は分からないけど、憧れている。

 だから、私は彼に再びあうために生きてきた。今度は、私が彼の悩みを聞いて、助けになってあげたいと思うから。

 でも、ただ生きているだけじゃ、彼の話を聞いても助けてあげられない。理解ができない。だから、私は自分のことだけでなく、人のためにも働き、何かを成し遂げようと思う。それでこそ、〝彼〟に近づけると思う。〝彼〟のことが理解できるのだと思う。


 そんなことを思うようになったのは、私が放浪生活を終えてからだった。

 日本復興の目途が立ったのは、〝世界の崩壊日〟から一年後。それまでは〝リバイブ〟等の導入はできず、食料の配給もままならなかった。必然として食料の奪い合いが起きた。

 私は生き残るため、知力、体力を鍛えてきた。いや、鍛えなければ、生き残れなかった。

 ランダムに回ってくるわずかな配給にありつくため、配給の傾向から時間帯を推理し、先に取られないために走り、奪われそうになったら返り討ちにする。特定の場所に定住していたら、飢えた人に襲われかねないので、各地を転々としてきた。たった一人で。

 努力の甲斐あって、ひどい暴力を受けることもなければ、食いっぱぐれることもなかった。

 1年後。〝リバイブ〟等が導入され、復興が進展していった。施設も充実していき、各地を転々としてきた私は、ようやくA県の新緑町で落ち着くことができた。

 そして、私はようやく、他人のために働くということを考えられるようになった。


「あ、あのー!」

「はい?」

 回想が一段落ついた頃だろうか。学校を出て途中にある商店街を過ぎ、寮の近くの公園に差し掛かったところで、突然背後から声がかけられた。私は振り返る。

「……陣君。どうしたの?」

 そこにいたのは、守人だった。肩を上下させていて、疲れているようだ。おそらく、あわてて走ってここまで来たのだろう。

「その……会長。ちょっと、話せますか?」

 疲労からか、緊張からか――彼は、ゆっくりと、途切れ途切れに話す。

「構わないけど?」

 守人の打診に応じて、公園のベンチに掛ける。その時、彼はハンカチでベンチを払ってから、座るように促した。それに、暖かい缶コーヒーをくれた。こういう、細かい気配りができるのは、彼の良いところで、普通の女性なら好感を持てると思う。昨今の女性は、真面目で気配りができる男を好むらしいし。ただ、残念な所がある。

「あの……ですね、会長。最近……調子は、どうですか?」

「別に? 私は普段通り、変わらないけど? そういう君はどうしたの? いつも彼女と一緒に帰っていると思うけど、珍しいわね」

「いや、団さんは僕の彼女というわけではなくて……」

 一体、彼は何を言いたいのだろうか。どうにも要領を得ない。こういう、言いたいことをはっきり言えない優柔不断さというものが、癇に障る。

「ねえ、陣君。あなた、私に何か用があるの? 用があるなら、はっきり言ったら?」

「そ、それは……」

「それは?」

 何だと言うのだろう。

「それは……み、みな……」

「みな?」

「み、みな……ひ、さん」

「……何? 守人君」

 しどろもどろしながら私の名前を呼ぶ男に、私は同じく名前で呼んで返す。

「最近、美奈陽さんは……」

「美奈陽さんは?」

 何だろうか。学校でのやり取りにもイライラさせられたが、こうやってグズグズされるのにもイラっとしてくる。

 私の苛つきを察したのだろうか。守人は覚悟を決めたように、しっかりと私の眼を見つめる。

「美奈陽さんは……」


「あー! ようやく見つけたー!」


 守人が何かを口にしたようだが、それは甲高い声にかき消された。

「もうー、守人君! 先に帰っちゃうなんて、ひどくない? あたし、守人君をずーっと探してたのに、こんなところで会長と油を売ってるなんてぇー」

「あ……団さん」

 守人は何かを諦めたのか、肩を落とした。

「……それじゃあ、会長。お疲れ様でした」

 守人は、私に一礼して、この場から立ち去り、

「……」

 涼姫は私の顔を少し見てから、公園を出て行った。

「……はあ」

 結局、守人は何を言いたかったのだろうか。


 守人から解放され、私はようやく、寮にある自分の部屋に戻ってきた。栄養補助食品を頬張ってからお風呂に入り、メイの質問について考えていた。

「どうして、イライラさせられるのに守人と涼姫を使うのか……か」

 確かに、役に立ってはいる。そう思ってはいるけど、苛立つことに違いはない。目の前でイチャイチャされて、正直ウザったいと思う。でも、何でこんなに苛立つのだろう?

 さっきも、守人が言いたいことをはっきりと言わず、涼姫に妨害されて聞けず仕舞いだった。彼が言わなかったことにもイライラさせられたけど、涼姫がそれを妨害したことにも苛立った。

 考えても、考えても結論は出ない。他のことならすぐに答えが出せるのに。

 ……新緑高校は、国立ということからかなりレベルの高い学校。生徒会に入るには人望も必要だけど、それに見合う成績――生徒会長の場合には全教科のテストが毎回八割以上――を出していなければならない。一度でも、一教科でも八割を下回ると、直ちに解職に追い込まれる。一年生の二学期から会長を務めてきた私は、少なくとも無能ではないと思う。

 数学にしても英語にしても――勉学にとどまらず、他のことについてもすぐに考え、答えを出している。でも、彼ら二人に苛立つ理由だけは、どうしても出せなそうにない。


 お風呂から上がり、私は寝る準備を整えている間にも考えていた。

 だけど、結局答えが見つからないまま、私はいつのまにか眠っていた。

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神生争談 @flame_crow

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