第2話 A
事件が起きたのは昼頃だったが現場での事後処理などに追われ、自由に動けるようになったときにはすでに日がかなり傾いた時間になっていた。
蒼が乗って来たサイドカーを放置するわけにはいかないので運転して治安局に戻るとラボに呼び出された。
「疲れているのに悪いね」
応接スペースに腰掛け待っていると申し訳なさそうにこの部署の責任者である室長がお茶を出してくれた。ラボは自分達の装備は勿論、治安局に所属する蒼達自動人形にとってもお世話になる部署なのだ。
「いえ、大丈夫です。ところで・・・」
「事件の後に運ばれてきた娘のことだね」
はい、と頷く
室長がミヤビについて話を切り出す。
「いやー参ったよ、正直僕達が処置する必要がほとんどない状態だったんだ」
え?と室長の予想外の発言に耳を疑った。
何も処置する必要がなかった?
「えーと、どういうことなんですか?」
室長に質問する。
「あーごめん、ちゃんと説明しないとね」
困った笑みを見せる室長
「僕を含めみんな連絡を受けてからすぐに処置が出来るように準備していたんだ。そして彼女がここに運びばれてきたんだけど、その時点で彼女の状態は非常に安定していたんだ」
そういえば龍司が処置をしたとか言っていた気がする。
「もちろん僕達も検査はしたよ、念のためここで何日か様子は見させて貰うけどね」
あとこれ、と室長がガラス製のケースをテーブルに置いた。中には銀色の液体のようなものが入っている。
「これは?」
「特殊なナノマシンだ。彼女より少し後に検査でここに連れてこられた龍司君だっけ?彼にこれを渡されたんだ。彼女を操っていた物だと」
ケースを見つめる。これがミヤビをあんな目に合わせた原因だというのだ。
「龍司君は大丈夫だったんですか?」
念のため龍司のことも聞いておく、鎧人が再起動した時に彼は能力を使い過ぎて動けなくなっていたため、そのあたりについても気になっていたからだ。
「彼も問題は無かったよ、しかし龍司君は凄いよ、短時間であれだけ的確な処置が出来るなんて、ぜひともウチに欲しい人材だ。何者なんだい?」
室長の質問に少し考える。龍司が何者かそれは自分もよく知らない。ただ言えるのは
「今日たまたま知り合った野良人形です」
え?と予想外の返答に驚く室長、だが自分と龍司の関係は今日出会ってからまだ数時間の関係だ。これ以上は本人に聞くしかない。しかし今はそれよりも重要なことがある。
「これを調べたら、今回の事件の犯人が分かるんですね?」
このケースの中身と持ち主のことだ。室長は真剣な表情をつくり
「これは説明用に一部移したものだけど、既に解析に回してるよ、早い内にどういった物かはっきりする」
「ありがとうございます」
室長の早い手配に感謝する。
「仕事だからね、それにこれは早く対処しないと取り返しがつかないことになる」
「はい」
頷く、今回の件は表向きには作業用鎧人の暴走事故として報じている。しかし実際は何も罪のない自動人形を操り破壊行為を行わせたテロだ。犯人の意図はまだ不明だが野放しには出来ない。
必ず犯人を見つけだして捕まえる。
自分の大切な友人を道具のように扱い傷付け、街を破壊させた存在への怒りが込み上げ拳に力が入る。
「と、ところで彼には会っていくかい?」
只ならぬ雰囲気に室長が話題を切り替えた。
「あ、はい」
我に返り力を抜く、ここへ来たのは呼び出されたのも理由の一つだがもう一つの目的があったからだ。
室長が立ち上がり部屋の入り口とは反対側のドアを開け中に入る。凛もそれに続く、そこは片方がガラス張りの通路でその向こうではラボの技術者達がそれぞれ作業をしている。3つ目の扉の前で室長が立ち止まる。
そこにはガラス越しにシートに腰掛ける形でメンテを受けている蒼の姿があった。室長が首に掛けている局員証をドアの横のパネルにかざすとロックの解除音と共にドアが開いた。
「どうぞ」
促されるまま中に入る。蒼は頭部以外の装甲が外され内部のフレームや部品が見えている状態だ。いくつものコードが各所から延び、周りに置かれている計器や端末に繋がっている。それらから状態を知らせるための信号音が規則正しく発せられているが蒼本人の目に光はない。
「・・・蒼?」
目を覚まさないのではないか、そんな不安な気持ちを抱きながら恐る恐る蒼に呼び掛ける。
「凛か」
目に青い光が灯りこちらを見る。返事をしてくれたことに安心し凛は胸を撫で下ろす。
「気分はどう?」
「悪くない、ただ各部チェックのため身体の制御が切られているがな」
手を伸ばして蒼のバイザーに触れる。
「ごめんなさい、私のせいで」
謝った。自分の未熟さが原因で蒼はこうなったからだ。しかし
「凛は悪くない、これはオレの機能不備が招いた結果だ」
やっぱりそう言うんだね・・・
蒼は昔から謝るとそれは自身の不手際が原因で自分に非は無いと言うのだ。それは彼なりの優しさなのだろうが自分は納得出来ないのである。
「ううん、今回は完全に私が悪いの、私情が絡んで判断が鈍ってしまったから、それで蒼にあんなことさせちゃって・・・」
あの時は目の前の状況をすぐにでもどうにかしたいという気持ちが強かった。もっとちゃんと冷静に考えて動いていれば、蒼はこんなことにはならなかったかもしれない。
「あの状況では事態がどう動くかなど誰も予想できない」
確かにその通りだが
「それに、あの後いきなり現れた自動人形によって対象は救出され和波達も間に合い事は収拾したのだろう?途中で問題があったとはいえ、結果的には被害を食い止めることが出来た。それで良いではないか」
「龍司君のこと知ってるの?」
蒼と彼は面識が無いはずだ。
「再起動後に記録を閲覧した。なかなか変わったヤツらしいな」
「そうね」
その点については同じ意見だ。自動人形でありながら同じ人形である蒼にも変と言われる龍司のことがすこし可笑しかった。
「その龍司という男が気になるのか?」
へ?と蒼の予想外の指摘に思わず声が出た。
「なななんでそうなるの!?」
反論に対して蒼は首を傾げながら
「いや、その男の事を話した途端に笑みを浮かべたからな」
気が付かなかった。今後は気を付けないとまた和波あたりにからかわれてしまう。
「ふ、ふーんそんな事はないわよ、けど話が出来て安心したわ」
少し動揺しながらも後ろを振り返る。そこにはドアの側に待機している室長がいる。
「あの、どらくらいで復帰出来ますか?」
「明日からでも通常業務には戻れるよ、だけど出動はまだ許可出来ないけどね」
そうですか、と再び蒼を見る。
「そういうことみたいだから、今夜はゆっくり休んでね」
蒼は少し下を向くがすぐに凛を見て
「了解した。だが凛も今日は大変だったんだあまり無理をするな」
「うん、気を付けるね」
それじゃあ、と部屋を後にする。
「ところで室長」
「何かな?」
通路を先程の応接スペースのある部屋に戻ろうとする室長を呼び止める。
「ミヤビには会えないんですか?」
歩みを止め室長が振り返る。
「一番奥の部屋で調整中だけど、彼女は今回の事件の重要参考人だからね、僕の一存ですぐに面会ということはできないんだ」
ごめんね、と室長が頭を頭を下げる。
「それに、今は彼女自身の気持ちを整理する時間も必要だと思うんだ。あれだけのことに巻き込まれたんだから」
室長の言葉は正しい、それに今彼女に対してどう声を掛ければ良いのか分からなかった。
「そう・・・ですね」
無理やり自分を納得させる。
「だけど僕達は彼女のケアに全力で取り組むから任せて欲しい」
胸に手を当て室長が言う。この人が言うことに嘘は無い。
「ミヤビのことよろしくお願いします」
頭を下げラボを後にした。
治安局本館の玄関を出たところで端末に着信がきた。相手は
先輩・・・!
あの交番の局員だ。すぐに通話に切り替える。
「もしもし桐山です」
『桐山凛か?俺だ。あの娘、彩月ちゃんが目を覚ました』
「本当ですか!」
これは嬉しい知らせだ。すぐに行かなければならない。
『場所はいつもの病院で部屋は203号室だ』
『分かりました!今から向かいます』
通話を切り足早に病院へ向かった。
マン×ドール オーバーライド 蒼風 @desaokaze
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。マン×ドール オーバーライドの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます