【終】第27話 首
*
豪雨は、短い時の中でその命を散らし、すぐに止んだ。
実に雅なことだ。
雨や水は人ならざる不吉なものを呼び寄せるというが、その儚いさまは、天守閣にひとり坐する、犬江の胸を打った。
「美しい雨よ。そう思わんか」
犬江は胡坐をかいた膝に腕を置き、しげしげと、正面に置かれた道法の首を眺める。
無論、道法の首は答えない。
その当然の光景を見ても、犬江は苦笑して、道法の首ににじり寄った。
道法の首は唐土を彷彿とさせる鮮やかな模様の描かれた、高値の皿の上に置かれている。その皿の中には、道法の首から垂れた血が溜まっているのだった。
「人々はそなたを醜いと云うたが、わしは一度たりとも、そなたを醜いとは思わなんだぞ……なにせ、大切な家族ゆえな」
犬江が道法の首を見るその眼は、異様だった。
自身の首を狙った謀反人であろうに、犬江の眼に湛えられたその情は紛れもない、愛情である。
「そなたがわしのもとを去った時は、悲しゅうて飯も食えなくなったが、こうしてそなたが戻ってきたこと、わしは嬉しくてならん」
あたかも生き別れた我が子との再会を遂げたように、犬江ははらりと、感涙する。
その涙が皿の中の血だまりに落ち、生々しい赤の底へと沈んだ。
犬江はその首を持ち上げるや、頸の切り口に舌を這わせる。
首から腐臭が漂った。そろそろ、腐り始めている。
「案ずるな。腐った肉はそぎ落とし、そのしゃれこうべを美しく飾った上で、わしの傍に置いてやろう」
犬江の愛は、深い。
腐りかけの血を飲み込むと、犬江は優しく、道法の首を皿に置く。
「まっこと、よう戻ってきた」
凄惨な死に貌の道法に笑いかけると、犬江はそれを皿ごと、脇に置いていた大ぶりな木箱の中に入れた。
木箱の中に敷き詰められた骨を傷つけぬよう、そっと皿を置く。犬江は箱の中にもう一度、微笑みかけてから、満足げに木箱の蓋を閉じた。
【了】
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