第24話 それでもお前が憎い
「別の生き物故、殺しても何の感慨も湧かん。虫と変わらん」
「自分の好いた女でも、兄弟のように慕った男でもか」
蘭の話をされたからか、京一郎の話をされたからか、道法の刃の切っ先が、ぴくり、と、揺れる。
動揺がうかがえた。
「……鬼城京一郎の一件を、詫びろとでもいうつもりか」
道法は揺れた剣をもういちど、硬く握り直すと、鼻を鳴らした。
その太い脚が地を強く踏み、土を抉る。
「蘭も、鬼城も、万蔵も、そしてお前も、同じだ。俺は人と思わぬ」
非情な言霊の羅列に、鬼城はとうとう、何も言えなくなった。
ただの嫉妬と、恋慕の沙汰が、道法をこれほどの怪物に仕立て上げたのだとばかり、思っていた。
しかし、こうして敵として、言葉を交わしてみると、まるで、道法が生まれてより異常の生き物であるかのように、鬼城には思えてくるのであった。
それとも、あまりに強い道法の嫉妬の念が、道法を怪物に変えたというのか。
そうであれば道法も哀れだが、どのみち、鬼城の念頭に浮かぶ答えは一つ。
救いがたい。
その苦痛を知ったうえで救ってやりたいが、それ以上にこの男が憎い。
それだけだった。
「話は、終わったな」
声調を荒らげ、道法が感情の高ぶるまま、上段より斬りかかった。
……父はなぜ、このような怪物に負けたのであろうか。
道法の剣が迫りくる中でも、鬼城はそんなことを考えている。
母を人質に取られでもしたのか、父に落ち度でもあったのか。
いずれにせよ、このような救いがたい男に父が討ち取られたことを想うと、鬼城は、たまならく悔しくなるのだった。
「同じだ。俺も、お前が害虫にしか見えない」
道法の独りよがりな台詞を借りて、鬼城は冷たく、そう囁いた。
正眼の構えを崩し、手首を捻り、大きく背を曲げてかがむ。
上段から構えて懐をむき出した道法の腹を、鬼城はかがんだ体制のまま、勢いに任せて切り裂いた。
ぞぶり、と、鋭利な刃が、熱い肉の壁を割る。
「うぶ」
その想像を絶する激痛に、道法も声を失った。
しかし、鬼城は止まらない。
体を痙攣させ、全身蒼白になった道法の背後から、刃を舞わす。
ひらりと空を引き裂くその刃は、音もなく、道法の頸へとのめり込む。
刹那、道法の首が飛んだ。
徒花が如くに赤い滴りを散らし、虚空を仰いで飛んだ生首と、残されたからだが、崩れ落ちる。
崩れ落ちたその醜い首を、鬼城はしゃがみこんで、覗いた。鴉の面をはぎ取り、その顔を拝んでやる。
想った通り、驚いたような顔をしていた。目を見開き、黄色い歯を赫(かっ)とむき出した様は、今まで討ち取ってきた敵の顔と大差ない。
「こうしてみれば、お前も人間らしく死ぬんだな」
鬼城は空しくそう呟くと、道法の総髪を掴み、持ち上げる。
高く掲げると、その切り口から一層色の黒い血が滴った。
その手で数え切れぬだけの命を蹂躙し、人生を狂わせてきた男にしてはあまりにも、平凡過ぎる死に顔だった。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます