第22話 あなたはすべてに嫌われていない
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犬江家にはかつて、二人の御庭番が仕えていた。
一人は眩い才覚を放ち、家柄もよい男。
もう一人は、貧しい生まれながら、誰よりも努力を惜しまず、業を磨いた男。
才覚に溢れた京一郎と、努力家の源右衛門は、生まれ育ちが違えど、あたかも真の兄弟のようであった。
若き日よりともに鍛錬を積み、犬江直隆より地位を賜った。
強いて言うのなら、欲のない京一郎と違い源右衛門は、野心家だった。年下の京一郎が、自身より出世を遂げていく姿は、源右衛門にしてみれば、その様はさぞ、妬ましかったに違いない。
源右衛門はその、誰からも「醜い」と称された顔に楽しげな笑顔を張り付けながら、腹の奥底では苦しみ悶えていたのかもしれない。
「そなたらは、真の兄弟にはなれなんだか」
天守閣の廻縁に悠々と腕を掛けながら、犬江直隆は猫背になる。
犬江は源右衛門と京一郎を、差別していたわけではない。
身分や外見を無視し、ただひたすらに、実力のみで平等に優劣をつけている。犬江は京一郎も、源右衛門も、ほかの家臣も同様に愛しているのだった。
無論、それまでの源右衛門の努力も踏まえ、正当に評価しているつもりだ。
それでも源右衛門にしてみれば、犬江家直属の家臣という家柄を持つ京一郎の出世ぶりは、贔屓に見えたに違いない。
「わしはまだ、そなたを嫌いきれんのだ」
かつて自分を君主と慕うあの御庭番の姿を、犬江は忘れられずにいる。
悲哀を湛えたその眼差しが、城下の庭に揺れる、刃の銀光を見下ろすのだった。
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