第17話 どこへ行く
*
夜闇の中を、影が動く。
幸いにも、混乱した状況下の中で逃げ惑うしかない影は、明るい月光の下にいた。
「ふっ」
福間は汗ひとつ流さず、最期の一本矢を、残党の影めがけて放つ。
「ぎゃつ」
木の葉を貫いた矢は、勢い衰えることなく、鴉の残党の影を射抜いた。いられたその影は地に転がり、やがて、動かなくなった。
(仕留めた)
福間は一息つき、弓を背負う。
腰に差した脇差に軽く触れるや、木から飛び降りる。
軽やかに福間が降り立ったその場は、既に乱戦の後であった。
狛犬城側への情報漏洩を知らぬ鴉衆は、予定通り、狛犬城の北の口から群れを成して攻め入った。
鬼城の話に聞いた話では、鴉は筆頭の道法源右衛門を含め、総勢八名。
鴉の人影が迅速に闇夜を掠めたその刹那、そこかしこに身をひそめていた兵らが抜刀し、鴉の影を取り囲んだ。
そこからは揉み潰すばかりである。
袋の鼠となり、月光の下に晒されれば、鴉とて容易には逃げられぬ。幼少期より隠密稼業の修業を積んだものであればともかく、鴉のような生半可な素人では、二十人余りの兵の手から逃れるのは難しい。
或る者は抜刀して挑み、或る者は背を向けて逃げ出そうと走り、或る者は罵声を上げていた。
多くが悲鳴を上げるより早く、討ち取られている。
運良く兵たちの影から逃れた鴉の影は、福間が仕留めた。
首はすべてで四つある。
鬼城が把握していた数よりも、少ない。
(道法と、あと三人)
福間は討ち取られた鴉の容貌を確認して回る。
道法は五十路を過ぎた醜悪な面の男だという。体には肉が付き、その顔は二目とみられぬ醜いつくり。鬼城が語っていた男の姿は、討ち取られた四名の中にはいない。
(逃げたか)
福間は渋い面になる。
筆頭たる道法が、最前線に出て戦うことをしなかったとすれば、残るのは、道法が下部を先に城へと向かわせ、様子を窺うつもりだった、という可能性が残る。残りの一人は、出遅れたか、外で様子を窺っていたのであろう。それでなければ、乱戦の中で取り逃がしたほかはない。
いちど罠にかかった者は、二度目の罠にはかからない。
敵の動きが読めない分、厄介だった。
道法と残りの三人が、どこかから攻め入ってくるとも限らない。
福間は周囲を見回してみる。
戦なき世に生まれ、才覚を持て余していた武人である彼らの中には、満足げに息をつく者、安堵する者、物足りなさそうに刀を懐紙で拭う者と、多様にいる。
その屈強な武者たちの姿を、唯一、華奢な福間が、不安げに眺めている。
「……」
福間は、固唾を飲んだ。
道法がもし、遠巻きに北の口の乱戦を見ていたとすれば、気が付くであろう。北の口に人が集まりすぎていることに。福間の案じるところは、それだ。
正門である東の口が、鬼城を除けばほぼ無人同然であるとわかれば、福間が道法であっても、東の口から忍び入ろうと考える。
(鬼城さん)
東の口は、いま、どうなっているのか。
福間は厳重に守られた北の口を見回してみる。これだけの人数がいるのだ。そう簡単に、この守りが破られることはなかろう。
福間は偶然、前を横切った武者に、
「あの」
と、唐突に声をかけた。
「僕、東の口の様子を見てきます。ので、ここを頼みます」
*
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