第14話 荒神


 *


 北の口は、静まり返っている。

 福間は木の葉の豊かに生い茂った木の枝に乗り、身を隠す。自慢の弓を肩にかけ、敵襲を待つ。


 福間だけではない。


 北の口側の蔵や、城影には、総勢二十を超える兵が身を隠し、待ち構えているのだ。


 さらに城には、そこかしこの壁に仕掛けられた、人の顔一つ分の隠し扉がある。そこから銃口や矢先を突き出し、放てるように出来ているのである。さらに、城を支える石垣の真上には、城の四方に備えられた石落としの間がある。そこにも無論、兵は潜んでいる。


 “鴉”の頭領は、この北の口より忍び込み、城を攻めると、敵方に潜入していた鬼城は言っていた。


 雑兵相手であれば東の口を塀で固め、松明を掲げて守ったであろうが、相手は隠密を生業とするものだ。派手に防御を固めて威嚇すれば、別の場所に回り込まれ、忍び入られる可能性もある。


 なにより、鴉にしてみれば、今宵の城主暗殺は秘密裏のものである。


 敵方に知られているとわかれば、即座に、日を改めるか、作戦を変えるなどして対応される。そうならぬためにも、狛犬城側は、普段と変わらぬ体でいる必要があった。


『狛犬城側が、敵の動きを知っているとばれれば終いだ。北の口にて忍び込ませ、城の手前で一網打尽とする』 


 それは、鬼城の案である。

 松明を炊くなと命じたのも、他ならぬ鬼城だった。


 乱世が終結し泰平の世となったが、それでも犬江家の家臣はみな、日々の鍛錬にて鍛え抜かれた武者どもだ。ゆえに、正面衝突での戦には腕が立つ。


 しかし、隠密相手の戦い方を知らぬ。

 そこから先は、隠密を武者の両の顔を持つ、御庭番の領分だった。


 家臣の謀反や戦であれば、犬江家の侍大将に任された仕事であるが、今回に限っては、評定の主な策案者の役は鬼城に任された。


(しかし、大丈夫だろうか)


 葉陰に潜む福間の、一抹の不安は拭えない。

 東の口には偽装の門番が二名、そして鬼城のみで守ると言っていた。


 鬼城の扮する“佐吉”が、鴉の一員である囮をおびき寄せ、城に閉じ込めたうえで討ち取るという算段なのであろう。


 しかし、福間はその鬼城の考えに、危うさを感じている。


(殺すのかな)


 臥薪嘗胆を地で行く鬼城とは違い、福間には慈悲がある。


 鴉の囮だという例の男は、福間が以前より気がかりに思っていた、あの病がちな女の夫だ。


 話に聞くまではろくでなしの男だと思っていたが、鬼城の話に聞くその男は、巨体に反して心根が女々しく、人も殺せぬ男だという。


 武者としての視点から見れば確かに、弱い男といえよう。しかし、裏を返せば、


(彼はきっと、根の優しい人だ)


 福間はそう捉えている。


 どのような理由があって、鴉のような堅気ならざる連中の仲間になったのかは、定かではない。それは鬼城も、承知の上であろう。今の鬼城が、報復に取り憑かれるあまり、その男まで殺してしまいはせぬか、福間にはいささか心配なのだ。


 どこからともなく、草の擦れる音がする。


 一人、二人、三人。


 複数人の足が、雑草を踏みつけ、木をかき分け、こちらに向かってくる音がする。静寂の夜は、本来なら人の声にすら掻き消されてしまう隠密の足音すらも、浮き彫りにした。


(今は考えちゃだめ)


 福間は陰鬱な不安を払拭し、切り替える。


 囮の男に懸念を抱くのは、あくまでも福間の事情なのだ。これに気を取られて、取り逃がした鴉が城主の首を掻いてしまっては、元も子もない。


 接近する不穏の足音に耳を傾けながら、福間は弓を構える。


 この日の晩のために、表からは見えぬよう、福間の立つ位置に生い茂っていた、枝や葉を切り取ったのだ。弓や矢を動かしても、草木の揺れることはない。


 矢羽を持って箙(えびら)より矢を引き抜く。音もなく弦を引き、敵の影が見える前に、構える。


 北の口は、正面の門にあたる、東の口の通路に面した、社の敷地の真上にある。鴉がここまでくるとすれば、神聖な社の地を踏みしめ、ここまで上がってきた可能性も、少なくはない。


(聖域が汚れる)


 福の神も、その時は冷徹になった。


 いかに小汚い乞食よりも、いかに醜い醜男であろうと、笑顔で接せられる福間であるが、生憎、殺生を享楽とし、他人の情など歯牙にもかけぬ連中にまで、振りまける微笑みはもっていない。


 人の影が、森から飛び出したのが見えた。


 *

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