第12話 萬國という男(2)
戸を閉めた先にあるのは、煌々と明るい夜の町外れ。そこかしこで芒が揺れ、夜の蟲が秋の訪れを喜び、謳う。辺りに転々と立つ民家には、もう燈火も灯っておらず、人の気配すら感じない。
しかし、萬國が狛犬城の影を見やると、その視界に、柳の木が映りこむ。萬國の立つ位置から、一間ばかりの距離にその柳の木はしな垂れて立っている。
萬國は、息を飲む。
その柳の木の下に、複数の人影が見えた。
拳を握り、近づいてみると、徐々にその影の全貌が見えてくる。鴉の首を象った面に、夜闇に溶けやすい紺と黒の装束。
“鴉”である。
「早かったな、万蔵」
“鴉”のうちの一人が、先陣を切って萬國のもとへと歩み寄る。
どことなく高い声に、鴉の面の下からでも分かる、エラの張った顔。筆頭の、道法だった。
「お前が攻めるのは、東の口だ。佐吉が供につくが、お前が先陣を切れ。俺と残りで、北の口より忍び入る」
「……はい」
萬國は、面の奥から爛々と目を光らせる、道法の目を見返し、固唾を飲みこむ。
それを面白がった残りの連中が、次々に萬國へと群がり、
「いよいよだなあ、万蔵」
「望月も、お前を祝福して明るく照ってら」
と、下品にはやし立てた。
皮肉だ。
狛犬城の東の口は、城下の社、町へと繋がる正面の口である。おそらく、防御も格段に堅牢だろう。
それに比べて、北の口は急斜面が多く、かつ、人の出入りも少ない。
人の多い東の口で、人相、図体ともに堅気でなさそうな萬國が現れれば、然るに、城の者は萬國に集中する。
それでも北の口が無防備になることはなかろうが、集中を萬國にそがれ、一人でも多く減ればそれでよい。
萬國はなにも、城内まで忍び入って、城主の首を取る必要はないのだ。
わずかにでも時間を稼ぎ、囮として、死ねばよい。
萬國の巨体がより見えやすい満月に決行を決めたのは、萬國を囮として、有効的に使い、死なすためであろう。
佐吉が供についてくるのは、萬國が、下手な謀反に出るのを防ぐために違いない。
(生き残れない、か)
衣はともかく、萬國の生き延びる希望は、これで途絶えた。腹をくくったが、それでも、視線はおのずと下に落ちた。
「万蔵」
朦朧とし始めた意識の中で、道法の高い声が、耳腔に滑り込んだ。
我に返って顔を上げれば、頭一つ分低いところで、道法が萬國を、冷ややかに見据えている。
「言うておくが、城には “御庭番”がいる。手練れ揃いだ。警戒して攻め入れ」
「おにわ、ばん?」
「要するに」
その刹那、萬國の背筋に尋常ならざる悪寒が走った。
道法の漲る殺意が、伝わってくる。その手元を見てみれば、その拳は握られ、爪が食い込み、震えている。
「元来の姿を忘れ、犬に媚びることを覚えた —―色のなき鴉よ」
道法の口調は、吐き捨てんばかりだった。
一瞬、笠を深くかぶった佐吉が、僅かに顔を上げたが、手拭に隠されたその顔の全貌までは見えない。
ただ、その笠の影から覗く血走った眼が、異質なまでに凄絶に感じられた。
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