二条通―四条通


「――え?さっちゃん、前に出るんですか?」


 縁側からの風が気持ちいい、自分の青い髪が風で揺れてややくすぐったいところではあるが。開け放たれた障子向こうに見える庭はいつ見ても見事なものだと訪れるたびにあたしは思う。

 あたしは縁側へ向けていた視線を、愕然とした表情を隠しもせずにいる最近十二歳になったばかりの年下の少女に向けてしっかりと頷いた。


「そうだな。ずっとを使ってはいたが、どうも後ろでじっとしているのは性に合わない。前で刀を振り回しているほうが楽だ」

「でも……さっちゃんは女の子なのに」


 黒髪の少女は中型の銃を乱雑に扱うあたしが危なっかしいのかまごつきながらも言葉を発した。

 紅い目と人差し指を少女に向け、あたしは反論する。


「それだ」

「そ、それって?」

「ユウが差別するつもりじゃないのは解ってるけど、自分の戦いやすい手段を放ってまで後ろで戦う意味があたしには見出せない。それにこの町を守るのに男も女もないだろ」

「それは、そうですけれど……」

「加えて、前にいるのがあいつだけでは不安だ。いや、あいつの力に不足はないが一人だけで複数魔物を相手にするのは大変だろう?突破された時にも困る」


 あたしは脳裏に目の前のユウと近しい気質を持った少年を思い浮かべる。戦うことが何よりも苦手なくせに、町や人のためになら自分の身が傷つくことも厭わない。そうやって傷ついていくのに周囲はなんとも思っていないと決めつけていて頭は悪くないくせに馬鹿なのでは、とあたしは思う。


――ま、あたしは切り合いたいから前に出たいって気持ちのが強いけど。


 そんな本音は口に出さずにあたしは続ける。


「よくよく考えてみろ。今は最前線にナギ、その次にあたしとユウとしぃだ。前に一人、後ろに三人だぞ。釣り合いが取れていなさすぎじゃないか?」

「そ、そうですけどぉ……」


 へにょりと眉を下げ、睫毛をふるふると震わせるユウに気づき、あたしはそこで口を一旦閉じた。

――いかん、つい説き伏せようとしてしまうな……。

 あたしは一度仕切り直すためにちゃぶ台に置かれた煎茶をゆっくり、ゆっくり飲んだ。そこにやや頭を俯かせていたユウががばっと顔を上げて吠える。


「……だったら私も前にでますっ!」

「ユウが?」


彼女は大真面目に言っているのだろう、けれど――


「ユウの武器は大型じゃないか。敵に近づかれたら狙いもつけられないのに前線でどうやって戦うつもりなんだ」

「威力は下がりますけど小型や中型の銃にすれば!あとは……私も刀で戦う、とか……」

「あたしは力で切り替えが出来るから銃から刀に武器を変えても戦えるが、ユウにできるのか?」

「でき、でき……あっ!確か姉小路おば様の親戚の方が、私と同じ光を扱うオーヴァードでしたけど、刀で戦っていたそうですよ!」

「あぁ、直感で動いて刀を振り回すアレか。しかしなぁユウ、前線で光の力ばっか使って持つのか?お前光より力の範囲を広げるやり方が得意なんだろ?」

「で、でもっ……、ご指導いただければ私だって前線でも戦えるかもしれませんっ!そうしたらさっちゃんは前に出なくてもいいんですよ!」

「うーん…」


 あたしは胡坐をかいて肘を膝の上に乗せて一考した。

 こういう時に戦闘に詳しい大人がいたらいいのだが、大体は前に戦わない人たちだからな。口出しできん人たちばかりだ。期待するだけ無駄だ。

 ユウの戦闘の型を変える方法も恐らくできなくはない。が、ユウが前線に出てきたときに何が起こるかというという想像は難しくなかった。あたしが気にするところは何度か話に挙がったナギだ。彼は何かとユウと似ている。それに加えてこの目の前のユウのことを彼は割と、いや結構気にしている。何がってアレだ。年頃の青少年なら大体一度は患うやつだ。ナギ自身はまだ気づいていないだろうが、恋愛のことに興味がないあたしでも傍から見ていれば解る。

 好いた女が傍にいれば格好悪いところを見せられずに張り切るのだろうが、


「ナギは怖がりだからなぁ」

「……?」


 もしユウが前線に出てきたら怪我しないかとか敵に殺されされないかとか心配して、なんだったら庇うまでしそうだと内心で溢した。


「ユウの言いたい事も解る。あたしもユウが前線に出てその肌に傷ついたらと考えるとやや気分が良くない」

「さっちゃん……。いや、そ、それもあるんですけどちょっと違うくて……」

「ナギも同じだろうけどな」

「え、はい……ナギくん、優しいですから」

「そこは否定しない」


 うん、まぁ気づいていないよなと確信する。


――というかユウが前にでたら余計暇になりそう。あたしは刀で戦いたいのに……。銃とかまどろっこしくないか?刀なんて振れば大体当たるんだぞ。


 実際は簡単に当たるなんてことはないが、あたしの考えに突っ込める人間なんて超能力者でもない限りいないので気にするところではない。


「さっちゃん……本当に前線に出るんですか?私と、しぃさんを残して?」

「うん?……しぃと二人後ろは嫌か?あいつに何かされでもしたのか」

「違いますよぉ!しぃさんもそんなことしないってさっちゃんも知っているでしょうっ」


 ならあいつに何かあったか……?と思考を巡らしたが、いつもの緊張感のない態度しか思い当たらない。最近何か変わったこともないし、判らないな。

 どうしてわかってくれないんだ!と言わんばかりにうるうるとした大きな目であたしを精一杯睨み付けているユウ。


「なんだ、そんなに見つめてきて。あたしのことが好きか?」

「好きですっ!でもそうじゃないですもん!さっちゃんの鈍感ーっ!」


 冗談を言ってみたが、思った以上に素直な答えと反発を貰ってしまった。

 その言葉、ユウには言われたくないんだが。

 ぺちぺちと抗議を続けるユウをどう説得したものかなぁと、あたしは視線を庭へと逃がした。




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通り立つ魔の都・外伝 柴馬 @shibauma1177

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