通り立つ魔の都・外伝
柴馬
「通り立つ魔の都」前日譚
九条通―錦小路通
色素の薄い髪と羽織った白いコートが風に吹かれて揺れる。オレは色違いの瞳を前へ向けて、慣れた足取りでとんとんと石階段を上っていく。ちらりと視線を動かすと町を一望できる高さまで上ってきていた。
最上段まであと少しだ、と石階段を見上げる。そこに思った通りの人物が見えてきて、オレは苦笑した。黒の羽織、蘇芳色の帯で締めた鈍色の着物、黒髪の青年が最上段に立ってオレを見ていた。彼が立っている奥には鳥居も神社もあるのだが、彼は見向きもしていない。その姿もオレにとっては見慣れたもので、階段を上り切るために足に力を入れた。
――夕日がオレの背中を照らした
「リョーくんまたここにいるし」
はぁー、とため息をついたオレがしょうがないなぁと言わんばかりの態度を隠しもせず、町を見下ろす彼に声をかけた。彼が時折、この神社の境内で町を見下ろしている。趣味なのか、気分転換なのかなんなのか。訊ねたがろくな返答はなかったと言っておく。
階段を上り切ったオレはリョーの側に行き、立ち止まってそのままひょいと彼の顔を横から覗き込んだ。微々たるものだが彼は眉を顰め、オレに視線を向けて呟く。
「……お前も人の事を言えないと思うが」
「えぇー?リョーくんがこんなとこいるからでしょーが。オレは付き合ってあげてるだけだって」
「頼んでいない」
「ハイハイ、そーねー」
このやりとりも、何度したことか。オレは言葉を返したあと、体勢を前に向けて境都の町を眺める。長い付き合いだ、リョーが何を言っても聞かないことは重々承知している。
オレに何一つ頼みごとをしないのもそうだ。彼と出会ってから頼みごとなんてされたことがない。リョーを取り巻いているものはリョーをがんじがらめにして、自由を奪った。そういう環境だった、そうしなければいけなかった。
オレはそれがひどく気に食わない。
九条家に生まれたオーヴァード、それだけでリョーのすべてが決まった。オレも似たような生まれではあるが九条家とは天と地ほどの差がある。オレを捕えている鎖なんてやろうと思えば簡単に引きちぎることができる。本当はリョーもその筈なのに、と心の中で呟く。
彼はいつから弱音を吐かなくなったのか。出会ってから、そう月日は経っていなかったと思う。かなり昔の、子供の頃の話で子供ならよく言うことだ。嫌だと泣くことも、やりたくないと嘆くことも。その子供時代から十数年、リョーの横顔にそんな面影はまったくない。
それでもオレには、子供の頃のリョーの泣き顔が忘れられなかった。そして彼の心が今でも仄暗いままであると、感じている。
「シキ」
「……ん、なーに?」
リョーがオレの方へ顔を向け、それにオレはニコリと答えた。
何かを言いたげにオレの顔をじっと見ていた彼はやがて視線を逸らした。
「……もう暗くなる、帰るぞ」
「はいはーい」
待ち望んだ帰還の声に、オレは石階段を降り始めたリョーの後ろに続く。
夕日が隠れ、暗くなり始めた境都の町にぽつぽつと灯がともっていく。ぼんやりと遠くに光るその光景になんとなしに羨望を抱いた。
――オレの炎でもああやって灯せたら
オレの微々たる力ではどうしようもない。リョーの負担を減らしてやることも、縛めを解くことも。出来る事と言えばこうやって弟分の背中を追って一人にさせないことだけで。ただそれも、彼には不必要そうだけども。
リョーは後ろを振り向かない。いつもの事なのにそれがひどく――オレは無力なのだと思い知らされるのだ。
宵闇が、オレの心にも浸っていく気がした。
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